第53話:捕虜

「主君……改めて、忠誠を誓います」


 朝起き、兵舎を出ると包帯でぐるぐる巻きのクルトが、俺の前で跪いている。

 クルトは刀身を掴み、柄の方を俺に差し出している。


 周りの兵たちもなんだあれみたいな感じで、少し騒いでる。


 というのも、この儀式は昔の騎士の任命の際によくやっていたのだが、ここ最近はあまりすることがなかった。騎士の任命も、どこの所属かを表す家紋入りのマントや状態の良い鎧や剣を贈ることで済ますことが多い。


 そしてこの儀式が廃れた理由に、この儀式は主家に忠誠を誓うものだが、主家が滅びたら他に任官することは騎士の誓いに弊害になるから廃れたというのが原因だ。


 つまり古臭い儀式なのだが、よくこんなことクルトは覚えていたな。

 だが、クルトの誠意を無碍にすることはできない。

 俺はクルトの差し出す剣を受け取り、彼の肩に剣を載せる。


「アインツィヒ・フォン・シル・バルティアが問う。クルトよ。生涯その剣を我に捧げることを誓うか?」

「はっ!この身命を賭しましても」

「……宜しい。クルトを騎士に任ずる」






 クルトを騎士に任命するという一幕があった後。

 俺は、砦の外に赴いていた。


「で。どうするのアイン?」


 砦の外には、ルメール兄上とその家臣。それと俺の家臣や兵たちも集合していたが、彼らは守るように、ある一団を取り囲んでいた。

 今回侵攻してきた貴族や、騎士の生き残りだ。ちなみに例の騎士と敵の臆病者の総大将は捕まっていない。


「父上はなんと?」


 俺がそう問いかけると、ルメール兄上はおどけたように肩を竦める。


「好きにせよ……ってさ」


 はぁ~いつものやつか……。

 俺は頭を掻きながら、近くの家臣を呼び寄せ、今回捕まった貴族の名簿を受け取る。

 名簿には何人か知っている貴族がいた。


「アイン様。全員ぶっころします?」


 ヴェルナーの発言に、捕虜となっている人達の顔が強張る。

 ヴェルナー……ちょっと発言が物騒すぎませんかね。まぁこの乱世ではよくあることなんだが……。

 時には苛烈にする必要があると思うが、ここで虐殺してしまうと、やつらの結束を強化してしまい、それはこっちとしても望ましくない。

 俺は否定するように首を振る。


「殺しはしないさ」

「まぁアイン様がそういうなら……」


 俺は名簿を見て考え込む。

 そこで、一つのアイデアを思いつく。


 俺は家臣に命じて、名簿に載ってる幾人かの貴族と騎士の縄をほどいて解放する。


「貴殿らは帰られよ」


 彼らは皆、怪訝な表情を浮かべながらその場を後にする。

 兵士たちも道を開けて、彼らの背を見送る。


「良いのかい?」


 ルメール兄上が小声でそう問いかける。

 俺も彼らに聞こえないように小声で喋りかける。


「構いません。逃がしたのは王家に忠誠を誓っていた貴族家のものたちです。今回の敵の大将は、臆病で疑心暗鬼な人物のようですし、今回の敗戦で一部の貴族が、無事に解放されたとあってはどう考えるでしょうか?」


 俺の答えでルメール兄上も納得したように頷く。


「なるほど。やつらの結束に楔を打ち込むのか」


 元々婚姻同盟をしようとしている噂を流しているし、今回の敗戦も彼らが裏切ったからだと思うはずだ。

 というか、誰かの責任にしないと自身の身が危ないとやつは考える。

 敗戦の影響もあるが、これで暫くは動きを封じ込めるはずだ。


「そして、残った彼らには身代金を要求しようかと。それで構いませんか?」

「まぁ。いいんじゃないかな? 私はアインの手助けを命じられただけだしアインの好きなようにしたらいいさ」


 まぁ貴族や騎士の身代金だから、それなりの額になるはずだ。

 俺は、頭の中で計算をしていると、悪い笑みが浮かぶ。


 俺らの小声での会話が聞こえていない彼らは俺の笑みを見て恐怖の顔を浮かべる。

 安心したまえ。悪いようにはしないさ。


 俺が安心させようと笑うと、彼らは不安を強めるだけだった。



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