第68話

 執務室で政務に取り組む。

 室内にはペンを走らす音が響く。少し疲れを感じ、ペンを置き背を伸ばす。


 一息吐こうかと思っていると、窓の方からコンコンと軽くたたく音が聞こえた。

 俺は窓際まで歩き、窓を開くとするりと黒い影が入り込む。


「族長から鳥で連絡がありました」


 黒い狼獣人のアルテは跪き、紙束をこちらに差し出す。

 それを受け取り、内容を確認する。


 紙束には2枚ほどある。

 1つは逃亡にお勧めなルートが記されている。

 そしてもう1つの報告書には、逃亡農民が出現していることが書かれていた。

 報告書には理由が書かれている。


 どうやら責任のなすりつけ合いが発端らしい。

 話し合っても解決できず、責任を取らせるため武力による解決を決めたらしい。

 そのため、領民の徴兵も始まったようだ。

 だが、日ごろの重税と先の戦での敗戦も相まって徴兵逃れの流れが出ているらしい。

 その結果、他領に逃亡する農民が出始めたらしい。

 民心を掌握できない貴族は苦労するな……。


 さて。どうしたものか。

 逃亡ルートの紙はコピーして商会に届けさせるか。

 問題は貴族の方だな。

 恐らく狙われてるのは、俺が無償で解放した王家に忠誠を誓った貴族家だろう。

 別に見殺ししても構わないが、やつらが結束されても困るな。


 ……軍を動員するか。


 とりあえず考えが纏まった。指示を出そうと外に向かうとするがタイミングよく執務室のドアが開かれる。


「アイン様少しお話が……」


 入ってきたのはレイラだった。

 レイラは、俺の方を見て驚いている。

 そういや、レイラはアルテと初対面だったか…?

 俺はそこまで思い至り、サーっと血の気が引く。やばい。知らない女と結婚相手が密室で二人きりなんて浮気を疑われるじゃないか!


「ち、違うんだレイラ」


 俺は必死に言い訳を述べようとするが、なんて言ったらいいのか言葉に詰まる。

 あぁ。すまない前世の浮気冤罪の諸兄達よ。もっとまともな言い訳しろよと悪態着いたものだが、いざ自分の身になると人のことは言えない。


 そんな的外れな思考を続けている間。

 レイラはカツカツと、甲高い足音を響かせ近寄ってくる。


 レイラは俺の方に来るのではなく、アルテの方で立ち止まる。

 アルテもどうしたらいいのか分からず緊張しているのが見て取れる。


 レイラは手を持ち上げる。

 俺は思わず、誤解なんだ! って止めようと思ったんだが……。


 アルテの頭を優しくなでていた。


「素晴らしい毛並みですね」

「あ、ありがとうございます……?」


 レイラに撫でられてもアルテは為されるがままにしている。

 だが、撫でるのが上手いのアルテの緊張は解けつつある。アルテが「くぅ~ん」と小声で漏らした。

 そっか。レイラは猫耳獣人のメイドとも仲良かったな。


 ちなみに一人取り残された俺の心境としては。

 羨ましいなぁ……。俺も撫でたい。




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