第3話 前世生贄王女の末路


《比翼連理の片翼》とは生贄である。

 神々がこの世界を去った後、世界の均衡を守るため四大種族──地底の管理は地蛇族、異空間や空の防衛は鳥竜族、海を鎮める管轄は水竜族、そして最後に地上の繁栄を見守り調停役を天狐族が受けた。


 四大種族の中でも、先天的あるいは後天的に魔力が著しく高い者に《高魔力保持者》という片翼の紋様が現れる。彼らは自身で魔力コントロールが難しく、魔力暴走あるいは魔力毒に体が蝕まれて短命だった。それを哀れに思った神々は、対となる《比翼連理の片翼イケニエ》を人族から得るように祝福呪いをかけた。

 人族と他種族が共栄共存することを神々は望んだと言われているけれど、実際は自分たちが延命するための道具であり、紛うことなき生贄だ。


《高魔力保持者》は、通常の方法では魔力に排出するのが難しい。故に《片翼生贄の花嫁》に魔力を注ぎ込むことで、長寿を維持するという。都合のいい道具。寿命が短くて、脆弱な人族は扱いも楽だと考えたのだろう。花嫁、伴侶、片翼などまるで対等に扱うかのような隠語言葉を巧みに使い、一方的に連れ去る。


 神々に次ぐ四大種族の決定に、人族が口を阻むことなどできるはずもなく……。私の国も同じだった。私を供物として差し出したのだ。第三王女として、国のために身を捧げることを当時は疑問にも思わなかった。

 でも──。

 

「──ッ、はぁ、はぁ」


 誰もいない回廊をただひたすら走った。

 血が止まらない脇腹の痛みに耐え、毒のせいで呼吸がうまくできなくとも、足を動かす。

 せめて最後は祖国が映る水鏡の前で──。

 水鏡のある部屋に辿り着いた瞬間、水鏡を通して祖国が燃えていることを知った。もう戻れない祖国。それでも家族が幸せであって欲しいと願って、守護を与えると言っていたのに。

 だから私はあの方の《片翼生贄の花嫁》になった。

 それなのに──、どうして祖国が燃えているの?


「どうして……」


 カツン、カツン。

 近づく足音は一つだけ。

 いつも忙しなく動き回る使用人も、侍女も、衛兵もない。


「義姉。ああ、やっぱりこの場所でしたか」

「どうして……クレパルティ大国が……燃えているのですか?」

「さあ、人族の考えなんて僕には分からないよ。兄様の加護まで貰っておいて傲慢になったからじゃない?」


 クスクスと無邪気に笑う少年は、白銀の長い髪の聡明な姿をしている。私と違うとしたら頭に二本の角と狐耳があり、三つの尾があることだろう。その姿も神々しく芸術的な美しさだが、私に向ける視線は鋭い。気安い口調で話しつつも、手には私の腹部を貫いた剣を握っていた。


「お前は《比翼連理の片翼》などではなかった。《呪われた片翼》、お前が来てから兄様はどんどん可笑しくなっていった。政務でお忙しい兄様は僕との時間を大事にして下っていたのに、お前が来てからお前だけしか見なくなった」

「……それが私の……せいだと?」

「そうだ。僕らを捨てた神々の模倣品である人族は、魔力を持って生まれないから理解しない。そして我らにとって片翼である事がどれだけ重要か、お前は知らない。浅ましい人族。そこまでして我らの恩恵を望むのか。理を捻じ曲げて求愛紋を得たお前は《呪われた片翼》だ」

「《片翼》……」


 憤慨する義弟君に口元が歪んだ。

 ある日突然、あの方に見初められた。ただそれだけの理由でこの天狐王国に連れてこられて、求愛紋を押し付けられて、全てを奪われた。

 そうやって強引に結ばれたことを、この国の人たちは『素晴らしい』と『名誉なことだ』と言って押し付けた。一方的な、ううん、アレは愛なんかじゃなかった。体が生存本能として求めているだけで、心から幸せだと感じたことなんてない。


 毎夜毎夜、甘ったるいお香に包まれて、現実か夢か分からない時間を繰り返す。体だけを重ねるだけの体の関係のどこが、片翼の素晴らしさなのかしら。それはどれだけ美しい人でも、高位な人だったとしても、同じ。

