第11話 提案とすり合わせ
雪がしんしんと降り積もる中、小国ペルニーアの王子カシミロ殿下と、その従兄弟であるエディ・ババーク、鳥竜族の第八王女ジーナ様は冬の間だけ居候する形で決着が付いた。
もちろん三人から謝罪を受けたので、ルティ様が罰する前に許し、居候は私が提案したのだ。
「今度どうするかも含めて、エディ様とジーナ王女はじっくりと話し合うべきだと思います。なのでこの冬の間は、ルティ様の家で共同生活をしてみて今後一緒にやっていけるかどうか、その当たりも含めて検証すべきだと思うのです」
正直、人族側のエディ様からすれば、ありがた迷惑かと思っていた。なにせいきなり襲われて、求愛紋を刻まれ掛けて死にかけるとか普通にトラウマものだし、ジーナ王女に対して思うところがあるのではないか……と不安に思ったのだが……。
貴族服に身を包み、髪を三つ編みに整えたエディ様は、黒縁眼鏡をかけて凛としていた。急に出来る人っぽい雰囲気に……。
「そうですね。四大種族と結びつきを強めるには政略結婚も辞さないですが……、まずは妥協点を見出してから……」
「(予想以上に冷静でしっかり分析している……損得勘定で動く人なのかしら?)えっと……死にかけていましたが、その辺は大丈夫なのです? 普通はトラウマものかと」
「うっ……ダーリン」
眼鏡の縁を挙げて、キリリと「問題ありません」と言い切った。凄いな、この人。
「些末なことです。自分は運良く生きていたので前向きに考えます。幸いにも、我が王子、大賢者様とシズク様のご尽力のおかげで話し合う場を設けて頂きましたので、有効活用しようと考えております」
「ダーリン!」
曇りない眼で答えるエディ様は、私が思っていたよりも豪胆な人のようだ。カシミロ殿下曰く次期宰相閣下だとかで、相当の切れ者らしい。今後の小国を繁栄させるためには失ってはいけない人材だと言われれば、わからなくはない。
《片翼》による結婚も、政略結婚と割り切る気なのかしら?
「ところで王女殿下」
「ジーナでいいわよ♪ ふふっ、求愛紋を結ぶ前に名前で呼ばれちゃった♪」
「(え?)……名前呼び」
ジーナ王女は羽根や鷲の手足は人と同じになって羽根だけは縮んで可愛らしい。服装は男物のシャツにズボンという恰好をしている。だいぶ肌面積が増えて私としては満足だし、本人も人の姿だとなんかスースーして恥ずかしいと言っていた。そのあたりの感覚は、よく分からないけれど、それよりも気になるのは名前呼びについてだ。
「あの。求愛紋を刻んだら、名前呼びはできないのですか?」
自然に何も知りません、今気づきました風を装って尋ねる。そう話した瞬間、お茶の用意を手伝ってくれていたルティ様が、ティーカップを戸棚から取り出したところで落とした。ジーナ王女も顔を青ざめている。
沈黙。
もうこの沈黙が怖いのだけど。
「え……えっと、エディ様はご存知ですか?」
「いや。種族について多少知識はあるものの、詳しいことは知らないな」
良かった。私だけが知らないという訳ではないようだ。
カップを落としたルティ様が心配になったけれど、すぐに修復魔法で直していた。器用ね。
「それで名前呼びなのですが……」
「え、え……なんで《片翼》なのに知識がないの?? どうして……?」
「……今さっき気づいたことだが、おそらく、そこで《片翼》との価値観の擦り合わせや、知識の共有をしなければならなかった。……そしてそれに気づけなかった場合、人族に求愛紋を施し、擬似魔力炉を作り寿命を引き伸ばしても……早くに亡くなる。そういったこともあり、人族の認識としては《片翼》、花嫁、伴侶イコール生贄という印象が根付いてしまったのだろう……。四大種族の中でも《高魔力保持者》は稀な上、それらの伝承などない。《片翼》の紋章が生じた時点で私たちは知識を得るしな……それ故に同じ《片翼》も当然知識があると思ってしまう」
「嘘でしょ……」
ルティ様は淡々と説明しているようにも聞こえたが、私には声が震えていたのがわかった。
お茶の準備を終えてから、ルティ様と一緒にカップを運んで、五人分のお茶を入れた。ミルクティーの香りが部屋を満たす。
着替えやら寝床の準備でバタバタした後でもあるので、ミルクの甘みと温かさにホッとする。
うん、美味しい。
お好みで蜂蜜を入れて見たけど、控えめに言って最高だわ。こっちの世界で蜂蜜は高級品の一つだけど、森の大賢者だと何かと安価に手に入るとか。砂糖が高いから嬉しいわ。
ルティ様は私の隣にいるものの、いつものように「膝の上に乗ってほしい」などの甘える様子はない。ただ……チラチラ視線は感じる。
ちょっと鬱陶しくなってきたので、距離を詰めて肩に寄りかかることにした。ホッとしたのか、口元が緩むのが見えた。何に怯えているのか……心当たりが多すぎて分からないけれど、その話は後だ。
二人きりで話すためにも、まずは五人でのやりとりを優先する。
「ええっと……《片翼》になっても求愛紋を得て、擬似魔力炉が完成するまで名前呼びを極力避けていたのは、魔力供給するのに危ないから?」
「そうよ♪ 擬似魔力炉で、かつできたてでしょう。器官そのものは弱いし適合にも個人差があるもの。だから魔力炉が上手く機能するまでは肉体的に負荷がかかって、危険なのよ。人族は脆いし。でもうまく機能して魔力供給を行うことができれば、私たち《高魔力保持者》は魔力コントロールが可能になる、人族は寿命を飛躍的に延ばすことができるの」
「人族は魔力炉を得ることで、寿命が比較的に延びる……。それは──」
生贄として長く使いたいからではなく、ずっと一緒に居たいから?
