第6話 ふたりのやくそく
ルティ様は「嘘だろう」と顔を真っ赤にしていて、私も自分の言葉を思い返して顔が赤くなる。お店のおばあちゃんは「初々しいね」と微笑んで、ジェラートをほんの少し多めにしてくれた。何だか恥ずかしい!
私たちはお互いに照れながら、近くのベンチで実食することにした。
ルティ様が照れている……可愛い。
私が選んだのはシンプルなバニアジェラートで、ルティ様はメロンジェラートだ。コーンの上に乗せられたジェラートを木のスプーンで食べていく。濃厚でとっても美味しい。
「幸せ」
「そんなに喜んでくれるのなら、もっと早く連れて行けば良かったな」
「あ、いえ! ……この一ヵ月は新しい生活環境に慣れるので精一杯だったから、今のタイミングで良かったのだと思います」
「そうか」
温泉都市リディスは年がら年中観光客や静養のために訪れる人が多いという。落ち葉がちらつき、まもなく冬が来るらしいが、それでもこのぐらいの賑わいがあるとか。
冬になると薬草採取も難しくなるのかしら?
前世では王女だったのもあって、庶民らしい生活知識はなかったけれど日本での生活環境のおかげで、一人で生きていくだけの家事スキルは身についているはず。
料理洗濯掃除、それと編み物系は覚えておいて良かった。手芸部ありがとう!
ふと日本での編み物技術は、この世界でも通用するのでは?
自立の一歩となるかも?
「シズク殿?」
「あ。えっとジェラートを食べ終わったら、毛糸など売っているお店に寄れますか?」
「構わないけれど? シズク殿は料理以外にも何かスキルが?」
「実は手芸部に入っていたので、マフラーやカーディガン。あと小物類は編めます!」
「編み物……マフラー……シズク殿が?」
「はい」
「全財産をお渡しするので、私に作ってほしい」
「全……っ!?」
真顔! あ、これはガチのヤツだわ。本気で渡してきそうな勢い!
「い、いえ……お世話になっていますし、毛糸代などはルティ様から借りる予定だったので……差し上げますよ」
「差し上げ……もしかして、私に贈るつもり……で?」
「(正確には自立するための一歩として考えていましたけど、最初はサンプルとして作ってルティ様に渡すつもりだったから間違いないではない……はず)は、はい」
「私に贈物……」
その部分が重要だったのか、ルティ様はウットリしながらまだ見ぬ贈物に思いを馳せていた。あ、これって期待値が今ぐんぐんと上がっている感じ?
こ、これはマフラー以外にも用意しておいたほうがいいかも?
「ルティ様、戻ってきてください。あと、ジェラートが溶けかけています」
そう言いつつ、この隙にスプーンで解けかけた部分を掬って食べた。んん、メロン味が濃厚だわ。口の中で蕩けて美味しい。
「シズク殿が……可愛すぎる」
「ルティ様、大丈夫……じゃないですね」
「シズク殿が日々可愛いので、こればかりは」
「はあ」
ルティ様は見ているこっちが恥ずかしくなるほど、私への好意を前面に押し出してくる。そして乙女のように恥じらう。狡いわ。
「でも今の生活に慣れるのに三ヵ月はかかると思っていたから、少し予定を調整しないと……」
「予定?」
「うん。シズク殿、君に求愛する予定を前倒しに──」
「是非、予定通りで」
「生活に慣れてきたのだろう?」
コテンと不思議そうに小首を傾げるのは狡いです! 今だって言葉の端々に好きだって好意を出しているのに、今後はこれ以上だというのだから、全力で阻止するに決まっているわ。
私の心臓が持たないもの!
「そ、それとこれとは……」
「それとも私の好意は迷惑だったかな?」
「そんなことは! ……ないです」
思わず声を荒げてしまったことに気付き、途中で声のボリュームを下げた。溶けかけているジェラートを目にして慌ててスプーンで掬う。一口ヒンヤリとしたミルク味にちょっとだけ冷静になる。
「……そのこんな風に誰かから好意を向けられたことがあまりなかったから、どうすればいいか分からなくて……それに生活も少し慣れたぐらいだから……その恋愛はもう少し……自分一人で生きていけるぐらいになってからかなって」
「シズク殿……」
できるだけ明るく、そして前向きな気持ちを伝えた。この世界で女性が一人で自立するのは凄く難しいのはわかる。特に身分もない異世界人ならなおさらだ。
それでも自分で生活できるぐらいにはなりたい。前世は自分の身分や立場に雁字搦めになって選択肢がなかった。それしか選べなかったのと、それを選んだのは違う。
なんて偉そうなことを考えていても、私はルティ様の保護化にいるのだから、まだまだだわ。ルティ様が出て行けと言ったら──言わないかもしれないけれど、その一言で私の生活は崩壊する。
ルティ様に追い出されてお金もない、身分もない私は行く場所も……ハッ、修道院なら受け入れて貰えるかもしれないわ。推薦状がなくても、受け入れて貰えるかもしれない。文字の読み書きも何処までできるのか、温泉都市にもたしか図書館があったから今度ルティ様に相談するのもありかもしれないわ。
その後は無言でジェラートを完食。そろそろ移動しようとしたところで、ルティ様が私の手を掴んだ。
「ルティ様……?」
「そうだね。君はこの世界に転移させられて、頼れる身内も知り合いもいない。その孤独を私は配慮していなかった。すまない」
「ルティ様、頭を上げてください」
「うん。でも……シズク殿、一つだけ約束して欲しい。もし自立するために一人暮らしをしたいとか、仕事を始めたいとか、理由はなんでもいいけれど、私の家を出たいと考えているのなら勝手にいなくなるのだけは……それだけは、止めて貰えないだろうか」
「それは……」
それとも私が
手に冷や汗が出たけれど、動揺を見抜かれないように視線を下げて顔を隠した。
「もちろん……。勝手にいなくなったりしないわ」
あの最後の日だって、勝手にいなくなった訳じゃないもの。誰も助けてくれたかった、逃げ道がなかったから自分で自分の幕を下ろしただけ。
王女だったブリジットは庶民として生き残りたいという強い気持ちも、生活できるだけの知識や経験も、まして国同士で取り決めた結婚の責任からも逃げられなかった。
「約束」
「じゃあ、小指を出して」
「?」
「こうやって小指を絡めて、これで『ゆびきりげんまん』です」
「ユビキリゲンマン? 君の国のまじない?」
ちょっと嬉しそう。そしてさりげなく距離を詰めてきたのはなぜ?
近くない?
「約束を破ったら許さないという意味です」
「君との約束」
綻んだ笑顔に胸がギュッと締め付けられる。
また狡い顔をするのね。
本来は江戸時代の遊女の誓いに由来する言葉だった。遊女、前世の私も似たような夜の生活を送っていたのを思い出しかけて、心に蓋を閉じた。
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