第12話 崩れ落ちる今と、これからを

「改めてお二人のやりとりを見ていると、衝撃的だな。森の大賢者……いや天狐人に対等に話しているのだから」

「(前世の記憶持ちだから……とは言えない)まあ、私は異世界人なので、その辺りの先入観がないのだと思います」

「それもあるけど二人は《片翼》なのだから、このぐらいは普通じゃないの?」

「「!?」」


 誰もそのことに触れなかったのに、ジーナ王女はあっさりと踏み込んできた。ルティ様も私も先延ばしにしていたデリケートな部分だったのに……。


「お前には関係ない」

「えー!? 《片翼》仲間だし教えてくれたっていいじゃない。ねー、ダーリン」

「……自分に振らないでくれ。そしてジーナ王女、今の発言は軽率すぎるぞ。そんなことを繰り返していたら痛い目をみることなる……」

「私の心配をしてくれるの? ダーリン、優しい♪」


 呑気なジーナ王女は気づいていないのか、それとも敢えてなのかルティ様を煽る。


「だって気になって、気になってしょうがないもの! 《片翼殺しの天狐人》って貴方でしょう? だとしたら、隣の彼女は一度、《片翼》に殺され──」

「ルティ様は、私を殺していません!」


 言い切ったと同時に、激しく後悔した。

 そう告げるということは、私が前世の記憶を持っていると自白しているようなものだ。でも、その言葉だけは違うと言わないと、他の誰でもない私が言わなければ本当になってしまう。


「シズク……」

「(ここまで言った以上、向き合わないと……っ)ルティ様、お話があります。二人でお話ししましょう! 皆様は今後の話を進めてください。食事も各々摂って貰って大丈夫ですから!」


 強引に話をまとめて、私はルティ様の腕を掴んで二階に駆け上がった。落ち着いて話すためにも、自分の部屋がいいと思い部屋に入った──が、ここで致命的なミスを犯す。

 私の部屋は一人部屋で、ソファが二つないのだ。

 私がベッドに座って、ルティ様がソファに座れば無問題では? よし、これでいこう。


 バタン、と部屋の扉がしまった途端、後ろからルティ様が抱きつく。

 いつもと違って腰に手を回してガッチリホールドしてきた。これだと顔を見て話せないのだけれども……。


「ルティ様? 顔を見て話したいのですが?」

「……シズクが彼女の生まれ変わりだって気づいていたんだ。気づいていて、黙っていた」

「(これは……このまま話すつもりね……)うん、なんとなく気づかれている感じはあった……かな。どうして黙っていたの?」

「……最初は話して、謝罪するつもりだった。でも……私と目が合った時に、殺意とか敵意がなくて……前世の記憶があるのか、どうか分からなかった。もし記憶が曖昧、あるいは思い出していないのなら……なんて思ったら言い出せなくなっていた。ごめん」


 わかるよ。私も同じだったから。

 もしもう一度出会って、同じように器として執着されたらどうしよう、って怖かった。

 目的がわからなくて、警戒もしていた……。でも……。

 何も知らない私の手を引いて、傍にいてくれたのはルティ様だ。


「……っ、ルティ様」

「私に笑顔を向けてくれて、一緒に暮らしてくれて、たくさん話をして……異性として見てくれているシズクが好きで、好きで……引き返せなかった。この関係が歪で、おかしいって分かっていても、もう少し、このまま……そう思っていた。私には……そんな資格ないのに……」

「同じ」

「……え」

「私も……。このままの関係は、いつか終わるって思っていた。でも……私も勇気が出なくて……ルティ様に、嫌われたくないって思ったらどうすればいいのか分からなかった。前世の記憶を持っているって気付かれたら、また前みたいに、生贄に……戻るかもしれないって思ったら……それは嫌だって……。もう、今までみたいに、隣でご飯を作ったり……外を一緒に歩いたり……できなくなるかもって……」


 本当はお金を貯めて、独り立ちするつもりだった。

 ルティ様の目的が分からなかったから、警戒もしていたし、距離をとっていたのに……一緒に生活している間に、その線引きが曖昧になって、過去に蓋をして今を楽しもうって……。


ブリジット前世の私は……、心がもたなかったわ。一人で生きていく術も、頼れる人も、王女という責務からも逃げられなくて、悪意と敵意だけ。何も知らないまま……。《片翼》という魔力消費と子を得るための道具で、生贄だと思っていて、少しずつ壊れていくしかなかった……」

「…………っ、気付かなくてごめん、守れなくてごめん」


 今なら分かる。

 ヴィクトル様は《片翼》だったことに浮かれて、嬉しすぎて、私との認識が大きくズレていることに、お互いに気付いてなかった。

 それを利用して人たちがいただけ──。


「誤解していたとはいってもブリジットとしては、たぶん許せそうにないと思う」

「当然だ」

「でも……私を本当に殺そうとしたのは、企んだのは、ヴィクトル様貴方じゃないから春夏秋冬雫は許すよ」

「──っ」

「私はルティ様が好きだから、私が貴方のことを好きな気持ちぐらいは──ブリジットも黙認してくると思う」

「シズク」

「だって今世の私の目標は、幸せになることだから。私の幸せにルティ様がいないと困る……ことになってしまったもの」

「シズク……っ」


 それからはもうお互いに泣いて、ルティ様はひたすら謝罪をして、小さな子供のように泣き疲れて眠った。

 ベッドに横になって手を繋いだまま、疲労感で瞼を閉じた。微睡みの中で、ブリジットの死の間際のことをふと思い出す。

 あの時に頬に落ちてきた雨は──温かかった。あれは本当に雨だった?


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