「ほら、人族って短命でしょ。だから《片翼》になる人族は、若さと寿命を与えるための処置でもあるの。……私たち先天的な《高魔力保持者》は、種族の中でも危うい存在で、いつも何かが欠けて息苦しかった。でもダーリンを見つけた瞬間、息がすごく楽になって、祝福の鐘がなったのよ!」
「「鐘?」」
「あの音色は素晴らしいものだった」
「ふむふむ……。四大種族だけが《片翼》を判定できる……神々の恩恵なのかも? 擬似魔力炉と魔力回線に不具合、魔力回線への負荷が高いだけではなく、できたての耐久度及び許容量の問題か……」
カシミロ殿下は嬉々としながら夢中でメモを取っていた。この方は関係ないのに一番理解してそう? 本当に王子なのかしら?
「……ということは、なんの説明も詳細も分からずに、国で囲って、求愛アピールも、《片翼》としての基礎知識も……付与されない状態で……あんなことやこんなことを……?」
ルティ様はルティ様で一人の世界に……。しかもまた落ち込んでいるわね。でも……そうよね、ブリジットに対して好いていたら、この事実は相当に堪えるはず。私も聞いて衝撃的だった……衝撃すぎて、自分の感情が上手く整理できなくなっている。
ヴィクトル様は朝早く、夜遅くまで政務をしていたし、遠征や視察、パーティーなど社交の場にも出ていた。半年ほど一緒に暮らしていたけれど、私がパーティーに参加することはなかったし、《片翼》であると向こうが一方的に決めつけたくせに、妻として認めない扱わないことが悲しかったし、辛かったし、だから道具であり生贄だと思った。
でもそもそもの前提が違っていたら、悲劇としか言いようがない。《片翼》としてそこにあるだけで幸福で、お互いに好き合っている、《片翼》の知識も相手と出会った瞬間に思い出すというのが大前提だったのだから。すれ違うのは当然だろう。
言葉にしなくてもわかる四大種族と、言葉や態度にしないと伝わらない人族。
神々はどうして、そんな回りくどいことをしたのかしら?
そもそも種族が違うので、
「……だからあの時……それに人族と私たちでは時間の流れも……半年など瞬きの一瞬……しかし……」
「ルティ様、戻って来てください」
「シズク……」
「今なら膝の上に乗りますよ? 抱き枕のチャンスです。それとも後で膝枕ですか?」
「両方。……そして寝る時は添い寝も付けてもらう」
「全取りですか。ルティ様は欲張りですね」
よいしょっとルティ様の膝の上に乗る。このさい恥ずかしさとかは気にしたら負けだわ。ルティ様は「ふう」と、吐息を漏らす。やっぱり体が随分と冷えてしまっているわ。
「こんなに冷たくなっていたら、風邪を引いてしまうでしょう。毛布をこうして……」
膝掛けにしていた毛布をルティ様の両肩に掛けた。うん、これでミルクティーを飲めば大丈夫ね。
「……シズクの匂いがする」
「犯罪臭がするのでやめましょうね。それとこの香りは洗剤の匂いです」
他愛のない話をしていたつもりだったはずなのに、カシミロ殿下を含め全員が信じられない、といった顔をしていた。
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