第3話 出涸らし令息、決闘する
決闘。
それは勇者学院で認められている、生徒間のトラブルの解決方法の一つらしい。
ルールは簡単。
戦って勝った方が相手に自分の要求を飲ませることができる。
学院の敷地内にある決闘用の闘技場に向かうまでの道中、アルテナから教えてもらった。
「私が勝ったら、アンタは荷物をまとめて勇者学院から出て行きなさい!!」
「ありがとうございます!!」
本当にありがたい。
ここで負けたら女装してまで勇者学院にいる必要がなくなる。
絶対にわざと負けてやろう。
「っ、姉弟揃って私を馬鹿にして!! 痛い目に遭わせてやるわ!!」
しかし、どうもリタの方は俺の態度が気に入らなかったらしい。
でもまあ、学院を退学になったら大国の皇女とか一生関わらない相手だ。気にする必要はないだろう。
「あー、ストップストップ。フィオ君、決闘の前にコレを渡しておこう」
「え、何です? ……手紙……まさか……」
「そのまさかだよ。君のお姉さんが学院まで試験を受けに来た時から預かっているものだ」
俺はアルテナから姉さんからの手紙を受け取り、恐る恐る中を読む。
『きっと今頃三下に絡まれている頃でしょうけど、わざと負けたらぶち殺す。姉より』
「無理だって!! うわああああん!!」
姉さんはどこまで予見していたのか。
あともしかして三下ってリタのことを言っているのだろうか。
大国の皇女を三下呼ばわりする姉が怖くて仕方がない。
いや、そんなことよりも……。
姉さんの命令は絶対だ。わざと負けようものならマジで殺される。
「す、すみません、皇女殿下!! 誠に勝手ながら、姉さんの命令で全力で戦わなくちゃいけなくなりました!! 本当にすみません!!」
「っ、……そう。さっきまでは全力を出すつもりすらなかったと、そう言いたいのね?」
ひっ、何故か殺気が増してる!?
「い、一旦落ち着いてください!! 決して俺にそういう意図はないんです!! 全部姉さんのせいですから!!」
「……はっ、それもそうね。でもアンタを完膚なきまでに叩き潰したらフィナ・アスティンも怒って出てくるだろうから、遠慮なくやらせてもらうわよ」
ええ?
どうかな。姉さんはそういう仇討ちとかするタイプじゃないからなあ。
むしろ「どうして負けたのだ!!」とか理不尽に怒鳴り散らして俺をボッコボコに叩きのめしてくると思う。
「ではでは!! リタ・ザナードVSフィオ・アスティンの決闘を行う!!」
アルテナが声高らかに宣言した。
俺とリタは刃を潰した剣を片手に持ち、距離を取って構える。
ただそれだけ。でも、それで分かってしまう。
目の前のリタ・ザナードが努力を惜しまなかった天才だと。
間違いなく俺がこの世で最も恐れていて尊敬している姉と同類の人間だと。
怖い。怖すぎる。
「始め!! 殺さない程度に楽しめよ、若人!!」
アルテナが決闘開始の合図を出す。
さっきは「死人が出るから~」みたいなこと言ってたくせにノリノリなのが本当に腹立たしい。
「余所見してたら死ぬわよ!!」
「え? おわ!!」
「ほらほら!! どんどん行くわよ!!」
リタの剣は嵐のように凄まじかった。
普通、剣というものは振るっている途中で必ず停止してしまうものだ。
剣を上段から振り下ろす時、腕を振り上げたところで一度止まる。
剣を極めた達人ほどその時間が極めて短く、速くなる。
その停止する時間がリタにはなかった。
振り上げる動作がそのまま振り下ろす動作に繋がっている。
そして、その振り下ろした動作が次の振り上げる動作に繋がっているのだ。
この剣は止まらない。隙を見せない。攻撃性を前面に押し出した高速の剣技。
