第39話 誰かの悲劇は当事者以外には喜劇に見えやすい

「君に何が解る!」


 メアリーの言葉に、急にクイナが叫び出します。


「兄が俺の幸せの為に身を捧げた? 正体を明かさないと無駄死に?」


 口元を歪め、低い声でクイナが笑い出しました。


 どこか不気味な姿と声よりも、感情が全く読めないクイナの姿にメアリーの背筋を悪寒が走り抜けました。


「兄も、フォックスの事を愛していたんだ! 親友としてではなく、恋愛の相手として身も心も捧げたかったんだ」


「……はい?」


 メアリーは一瞬頭が真っ白になったとでも言うべきか、戸惑いに似た驚きを覚えました。


 だってクイナが何を言っているのか、まるで訳が解らない。


 意味自体は通じている筈なのに、だからこそ理解が全く出来ないのです。


「兄は想いの丈を全て打ち明け、アイツに迫ったそうだ。同じ隊舎の同じ部屋、上下のベッドに居たから、迫ろうと思えばすぐだったらしい」


(それはまあ、同じ部屋どころか同じベッドでしたらすぐでしょうけれど……)


「だけどアイツは兄の想いには応えなかった。アイツには、その、俺が居たし、何よりも兄は男だったからな。冗談だと思われたみたいだ」


(誰でも冗談だと思いますわよ……)


 妹の許婚である男に手を出そうとする兄。


 字面だけ見ても何か色々間違い過ぎているというか、悪い冗談以外には見えません。


「受け入れられた訳でもなければ、断られた訳でもない。ただ想いそのものが伝えられなかった。それで兄は酷く傷付いてな」


 男色の恋愛など傍から見れば冗談か笑い話、あるいは気持ち悪いや理解出来ないといった嫌悪を覚える人がほとんどでしょう。


 たとえ、当人にどれだけ強く純粋な想いがあったとしても。


「お前の代わりに死んだら、アイツは心の底から泣いてくれるだろうなって。お前と間違えているだけだとしても、間違えている間は心の底から愛してくれるんだろうなって、そう言って兄は俺の代わりにあの男の所へ行って、そして首だけになって帰ってきた……」


「な、なんという事を……」


 自分の身代わりになった兄が殺され、首だけにされて送られてきた。あまりにも残酷な結末がシイナに与えたショックは窺い知れません。


 ですが、それよりもメアリーを驚かしたのはクインがシイナに遺した言葉です。


 それはもしかしたら自分が勝手にやった事だから気にするなという兄として不器用な気遣いだったのかもしれないし、あるいは本当に自分の愛の為に死んだのかもしれません。


 しかし、クインが死んだ今となっては誰にも事実は解らない。


 ただシイナをクイナとして縛り付ける、呪いの言葉としてしか残ってないのです。


「兄は自分の愛の為に命を懸けた。そのお陰で俺は命を救われた。だから俺は、それが俺の代わりであったとしてもアイツの想いが兄の亡骸に向いているなら、アイツに俺の事を話す訳にはいかないんだ」


「しかし――」


「それに言えるか? 兄が死んだのはお前のせいだと。お前に受け入れてもらえなかったから、否定されたから、それで自棄になって死んだなんて言えるのか?」


「そ、それは……」


 確かにメアリーはどちらかと言えばフォックスの事が嫌いです。クイナの話を聞いてちょっとだけ見直しつつありますが、やっぱりどちらかと言えば嫌いです。


 だからと言って傷付けたいほど嫌っている訳ではありません。


 けれども――


「ですが、言葉では兄の事を隠したいと言っているのに、彼に男扱いされている時の貴方は今にも泣き出しそうなくらい悲しそうでしたわ。貴方も本当は彼に気付いて欲しいんじゃないのですか? 兄としてじゃなく、自分を、女である自分自身を見て欲しいと思っているのではないですか?」


 メアリーは納得出来ない事に「はいそうですか」と返事をして引き下がるような、大人しい女ではありません。


 騎士の妹を倒した屈強な男に喧嘩を売ろうとしたり、隠し事を聞き出す為に色々と画策したり、目的の為ならそれなりに荒々しさも邪悪さも発揮出来る女ですし――


 第一、このまま二人がすれ違い続けるのは、あまりに悲し過ぎる。


 死んだと思っていても変わらず許婚を愛し続ける男。許婚に兄と間違われ続けても愛する事を止められない女。


 手を伸ばせば届く範囲に二人は居て、二人を邪魔するモノも障害もない筈なのに。


「そんなの解ってる! 我慢出来なくて女としてアイツに迫った。全部バレてもいい、兄が無駄死にになるって解ってても、アイツに男として見られ続けるのが耐えられなかったんだ」


 そんな生殺しとも言える状況でクイナが関係を変えようとするのは、ある意味では仕方のない事だろうし、形こそ違うがメアリーはこの事件をフォックスの口から聞いていた。


 しかし――


「それなのにアイツは俺に気付いてもくれなかった。話すら聞いてくれようとしなかった。そんな下着付けても、どれだけアイツのフリしたって、俺はお前と出来ない。俺が好きなのはシイナだけだって兄と思い込んだまま触れようともしてくれなかった。それで俺の前から消えたんだ」


 このクイナの行動こそが、二人が離れる最大の原因となった事もメアリーは聞いていた。


 この時のクイナの姿が、どう見てもシイナにしか見えなかったから逃げ出したのだと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る