第3話:金羊商会

 応接間には、小太りの男と少々痩せ気味の対照的な2人の男がソファに座って待っていた。

 男達は立ち上がり、こちらにお辞儀をする。俺も手を軽くあげることで返礼しする。

 俺はソファーに座り足を組む。後ろには家臣たちが控える。

 2人に座るように促し、ソファがギュッと音を立てる。 

 小太りの男は、成金の様に宝石の類をジャラジャラと着けているわけではないが、服の素材からしてそれなりにお金をかけているのが見て取れた。

 

「お会いできて光栄でござります公爵閣下。私は金羊商会の会長をしておりまするヤコブと申します。以後お見知りおきを」


 いかにも悪徳商人みたいな風貌の男の挨拶を聞きながら、対応を考える。相手は公爵家に莫大な金を貸した商人だ。


「アインツィヒ・フォン・シル・バルティアだ。領内はこんなありさまでな。早速で悪いが、要件を聞かせてもらえるか?」

「そうですな。では、早速本題に入りましょう。私どもがバルティア公爵家にお貸しした王国金貨にて1万6千枚。返済していただけますかな?」


 1万6千枚か。報告書には目を通していたが、改めて感じるのは莫大な金額だ。

 本家であるヴァイワール伯爵家も出せなくはないがかなりの出費だ。ここでそんな金はないと突っぱねるのは簡単だが、この領内のありさまでは商人にそっぽを向かれると厳しいものがある。まぁ、手がないわけではない……賭けになるが。

 腕を組み、少し考える素振りをしながら答える。


「そうか。実は私としてもその話をしたいと思っていたところだ」

「おぉ! それでは……」

「あと金貨5百枚ほどの食糧を貸してほしくてな」


 そう言いだした瞬間、商会長のとなりの男が立ち上がった。


「何をおっしゃるのです! まず1万6千枚の返済をしていただかないと!」

「やめんか! ニコライ!」


 商会長に怒鳴られたニコライは顔を真っ赤にしながら、席に座った。

 危なかったね。いくら金を貸してる身とは言え、貴族にその態度は斬り捨てられても文句は言えないところだ。商会長に感謝しろよ? という意味も込めて笑顔を送る。


「公爵閣下。身内が非礼を致したこと深くお詫びいたします。ですが、1万6千枚はかなりの額……せめて返済する目途はあるのでしょうか?」

「返済する目途か……正直に言おう。ない」


 こんな領内の有様では、重税を課したところでとても1万6千枚集めるのは無理だろう。

 ないもんはない。しょうがない。肩を竦めてみせる。


「ふむ……。そうですか」


 俺の返答を受けても、ヤコブは顎に手を当て見ている。

 商人であるヤコブには長年の経験があり、無理と言ったが何処か値踏みしているのだろうか。


「その代わりといってはなんだが、我が領内におけるヤコブ殿の金羊商会の税を免除をしようと思っているのだ」


 俺の言葉にヤコブの目が細くなり、真剣味を増す。


「ほぅ……それはそれは……ですが、領内の様子を考えると1万6千の対価としては弱いように思われますが」


 相手が興味を持っているの確信した俺はここが勝負所だと感じた。

 俺は、唾を飲み込む。


「このままではそうだろうな。だが、私は悪くない賭けだと思っている。元々バルティア公爵領はシルリア地方でも随一の穀倉地帯だ。復興した暁には1万6千などあっという間に元が取れるのではないか? それでも不安というならこの城すらも担保に入れよう」


 アインツィヒ様それは! と家臣が騒ぐが手でそれを制す。

 たとえ反対されようと、この考えは貫き通す。


「なるほど……先の金貨500枚の食糧は復興への足掛かりというわけですな」

「そうだ。戦火で荒れており民心の慰撫のために税を下げるが、それでも金貨500枚程度の税は回収できる見通しだ。なんならヤコブ殿を徴税官に任ずるので直接回収するといい」


 ヤコブは思わず目を見開き驚いているのが見て取れた。

 まぁそうだろうな。貴族が貴族足るは徴税権と軍権などによって成り立っている。

 故に貴族は徴税権を手放さないし、軍権も手放さない。まぁそれ故、内戦は収まらないんだがな。

 まぁ俺にとっては回収したところで商会に渡すのだから、最初から商会に回収までやらせたほうが面倒がないというのが本音だ。


「面白いことを考えますな。ですが、我々がちょろまかすとは思わないので?」


 ヤコブはそう言って騎士たちのほうをちらりと見た。

 この世界の騎士は騎士道のような清廉潔白ではなく、略奪もする。もちろん例外などはいるが。

 給金ももらうが、領地を持たない彼らの臨時収入が徴税官の仕事だ。彼らは税収の一部を懐に収めることが暗黙の了解となっている。

 まぁ俺の家臣は本家から多少多めに支援してもらってるので金の不満はそこまでない。

 話が逸れたが。


「その点については、心配などしていないさ。商人としてこの地を生きるなら信用が必要だと思うが?」

「はっはっは! 確かにその通りです! なるほど、そういうことなら引き受けさせていただきましょう。金貨500枚分の食料も1週間以内に集めてみせましょう」


 ヤコブ達商人は貴族の相手もするが、メインは平民相手の商売がほとんどだ。

 彼らが、もし決められた税より多く徴税すれば平民からは信用されないし、少なく徴税すれば支配階級である貴族からの信用は得られない。彼らは適切に行う必要がある。その適切な姿勢は信用を生む。


「では、これからよろしくお願いしますアインツィヒ公爵閣下」


 ヤコブは立ち上がり、手を差し出した。俺はその手を笑顔で握り返した。


「よろしく頼むよヤコブ殿」




 ヤコブは領主の屋敷を後にし、ニコライと馬車の中で話し合っていた。


「面白い人物だな。バルティアの新当主殿は」

「ですが、父上。あの話も結局復興を成し遂げねば絵空事では?」

「どっちみち我々に選択肢はなかったのだ。あのまま回収できずに滅びるか共存共栄するかを脅されていたのだよ。まぁアインツィヒ殿に可能性を感じた故、乗ったがな。それにしても貴族らしからぬ貴族様であったな。商人の方が向いておられそうだ」


 ニコライも確かにと頷き、苦笑いを浮かべる。

 ヤコブは馬車の窓から修繕中の城を眺める。


「期待しておりまするぞアインツィヒ公爵殿」



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