姉さんと似ている。
恐ろしく鋭くて恐ろしく速い無駄のない斬撃がどこまでもそっくりだった。
でも、何故だろうか。
「うおっ!? 危なっ!? ひゃあ!?」
どの一撃も当たったら怪我では済まないであろう威力がある。
でも、何故か身体がちっとも震えない。
緊張はしながらも、落ち着いてリタの剣を見ながら回避または防御ができている。
不思議な感覚だ。
姉さんが相手になると言い表せない謎の恐怖で身体が動かなくなるのに、リタ相手ではその感覚が来ない。
そうこうして鍔迫り合いになった時、リタは俺に口撃を仕掛けてきた。
「はん!! あの女の弟と言っても大したことないのね!! 逃げてばかりじゃない!!」
「す、すみません……。俺、剣も魔法もダメダメでして。逃げることくらいしか姉に勝るものがなくて」
俺がそう言うと、リタは少し反応に困った様子で眉を寄せた。
「貴方、自分で言ってて悲しくないのかしら?」
「まあ、慣れちゃいましたし。自慢じゃないですけど、エイデン王国では『姉の出涸らし令息』とか言われてるんですよ!!」
「自分で言ってて悲しくないのかしら!?」
「実はとても悲しいです。好きだった女の子に思いきって告白したら『出涸らしは嫌!!』って言われて……あれ? 急に雨が降ってきましたね」
「ちょ、な、泣くのはやめなさいよ!! 私が悪者みたいじゃない!!」
「雨です」
嘘です。雨じゃないです。悲しくないわけがない。
何度姉さんがただの凡人だったらよかったと思ったか分からない。
姉さんも俺と同じ無能だったら、という最低なことを考えたことは何度だってあるとも。
「でも俺、優しさだけは姉さんに勝ってるつもりですから!!」
「っ、優しさで憎い相手に勝てるなら、人間は苦労しないのよ!!」
「うおわ!?」
何が逆鱗に触れたのか、リタは足で俺を蹴飛ばして距離を取り、呪文の詠唱を始めた。
そして、リタの剣が真っ赤な炎に包まれる。
「……ま、魔法剣……」
「私の炎の魔法剣は鉄だろうと何だろうと溶かして叩き斬る。剣で受けた瞬間、アンタは死ぬわ」
「ひぇ……あ、あの、棄権って……」
「決闘に棄権はないのよ!!」
リタが魔法剣を振るって襲いかかってきた。
言うまでもなく、剣で防御したら剣ごと溶かし斬られて俺は大怪我では済まない。
意地でも回避するしかない。
「はあ、はあ、ア、アンタね!! いつまで避けてるのよ!! 少しは反撃しないさいよ!!」
「そ、そう言われても!? 避けるのに手一杯なんです!!」
震えはしないが、その荒々しい剣技と魔法剣を前に回避で精一杯なのだ。
「この!! なんで!! 当たんないのよ!!」
「い、いやあ、普段は姉さんのサンドバッグにされてるから速くて鋭い攻撃には慣れてますし、相性の問題かと」
「っ、つまり私があの女以下と言いたいわけ!?」
「ちょ、え!? だ、誰もそんなこと言ってないですよ!?」
「そう聞こえんのよ!! もう怒ったわ。本当はフィナ・アスティンのために取っておきたかったけど、アンタに使ってあげる!!」
そう言うとリタは体内の魔力を練り始めた。
それは魔力の密度が大きくなり、扱う魔法剣の威力が向上することを意味する。
「これがザナード帝国の皇室に伝わる魔法剣【極】!! 振るえば斬撃そのものを躱せても荒れ狂う魔力の刃に斬り刻まれる!! 死なないよう祈っておきなさい!!」
「さ、殺人はアウトですよ!?」
「はん!! 殺人なんかパパがもみ消してくれるわ!!」
うわっ、権力の闇が見えたぞ!!
「食らいなさ――うぇ?」
「あ……」
必殺技が来る!!
