祖母の夢 鷺草は空高く飛ぶ [第2回みんなでヴァーチャル吟行!に参加しました!]

星一悟

ヴァーチャル吟行

 ヴァーチャル吟行というわけで、私はメタバースを歩いた。


 地球温暖化から地球沸騰へと言われるだけあって、電子の空は暑く、太陽はギラギラと輝いていた。スコールが降らねば良いが。通り雨は最早、古い気象語だ。



「暑いですね。」

 私は今日の暑さを月並みに表現する。

 現実でも熱で私の肌の水分が蒸散した。

 暑さのあまり、ペンネームがカラカラの干しイチゴになってしまいそうだった。星一悟はそのまま読まれにくい。


 8月で果たして『残暑』になるのか?

 100年も経たずに8月の残暑という言葉は絶滅するのではないかと思わせた。


「これが、サギソウですか。」


 サギソウは翼を広げる鷺に似ているからその名がついたのだという。

 電子の花を手のひらでもて遊ぶと、なるほど白い花弁が優雅に飛んでいた。



 私は物心ついた頃、確かに人の死に触れてはいた。それは、幼い記憶としておぼろげになっている。

 だが、私が大人になって亡くなった祖父母達の事は、今の私に強い喪失感を与えていた。

 もう何回忌にもなるのに、疲れている時には死んだ祖父母達の思い出が夢となって現れた。それは目覚めると露と消えて切なく胸をうち、悪夢よりも辛い。


 私には後悔がある。

 母方の祖母のことだ。

 祖母は私を孫の中で一番可愛がって貰っていた。愛してもらってたと言ってもいい。

 彼女が認知症を患った時や、叔父をたよりに北海道へ行った時、私は自分のことだけで手一杯で、何もしなかった。できなかった。


 私の顔を覚えてなくていい。

 私のことを覚えてなくていい。

 ただ、側にいたかった。

 それをしなかったのが最大の後悔だ。


 祖母は入っていたついの施設で蔓延したコロナが原因で亡くなった。

 病気や老衰で亡くなった父方の祖父母と違ってお棺もなく火葬され、したがって遺体をみることがなかった。

 骨壺を見るだけだったので、いまだに祖母が死んだ気がしていない。


 私は、所によっては絶滅危惧種でもあるサギソウをみながら、ヤマトタケルが死して白い鳥になったという神話を思い出した。



サギソウは 御霊となった 鳥に似て 我が祖母一羽 空高く飛ぶ



 祖母は認知症になる前は凛とした人だった。天国まで飛んでいったのだろうか。

 それとも、冗談めかして話していたように、私の背後霊になったのか。



白鷺の草となりても天を舞い うだる熱波に咲くか鷺草



 鷺草は湿地に咲くという。この暑さが続けば日照りとなって鷺草もやがては絶滅するのだろうか。



鷺草の咲く様さえも空想に 押しやられるか夏は死の季節



 私は不惑の年と呼ばれる中にあっても惑い、お別れだけが人生と断ずるほど老けているつもりもなかった。


「ここでオヤツにしますか。」

 私はコンビニの杏仁豆腐を食べた。

 近い将来、スプーンで味覚を刺激し食べた気になる道具ができるのだという。それは美味しくて同時に味気ない体験になるだろう。


鷺草の写真はどれも得意顔 杏仁豆腐の白さに見えて



 窓からは入道雲が遠くに見える中で、私のヴァーチャル吟行は雲一つない晴天のまま終わろうとしていた。

 セピア色になりつつある記憶を前にして、心に雨がふらなかったからだ。

 仮想世界も現実の思い出も、頭の中では永遠に近い存在なのかも知れない。


鷺草は枯れず残暑のお見舞い 仮想世界の空はモノクロ



 私は仮想空間から部屋の中に戻ると、冷たいお茶を飲んだ。


 8月3日。午後は雑事に消えていった。



ネコ?さんや夢月みつきさん、ヒニヨルさん達に感謝を込めて。最後にこの短歌を捧げたい。

ヴァーチャル詩吟の旅は道連れ 浅い夢に溶けて夏

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