想起回顧譚

@nayashi

第1話 喪失

顔の見えない女が必死に話しかけてくる。


「エリック、後はあなたに託すわ。

絶対に思い出して、フランシアの地でいつまでもあなたを待つ。」


あんたは一体誰だ、そんな疑問を抱いたが声を出すことができない。

手を取ろうと伸ばしたところで目が覚めた。

どうやら夢だったらしい。


目の前には俺の顔を覗き込んでいる少女がいた。

どういう状況だ?とベッドから体を起こそうとすると少女が


「パパ、目を覚ましたよー」


と叫びながらどこかへ走り去った。

周りを見渡してみると、おそらく診療所のようだと察することができた。


「目を覚ましたんだね、体調は大丈夫かい?」

と言いながら、先ほどの少女と一緒に白衣姿の男が現れた。


軽く頷き、質問をしようと口を開きかけたところで何を聞けばいいのかわからないことに気がついた。

正確には、自分がどうして何のためにどのようにしてこの場所にいるのか何も分からないことに。


「君の名前は?」

男が先に話した。どうやら知人ではないようだ。


俺の名前?必死で思い返してみるが名前すらも分からない。本当に何もかもが分からなかった、さっき見た夢を除いて。


「多分、エリックだと思う。」

夢の女がそう呼んでいた、それしか情報がない。

戸惑っている様子を見て察したのか男は続けた。


「もしかして、記憶がないのかい?」


動揺が隠せない、どれだけ思い出そうとしても昨日のことも自分のことも何一つ思い出せない。

返事をする余裕がない、嫌な汗が噴き出してきた。


「まいったね。こんな辺鄙な場所で倒れていたから訳ありとは思ったが、記憶喪失とは。」

白衣の男も少し困惑しているのか頭を掻きながら続けた。


「昨日とても大きな地震があってね、まだ対処が追いついていないんだ、落ち着いて話ができるようになったらまた呼んでくれるかい。」

「それまで付いていてあげて。」

と横にいた少女に向かって言った。


「分かったよー」

少女は全部は理解できていないようだったが、最後の指示は理解していた。


何も思い出せないまま時間ばかりが経っていく。

少し冷静さを取り戻し、できることといえば分かっている情報を整理することだった。


さっきの夢がただの夢でないのなら、女が言っていた

"フランシアの地で待つ"というのが唯一の手がかりであとは先ほどの男から聞いてみるしかないという結論に至った。


横では待ち飽きたのかソワソワしながら少女がずっと待っていてくれた。


「待たせてごめん。呼んできてくれるかな?」


少女はパッと嬉しそうな顔をして走り去った。

まもなくして、先ほどの男がもう一度訪ねてきた。


「やあやあ、少し落ち着いたかい?

 こっちも丁度ひと段落したよ」

「ああ、おかげで助かった、ありがとう。」

「それは良かった。水でもどうだい?」

男がそういうと、男の腰の高さほどの丸々とした塊が水を運んできた。どう見ても生物ではない。


「何だこいつは?」

水を受け取り、不思議そうな顔をしていると


「いいリアクションだね、この子は僕が作ったゴーレムさ。喋ったりはできないけど、仕事を手伝ってくれる可愛い子だよ。」

そう言われたゴーレムはどこか誇らしげに見えた。


「へぇー、そんなことできるんだな。」

目の前の男は頼りなさそうだが、実はすごい人なのかもしれない。


「これも含めて順番に説明しないといけないね。

 いまさらだけど、自己紹介から始めようか。」

「僕の名前はジル、ここアキ村で医者をしているんだ。」

隣にいた少女も両手を挙げてニコニコしながら続く、


「私はグラムだよ。パパの子どもだよ。」

勢いの良い自己紹介が心地よい、元気が有り余っているようだ。


「今のところ何か聞きたいことはあるかい?」

少し考えて最初の疑問から聞くことにした。

もしかしたら、何かを思い出せるかもしれない、そんな淡い期待を込めて。


「ここはどこなんだ?」


「さっき少し言ったが、ここはアキ村。

 大陸の南端で商人以外はほとんど立ち寄らない田舎村さ。村のすぐそばで倒れていたエリックをグラムが見つけてくれたんだよ。なにか思い出せそうかい?」


首を横に振る。どうしてこの村にいるのかも検討がつかない。


「わたしが見つけたんだよー」

胸を張り誇らしそうな顔でこちらを見てくる。


「ありがとう、グラムのおかげで助かったよ。」

グラムの全力のドヤ顔が止まらない。


それを見てジルは微笑み、ゴーレムを手元に呼びながら続けた。

「この子は僕が作ったって言ったよね?

 実はね、僕が凄いわけではなくて、この道具のおかげなんだ。」


そう言ってジルは手のひらに小石サイズの宝石のような物を取り出した。


「これはね、魔力核コアといって魔力を込めることで力を発揮する道具なんだ。

 そして、魔力を持ってる人は見た目では分からない上に、とても少ないんだ。」

少し興奮した様子で水を飲み、話を続けた。


「さらに、魔力核コアによって発動する力は違うし、魔力核コアは最初に力を発動した人以外には使用できないんだ。」


「さらにさらに、魔力核コアは誰がどうやって作ったのか一切不明なんだよ。」

興奮冷めやらぬまま説明を続けるジルに少し狂気を感じた。


コホンと咳払いをし、

「何か質問はあるかい?」


「魔力核コアの説明は分かったんだけど、何でそこまで詳しく教えてくれるんだ?」

話の内容よりも気になる純粋な疑問だった。


ジルはニヤリと笑った。

「それはね、エリックが魔力核コアの所有者だからだよ。」


「は?」

予想もしていない返答に面食らった。


ジルが白衣のポケットをゴソゴソし、取り出した手の中には魔力核コアがあった。

「はい、これエリックの。」


いきなり手渡されたそれは手の中で輝いていた。

突然のことで理解が追いつかない。

なぜこんなものを自分が持っているのか、どうやって手にいれたのか、考えても分からない。

なぜなら、記憶がないから。


エリックは少しだけ自分の記憶を取り戻すことが不安になった。

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