第14話 第一王子ヴィクトルの過去・後編

『ヴィクトル、ブリジットが……僕が止めたのに、祖国に戻るって言って窓から……っ』

『──っ』


 風景が移り変わり、あの最期の日になった。

 その日は遅くまで会議をしていたヴィクトルは会議中にも関わらず部屋を飛び出して、ブリジット前世の私が落ちた部屋に駆けつけた。

 そこには血痕もなく、大きく開かれた窓があるだけ。背後からジェミアン様とダニエラ様が駆けつけた。


『兄様、《呪われた片翼》などよりも──』

『黙れ』


 ヴィクトル様が瞬時に消え、数分後にブリジットを抱きかかえて戻ってきた。全身ずぶ濡れで唇が紫になっている彼女に、有りっ丈の治癒魔法を掛けている。


『兄様、そんな人族、もうどうでもいいではないですか!』

『ジェミアン!』

『だって本当の《片翼》はダニエラなのに! 《片翼》の身分を偽って、兄様を縛り付けた愚かな人族の──』

『人族だけが《片翼》となり得ることを知らないのか?』

『え? そんな訳ない……あんな脆弱な種族が《片翼》だなんて……』

『ああ、そうか。お前たちは《高魔力保持者》ではない。私の孤独も苦しみも、祝福の鐘も……知らないのに、なぜお前たちの言葉を信じたのか』

『兄──』

『もういい』


 空気が一瞬で凍り付く。

 夢なのに、過去のできごとなのに産毛が逆立った刹那、音が消え──ザシュ、とジェミアンの片足が切断され、宙を舞った。

 視界が赤銅色に染まる。


『え、ああああああああああああ!』

『ジェミアン! ヴィクトル、君は──』

『黙れ』


 呟いた瞬間、やはり音もなく──ダニエラの両手両足が吹き飛んだ。


『ああああああああああああああ!』

『ダニエラ!』

『お前たち、そして侍女、使用人も含めて私の《片翼》を……よくも貶め、虐げ、悪意に晒し続けてくれたな……』


 一瞬で血の海となった部屋は、二人の血と鉄の匂いに満ちていた。ヴィクトル様の視線は一度だって二人には向けられず、ブリジットだけを見ている。

 その眼差しはルティ様と同じく深い愛情に満ちていた。ああ、こんな風にブリジットを見ていてくれたのね。


『兄様? …………急にどうして?』

『つい先ほどまでは、ダニエラの言葉を信じていた。──が、ブリジットから感情が……流れ込んでくる。報告とは全く違う光景に、覚えのない私の言葉、こんなにも私と対話を求めていたのに……私はその機会を全て……っ』

『意識共有? そんなのができるのは本物の……《片翼》同士だけ。う、嘘だ。ダニエラは……僕に嘘なんか……』

『あああああああああ! 私の体があああ! 腕が、足があああああ!!』


 ダニエラ様は痛みで錯乱してもがき苦しむ。それを見てジェミアン様はダニエラ様に掴み掛かった。


『ダニエラ、君は僕に嘘なんか付いてないよね? 僕は──』

『ああああっ、うるさい! お前が中途半端に追い詰めるからこうなったんだ! 毒で弱らせて、それから死んだことにさせればああああ、良かったのにぃいいい! 私が呟いたことを本気して、あの女を追い詰めるから予定が狂ったわ!!』

『……なっ、僕は君が……っ』

『お前たちにはそれぞれ相応しい罰を与える。逃げられると思うなよ』


 酷く冷ややかな声だった。

 死を宣告した声の刃が、二人に絶望を与える。


『……あはははっ、いいよ。君に殺されるのなら本望だよ。ヴィクトル』

『私はお前を殺しはしない……。お前を殺すのは、お前の手足となった侍女や使用人だ。それをもって彼らの罰としよう』

『え……なぁ、いやよ。そんなのいやああああああ』


 ダニエラ様は何か喚いていたが、ヴィクトル様は一度も目を合わさなかった。


『……っ』

『ブリジット……。ああ、魂の輝きがどんどん弱く……』


 虫の息だけれど、ブリジットは生きていたのが分かった。ドレスには赤銅色の血がこびりついて斑色に染まっていて、首元の肌は毒で黒く変色し掛かっている。もう長くないのは誰が見ても分かるのに、ヴィクトル様は諦めなかった。


『……ブリジット、愛している。誰よりも、愛しているよ。……君は私を許さなく良い。それでも次は君が幸福であるために、私の全てを掛けて、君を見守ることを……どうか許してくれ』


 鈍い音と共にヴィクトル様は自分で自分の角を折って、私の胸に置くことで弱々しかった魂が目映い光を灯す。

 その魂は眩い光を放ち空へと還る。ブリジットの肉体は白い砂となって崩れて、一欠片も残らずに消えてしまった。


 私の頬を濡らしていたのは、ヴィクトル様の涙だったのね……。

 でも……これが本当なら、どうしてルティ様が《片翼殺し》なんて呼ばれるようになったの?


 それから見えた記憶は早送りしたかのように刹那の瞬きのとなり、次に広がった光景は──エルフ族の都市でと出会った時だった。

 一瞬で色褪せていた世界が輝く。


 そこで目が覚めた。

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