 その人を思う心がなければ、ただの苦痛でしかないのに。それにあの方が愛しているのは、道具としての私の器だけ。


 暴走しそうな魔力を吐き出すための行為に、適合するのが片翼である器だけだから。

 膨大な魔力消費と、子を得るための道具であって、望んでいるのはブリジット私自身ではない。よくある政略結婚と変わらない、政治の道具生贄でしかない。

 そこに愛はない。それでも祖国が栄えるのなら──耐えられたのに。


「私が……望んで来たわけでも、願ったわけでもないわ。……貴方たちは口を開けば『片翼だから』と言う。《片翼》であれば何でも許されるこんな国なんて来たくなかった。私は祖国で、家族と私を心から思ってくれる人と一緒になりたかった……っ! 貴方たちが一方的に《片翼生贄》を望んだくせに!」

「は? お前が無理矢理、兄様の《片翼》だと喚いて、この国に押しかけたのだろう」


 どうしてそう解釈されるのかしら?

 意味が分からないわ。


「この国に人族が単身で乗り込めると? 魔力も翼もない人族がどうやって天空都市に入れるの?」

「だ、黙れ! お前が死ねば僕の大切な友人が兄様と結ばれる。お前が求愛紋を結ばなければ、お前が傲慢にも次期王妃の座を望まなければ、祖国も、お前も長生きできたのに愚かな女だ」

「そう友人に、聞いたの?」

「そうだ。お前とは違って、嘘も吐かない大事な友達だ」


 視界が歪み、焦点が合わなくなってきた。

 ひゅー、と呼吸がもううまくできない。もう立っているのもやっとだったけれど、何とか窓側まで辿り着いた。

 胸元にある淡い光を放つハートに似た求愛紋を睨んだ。こんなものさえなければ……。


「そう。それが……本当なら、私が消えて……皆幸せになるのでしょうね」

「その通──」

「でも、もしその友人の言葉が……全て嘘だったら、貴方は……兄嫁である私を害した罪人であり、……貴方の大好きな兄様の唯一であり、適合した器片翼を奪い去った……元凶ってなりますわ。その覚悟がおありなのでしょうか」

「──っ!」


 そう告げた刹那、少しだけ怯んだのが分かった。

 毒も、腹部の傷も嫌がらせで本当は、この土地から追いやるだけなのだというのは分かっている。それも友人に唆されて言われたのでしょう。そうすれば万事上手くいくと。私は二人が話しているのを聞いてしまっただから。

 それとも私にわざと聞かせたのかもしれないわね。貴方の友人は、私なんかよりも狡猾で嘘つきよ。

 どうでもいいけれど。


 カタン、と窓を開いた。窓の外は漆黒の海が広がっていた。潮の香りが鼻腔をくすぐる。この時間、下が森や都市ではなくて本当に良かった。

 天狐王国は常に空を飛び、移動し続ける別名、天空都市とも呼ばれていた。水鏡で各国の様子を見守り、時に助言や罰を与える神々の代行人。

 そんな彼らすれば人族が同じ空間にいるなど許せないのでしょうね。でも片翼生贄は人族だけ。神様は本当に残酷なことをする。


 天狐族は寿命が長い。永遠にも近い時間の中で精々後悔すればいい。それが──私の選んだ、たった一つの復讐。


「ごきげんよう」

「あ、ま──」


 勢いよく飛び降りた。

 もし、あの方が一度でも私の話を聞いてくれていたら、何か変わったのかもしれない。

 もし、あの方が夜だけじゃなくて昼間に会いに来てくれたら、妻として扱ってくれていたら、話をして寄り添っていたら……馬鹿みたい。そんなことあるはずないのに。


 最初は期待した。

 でも生贄は生贄でしかなく、花嫁、妻、伴侶などの名を得ても結局は道具だと分かったから、もういい。押し付けられた《片翼》という役割に、その生き方にも疲れてしまった。

 祖国が燃え盛る今、ブリジットのことを思ってくれる人はいない。


「──ッ、……、…………」


 雨音が酷くなる中で、誰かの声がした気がしたけれど……もうどうでもよかった。もう、私自身を必要としてくれる人は、この世界にいないのだから。

 次に生まれ変わるなら、平凡で、平和な世界で幸せに生きたいわ。


 願ったとおり、平和な世界で──私は転生した。

 それなのに──。

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