第64話
領都の街並みを歩いていると、一つの大きなレンガ造りの建物が見える。
煙突からは黒煙が昇っており、どういった建物か一発で分かる。
鉄製の扉をノックすると、のぞき窓がシャッと開かれる。その隙間から目が現れ、こちらを覗き込む。
俺のことを確認すると、ドアの向こうから慌てるようにバタバタと走る音が聞こえる。
「親方! アイン様が来られました!」
「馬鹿野郎! ならドアを開けねーとダメだろうが!」
中年の野太い声のおっさんの声が聞こえたかと思うと、「ぐはっ」という若い声の悲鳴と何かを叩いた音が聞こえる。
程なくして、ドスドスという足音と共にドアの向こう側から聞こえる。
ドアの向こうからガチャガチャと盛大な音が立つ。鉄製のドアはその重量を表現するかのようにゆっくりと開く。
「久しいね工房長」
「お久しぶりです旦那」
筋肉隆々のこの男は、伯爵領のころから付き合いのある職人だった。
俺が公爵領へと引っ越す際に、父上の許可のもと引き抜いてきた。ちなみに、銃の製作を行ったのはこの男だ。今でも細々とだが、改良を続けている。
「進捗を確認に来られたので?」
工房長の言葉に首を横に振る。
「今日は別の依頼があって来た」
「なるほど。とりあえず、どうぞ中へ」
工房の中は、熱気に包まれている。壁や机のいたるところに様々な鉄製の器具が置かれ、室内の奥には竈が見える。
本来だったら、鍛冶場で鎧や剣などを製作するこの場所は俺のおもちゃ箱のような役割を担っている。
工房長に案内されるがまま、一つのドアの前に辿り着く。
ドアには鍵がかかっており、工房長はポケットから鍵を取り出す。
鍵穴に差すと、カチャカチャと音を立てる。カチャンという音と共にドアが開く。
室内には、中央に机と2対の椅子。壁際には棚があり。壁には、でかでかと火気厳禁という文字が書かれたポスターが張っている。
棚には、乱雑に紙が積み重なっており、なぜ火気厳禁なのか容易に理解できる。
「懐かしいですかい?」
「あぁ。そうだね」
公爵領に移転したため、当時のままとはいかない。
だけど、伯爵領のころによく作ってほしいものをここで依頼したものだ。
公爵領に来てから、いろいろとあって訪れることが難しかった。
俺が懐かしさを感じながら、椅子に座ると対面に工房長が座る。
工房長は、何も言わずペンとまだ使われてない紙を見つけ、こちらに手渡す。
このやり取りも懐かしい。言葉で説明するより、どういうものか見て説明したほうが理解しやすい。そのため、とりあえずどういうものか書いて説明するっていうのが決まりとなっていた。
さっさとペンを滑らして、大まかに概略を描く。
描きあがった絵図を工房長に手渡す。
「これは……手や足ですかい?」
俺が手渡したのは、義手や義足の大まかな説明だ。
「あぁ。主に手足を失った者に使う。義手や義足と呼ばれるものだ」
「なるほど……完全な元の手の代用は難しくても、補うことは可能ですな。そうなれば活躍の場が広がると」
「理解が早くて助かる」
「旦那とは長い付き合いですからな」
鉄砲などの突拍子もないアイデアを理解してくれる存在は本当にありがたい。
「ちなみに、他の義手として手の部分をハンマーとかにしたらより実用的じゃないか?」
「おぉ! なるほどですな! のこぎりとかでも使えそうですな。それならうちで雇ってもいいですし、調整や改良のフィードバックも期待できる」
「そうだね。ならこれやあれとかを……」
俺と工房長のアイデアの談義はいましばらく続いた。
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