黄色いガーベラ

加賀倉 創作

第一話『花占い』

 花屋の店先。


「ねぇお母さん、いつものあれやっていい?」

 陽太ようたは、母のおへそのあたりで、そう言った。

「あぁ、花占いね。えっと、今日はガーベラが売れ残っちゃったのよね」

 母は、首からかかる黒いガーデニングエプロンのあちこちに、布地の色より濃い黒の斑点や、土汚れをつけている。

「ガーベラ?」

「しっかりした長い茎に、細い花びらがたーくさんついた花よ。ここに、黄色いのと、赤いのがあるわね、一本ずつ」

 母は、左手に黄色いガーベラを、右手に赤いガーベラを持っている。

 するとそこに、陽太の妹であるあかりが、トコトコと、走ってきた。

「あ、いいな! わたしもやりたい! ちょうだいちょうだい!」

 妹のあかりが走ってきて、兄を押しのけて母の太ももに飛びつく。

 明は、母の手元のガーベラに向かってぴょんぴょん跳ねるが、届かない。

「じゃあ、陽太が黄色いので、明が赤色ね」

 母が、二人に花を手渡す。

「やだ! わたし、きいろがいい!」

 明が駄々をこねる。

「じゃあ、俺のと交かんしてやるよ、はい」

 優しい兄。

「やだ! いらない!」

 わがままな、妹。

「えっ、黄色がいいんだろう? お兄ちゃんはどっちでもいいけどさ」

「そうよ明、陽太が困るようなこと言っちゃダメでしょう?」

 陽太と母は、ちょっと呆れている。

「……」

 もじもじする、明。

「あ! お母さん、おれわかった!」

「なになに、教えて?」

「明はきっとB型なんだよ! 学校でね、理科の先生が言ってた、B型は自由な性格なんだって。明は自由人、だからB型!」

「あぁ、なるほどね」

 母は陽太の推理に、頷く。

「びーがた? わたしびーがた? なんかそれ、かっこいい! びーがた! びーがた!」

 明は、血液型とはどういうものなのか全くわからないようだが、とにかく楽しそうだ。

「うふふ、明ったら。確かに、明は自由な子かも。でも、血液型の確認をしていないから、本当のことはわからないの」

「へぇ、そっか。あ、そうだ、ちなみに俺は何型なの?」

「えっとね、実は陽太も、血液型の検査はしていないの」

「ふーん……。でも、やっぱりどうでもいや。血液型で、自分のこと、決めつけられるの、あんまり好きじゃないかも。明、お前は自由人だなんて言ってごめんな?」

 陽太は、明の頭に手を乗せ、ポンポン、と優しく叩いた。

「ねぇねぇちがうの、わたし、おにいちゃんといっしょがいいの!」

 明は子供ながらに、強く訴える。

「ああ、そういうことね。陽太、いいお兄ちゃんだから、尊敬されてるのよ。よかったじゃない」

 母は、ニッと笑って、陽太の背をポンと叩く。

「へへへ、そうかな?」

 陽太は、満更でもなさそうに、鼻の先をかく。

「そんけい? なぁに、それ?」

 明は無邪気に質問する。

「お兄ちゃんすごいなぁ、素敵だなぁ、かっこいいなぁって、思っているということよ」

「そっか! わたし、おにいちゃん、そんけい! そーんけい! そーんけい!」

 明は嬉しそうだ。

「じゃーあ、赤いのは、お母さんが貰おうかな? この黄色いのは、一本を仲良く……二人でね」

 母は、そう言ってひとまず、明に黄色いガーベラを手渡した。

「ふたりでいっぽん! ふたりでいっぽん! わぁい! あかりちゃん、おにいちゃんといっしょ!」

 明は、納得してくれたようだ。

「おい明、さっそく花占い、しようぜ! 明が花びら、ちぎっていいからさ」

「うん! やったぁ!」 

 幼い二人は地面にしゃがみ込んで肩を寄せ、黄色いガーベラの花びらを、プチプチとちぎりだした。


「すき、きらい、すき、きらい、すき、きらい…………」


 次々と、黒いアスファルト上に撒き散らされる、黄色い花びらたち。


「すき、きらい、すき、きらい、すき、きらい…………すき! あかりちゃん、おにいちゃん、すきー!」

 明は勢いよく立ち上がってそう叫ぶと、陽太に飛びかかった。体をスリスリと擦り付けられ、陽太は一見暑苦しそうだが、嫌がってはいないようだ。

「あらあら、明は本当にお兄ちゃんが大好きね」

「うん! わたし、お兄ちゃんと結婚するもん!」

「無理だって、うちはハプスブルク家じゃないんだから」

「ちょっと陽太、そんな知識どこから仕入れてきたの?」

「え? 社会の先生だけどーー」

 そこで、明が立ちくらみでもしたようで、バランスを崩し、仰け反る。陽太は素早く明の背へ腕を回して、そっと引き寄せてやった。

「おっと危ない」

 陽太は、明の体を、しっかりと支えている。

「明、立ちくらみが多いわね。ひょっとして、貧血かしら?」

 母も、明が心配だ。

 

 目を瞑る明の手は、花びらを失ったガーベラの茎を強く握ったままでいた。陽太はそれを、そっと抜き取ると、自分のポケットの中に、仕舞い込んだ。


〈第二話『同腹』に続く〉

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