そう思って身構えていたが、リタは鼻から血を吹き出して倒れてしまう。
尋常な血の出血量ではなかった。
「あ……ぇ……わ、わたし、どう、なって……」
ぶつぶつ呟きながら膝から崩れ落ちて動かなくなってしまうリタ。
そんなリタに近づいたのはアルテナだった。
「勝負あり、だね。フィオ君の勝利だ。それにしてもこりゃ酷い。だから言ったんだ。やったら死人が出るって。未熟なままアホみたいな魔力を練って力任せに振るおうとしたらそうなるさ」
「っ、り、理事長……」
「ま、反省したまえ。半年は魔力がまともに扱えないだろうが、君はこの大魔法使いアルテナが見込んだ天才だ。どうにかなるよ、多分」
「半年、なんて!!」
アルテナの言葉に声を荒らげるリタ。
「そうだね。半年は大きい。君が天才と言っても、私のクラスにはそれ以上の天才がいるし、来る。君は置いて行かれるだろう。もしかしたら選抜クラスを追い出されるかもしれない」
「っ、そ、そんなの!!」
「それが私の理想だ。私の求める実力主義だ。弱い奴は要らない。私は強い奴が欲しい。さて、君はどちらだろうね?」
アルテナ、性格悪いな。
要はリタが魔力の操作を誤って自爆することを分かっていたのに止めなかったってことだろ。
いや、自分の力を過信したリタにも問題はあるのかも知れないが……。
「……気に入らないな」
俺は誰にも聞こえないよう小さく呟いて、無言でリタに近づいた。
リタが俺をキッと睨む。
「何よ、私を笑うつもり!?」
「……ちょっと触りますけど、我慢してくださいね」
「は? 何を――ひゃんっ♡」
俺はリタの身体、脇腹の辺りを撫でた。
リタは抵抗しようにも身体を動かせないため、艶かしい声を上げるのみ。
「あっ♡ や、やだ、ど、どこ触ってんのよ、変態っ♡」
「おお!! そう言えばフィオ君は決闘に勝ったらリタ・ザナードに何を要求するか聞いていなかったね!! 性奴隷にでもするかい? 私の権限で認めるよ!!」
「だ、誰がこんな奴の性奴隷になんか!! って、ひゃんっ♡ ちょ、そこ、おっぱい♡ あっ♡ やだっ♡ なんか、変なのキちゃうからっ♡」
「……ここかな……」
俺は全てを無視してリタの身体をまさぐる。
そして、ある一点。ちょうどおっぱいの下乳に当たる部分を強めに押した。
「――っ♡♡♡♡」
リタの身体がビクンと大きく跳ねる。
声にならない悲鳴を上げて、リタはどこか艶を帯びた目で俺を見てきた。ちょっぴりエロい。
「な、何すんのよ、変態っ♡ バカぁ♡」
「あ、す、すみません。でももう動けると思いますよ」
「……え? あれ!? う、うそ!?」
リタはその場で立ち上がり、身体の調子を確かめながら驚いているようだった。
「元通り……いえ、むしろ前より調子がいい!?」
「魔力操作のミスで生じた魔力の滞りを消してみました。どうです? 身体の調子は絶好調だと思いますけど」
「え、ええ。いや、それより魔力の滞りを消すですって? 何言ってんのよ、アンタ……」
「えへへ、姉さんに唯一褒められた特技ですから」
姉さんに命令されて嫌々習得した技術だが、人の役に立てたならよかった。
と、そこでアルテナが口笛を吹きながら俺とリタの間に入ってくる。
「ひゅー!! 驚いたね!! フィナ・アスティンから話は聞いていたが、本当にマッサージで魔力の流れを正せるとは!! これはますますうちのクラスにいてもらわないと!!」
「あ……」
「おや、どうしたのかね? まさか忘れていたのかね? はっはっはっ!! モノボケはジジババの特権だよ、フィオ君!!」
俺は退学になろうと思っていたことを完全に忘れてしまっていた。
ああ、やっちまった。
―――――――――――――――――――――
あとがき
どうでもいい小話
作者「ツンデレが堕ちる瞬間ほど素晴らしい光景はない」
フ「え、えぇ……」
「理事長アカン奴や」「チョロインは素晴らしい」「ぐう分かる」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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