Parallel Skater

須川  庚

第1話 自分に重なる

 リンクに入ったときに、一人誰かが滑っていた。

 ここは東原市駅前にあるスケートセンター。


 徒歩で歩いてすぐのところにマンションのあるわたしは、この日は深夜に一人だけでここにやって来ていた。


 この時間帯は自分だけの貸切で練習があった。

 目指すはあと二週間を切った世界選手権に向け、追い込みの練習をしていた。


 でも、人影が見えて……ジャンプをする音が聞こえてきた。

 きれいなジャンプの姿勢、スケーティングも伸びやかできれいだった。

 そこに立っていたのは自分には知っているような姿だった。


「あ、君が星宮ほしみや清華せいかちゃん?」

「そうですけど。あの、会ったことありますか?」


 リンクに入って一緒に滑っているときに、こちらを見つめて声をかけてきた。


 自分よりも背は十センチくらい小さいみたい。

 ポニーテールが印象的で前髪を伸ばしているような感じだったんだ。

 彼女は練習用のウェアなのかパーカーに黒いレギンスを履いているのが見える。


「あ、ごめん。話すの忘れてたね。わたしは二宮にのみやさくらって言うの、二十四歳になるのかな」

「あ、年上ですね」

「仕方ないもんね。ソチオリンピックのシーズンのときに十三歳でジュニアデビューしたから」


 そんなことを話しているときに桜さんは嬉しそうにこちらに滑っていく。


「あの、貸切練習なんですけど?」

「敬語はいらないよ。清華ちゃん、。いつかはいなくなるよ」

「え?」

「うん、本来わたしたちは交わらない世界線だったから」


 そう言って桜さんはトリプルアクセル+トリプルトウループを軽々と降りているのが見えた。

 二十四歳と話したけど、その年齢でキープし続ける力もすごいなと感じる。


「清華ちゃんもトリプルアクセル、跳べるの?」

「跳べます。あと四回転も一種類は試合で使ってます」

「マジ? すごいね、四回転なんて、秋羅あきらくらいだもんね。うちも四回転サルコウ、跳べるけどね」

「秋羅?」

「うちのリンクメイト、シアトルでルームメイトだったこともあるんだ」


 秋羅というのは桜さんの知り合いみたいで、かなりすごいジャンパーだったということがわかる。

 それから桜さんは曲を流してもらっていて、一緒に滑ろうということを言われたんだ。


 そのときにいろいろと聞かれた。


「手を取るのは大丈夫?」

「はい。アイスダンスのホールドなら許容範囲です」

「あとステップは基本できそう?」

「何度か先生にアイスダンスのステップは教えてもらいました」

「それじゃあ、リードしてほしいね。背が高いし、アイスショーだと思えばいいよ」


 そんなことを言われながら桜さんの手を取り、彼女を支えるように腰に手を当てる。

 流れているのは『月の光』、静寂に満ちた世界に入っていくような形になる。


 桜さんは手を離して同じような軌道の入り方でトリプルアクセルを降りていたのがわかった。

 同じタイミングで跳べるのはとてもすごくて、まるで自分がもう一人いるみたいな感覚になっていった。


 そこから一緒にステップをするときには一定の距離で簡単なもので滑っていく。

 そして、桜さんの手を取ってアイスダンスのようなステップを踏む。


「なんで、男性のパートが上手いの?」

「それは……ちょっと前にアイスショーでやったとき、男性役をしたことがあって」

「背が高くて?」

「人数が足りなくて……シンプルに頼まれたんです。相手はアイスダンス経験者だったので良かったのですが」

「そうなのね。とても貴重な経験ね。女性同士のアイスダンスは」

「意外と楽しかったですね」

「そう、それは違う経験をすると、刺激的になるわ」


 そのときにアイスダンスのステップから抜け出して、再び滑り出してトリプルループの単独ジャンプを降りる。

 わたしは嬉しくなってサルコウの踏み切りへと入った。


 それを見て入り方もきれいにサルコウを四回転回りきって、成功してリンクの硬い氷へと降りた。


「あははっ! 清華ちゃんってほんとにジャンプが好きなんだね。四回転サルコウも、成功してるしね」

「はい。四回転サルコウも試合でできればとは思ってましたが……自分には必要ではあると感じてます。でも、オリンピックで最大の強豪が来るかどうかで変わるんです」


 桜さんも納得したようにうなずいて滑り出した。


「でも、清華ちゃんならば……金メダルを取ることはできるよ。自信を持って、自分のスケートで天下取れるって」


 その言葉を聞いて心にストンと何かが落ちた気がする。


「清華ちゃん。わたしのはね。2020年3月で止まっているの」

「え」

「そうなんだよ。年齢は計算したら二十四歳だけど。本当は永遠の二十歳。でも、これは言えるよ」


 桜さんはリンクの真ん中で笑っている。


「たぶん、世界は繋がってる。わたしの世界に清華ちゃんはいて、遅咲きの天才スケーターと言われてる。そして、秋羅は名前を変えて生きてるのも知ったし、お兄ちゃんやお姉ちゃん、玲奈ちゃんは名前がそのまんまだし。どこか面影を残しながら、こっちの世界が作られてると思う」

「桜さん……」

「わたしはあなたのなかにいる。トリプルアクセルに四回転ジャンプを跳ぶのは、わたしにそっくりね。まるで昔の自分を見てるみたいね、わたしに夢を見させてくれてありがとう」


 それを言って桜さんは消えてしまった。

 彼女がいた跡形も消えていた。

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