第26話 泉の精は変態なのか?

 さて。泉の精に会う為、危険と言われている森に完全武装で入ったリルムでしたが――


「何なの、この森! 変な生き物ばっかり」


 彼女を待っていたのは珍妙な物体の襲撃でした。


 リルム的には森に潜んでいるので生物なのでしょうが、どう見ても子ども向けの人形にしか見えない小さくて丸っこい、綿でも詰められてそうな物体が飛び掛ってきます。


 しかも――


「しつこいって!」


「みゃー……」


 恐ろしいほど弱い上に叩くと可愛らしい声で鳴くのです。


「うう、何か罪悪感」


 別に飛び付かれても些細な衝撃しかないのでリルム的には放置したいのですが、顔面に飛び掛ってくる上に手で払わないと離れてくれず、前が見えなくなるので払わずには居られません。


 斬ってしまえば手っ取り早いのでしょうが、可哀想でリルムには斬れないのです。


「叩きたくないんだから邪魔しないでよ!」


「みゃうぅー」


 奥へ進めば進むほど、大量に湧いてくる謎の人形軍団。


 それを払いのけ続け、妙に可愛らしい悲鳴のようなものを聞かされ続けたリルムが精神的に挫折しそうになったその時です。


「ここ、なのかな?」


 急に森が開け、大きな泉が現れました。


 いかにも、という場所です。


「……驚いたわ。無駄に叩いたり斬ったりすれば大きく凶暴になっていく森の番人達を、小さい子どもでもないのに抜けてくるなんてね。初めてじゃないかしら?」


 そして、誰も居ないのに涼やかな女性の声が響き渡り――


「その優しい心に免じて、何でも相談に乗るわよ。叶えるかどうかは別として」


 神秘的とは掛け離れた気安い言葉と共に、泉の中から泉の精と思われる者が飛び出します。


「ち……」


 リルムは驚きに声を詰まらせました。


 それは、いきなり泉の精が出てきたからではありません。


「痴女だ!」


 何と、泉の精は服を着ていなかったのです。


 しかも、泉の精というから全身が水で出来ているかと勝手に想像していたリルムの予想を裏切り、その姿は全く人間と区別が付きません。


(女の人の身体……)


 自分と家族以外の女性の裸を見た覚えがないリルムは泉の精の身体をマジマジと見詰めます。


 水に濡れた白い肌、胸には程よく実った二つの丸いモノ。腰や足は肉付きがよいものの決して太っている訳でなく、どこかムッチリとした色気を同性ながらリルムは覚えました。


(こ、これが大人の女の身体……)


 リルムは戦慄しました。


 胸が大きいのに小柄な自分の身体に強いコンプレックスがあったからです。


 実際は剣の稽古で鍛えた身体は身長こそ小さいながらも胸と腰付きに大きなメリハリがあり、合同訓練の度に男連中の目を釘付けにしたりするのですが、残念な事に本人は何かずんぐりした小デブ体型くらいにしか思っていないのです。


『いい、リルム。大きい胸は財産なの。その胸には夢と希望がたくさん詰まってるの。だから大事にしないといけないのよ』


 体型の悩みを口にする度にまな板のような胸を持つアデラレーゼが、そんな言葉と血走った目で慰めてくれていたので最近は気にならなくなっていたのですが、泉の精の色気に満ち溢れた裸体を見てしまっては気にならないなんて言ってられません。


「誰が痴女よ! 私達精霊には人間みたいに服を着る習慣がないだけ。そもそも私達からすれば肌を隠している人間の方がおかしいわ!」


 いきなり痴女呼ばわりされて驚いていたのでしょう。


 呆気に取られた表情で固まっていた泉の精は怒りを隠さない様子で叫びます。


「単純にボク達は肌を見られるのが恥ずかしいの!」


「誰かに肌を見られるのが恥ずかしい? そんなに人間って自分の身体に自信無いのかしらね。その辺、貴女はどう? 自信が無いから恥ずかしいの?」


 真っ赤になって怒鳴り返したリルムに、泉の精は不思議そうに聞き返しました。


 どうも本当に精霊社会の間では、何かしらの事情がない限りは服を着る習慣はないようです。


「うん。ボクは精霊さんみたいにスタイル良くないもん……」


「どこがよ? 無駄な肉なんて付いてない癖に、胸おっきいじゃない。おまけに、何かちっちゃくて可愛らしいし若いし、何が不満?」


 リルムの身体に羨ましい場所でもあるのか。


 少々、泉の精は怒り気味に尋ねます。


「だって胸以外は筋肉ばっかり付いてて、男の子みたいな身体なんだもん」


 しかし、尋ねられたリルムの方は自分の身体に相当に自信がないのでしょう。


 小柄な身体を更に縮ませ、蚊の鳴くような小さい声で呟きました。


「何、この子。鼻血出そう……」


 そんなリルムの姿に、ふざけ気味な声で呟いた泉の精でしたが――


「って、出てる! 出てるから」


 言葉と違ってダラダラと鼻血を流しているので、折角の美人も台無しなのでした。

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