第25話 ムテキンの過去

「そんな父親の姿を目の前で見て、子どもだったムテキンが何を思ったのかは解らない」


「そりゃあ、そんなシーン見せられた子どもの考えなんて解る訳ないよ」


 それに、元々何考えているか解らないアホの人じゃん、とリルムは付け加えます、


「そういう意味で解らなかった訳じゃない。私が知っている最大の天才はムテキンの父親ではなく、今のように化け物染みた強さになる前のムテキン本人じゃからな」


「冗談、だよね?」


「……南に立ち入り禁止になっている森があるのを知っているだろう?」


 大臣の言葉にリルムはコクリと頷きました。


 見境なく人を襲う動物が生息しているらしく、リルムが生まれる前からずっと立ち入り禁止になっている森があるのです。


「あの森のどこかにあるという泉には何か人間とは違う凄まじい力、おそらく魔法を使う精霊と呼ばれる者が住んでいるようでな。そこでヤツは知恵とか賢さと呼ばれるものと引き換えに騎士として最高の力を手に入れたと、昔、ムテキンは言っていたよ」


「精霊って……。ファンタジーやメルヘンにも程がないかな?」


 いきなりの大臣の言葉に、リルムは胡散臭げにエロイゼ大臣を見詰めます。


「実際に魔法使いや魔法を見た今となっては、そう不思議がる程の事でもないだろう? まあ、前の舞踏会で君の父君の活躍を見るまでは特訓中に頭でも打っておかしくでもなったのかと思っていたのだがね……」


「うっ、その事はあんまり言わないで……」


 別に忘れていた事が後ろめたかった訳ではありません。


 忘れ去りたかった黒歴史だったので、他人に言われて恥ずかしかったのです。


「その時の魔法の影響か。急にムテキンなんて変な名前を名乗り出してな。今じゃあ、昔の名前を知っているのは私くらいだろう」


(いや、名前のおかしさならエロイゼの方が有り得ないって)


 思ってもリルムは口にしませんでした。


 話をしてもらっているのに、いくら何でも失礼だと思ったからです。


「不思議に思った事はないか? 何故あんなに阿呆なのに、言葉使いや行動が騎士らしかったり命令を理解出来るのか? 人間離れした力は本当に修行で身に付くものなのか?」


 そこで大臣は言葉を区切ると、真っ直ぐにリルムを見詰めます。


 射抜くような鋭い視線にリルムの心臓がギクりと縮こまりました。


「普通じゃない。有り得ない。そんな事を一度でも思った事はないか?」


「そ、それは……」


 リルムは言葉に詰まります。


 事実、ムテキンの強さは有り得ないと思っていたからです。


 真空波や衝撃波ですら信じ難いのに、気合だけで人を吹き飛ばす事が出来るなんてリルムの常識から掛け離れています。


「その考えは正しかったという事だ。才能とか努力とかそういう次元ではなく、ムテキンは普通の人間じゃない。いや、魔法の力で人外の力を持ってしまっている以上、人よりも魔物や化け物といった類のものに近いのかもしれんな……」


 苦いものでも噛み締めたような表情で寂しげに呟いた大臣でしたが、


「そんな酷い言い方しなくてもいいじゃん!」


 大臣の表情などお構い無しにリルムは叫びました。


「確かにムテキンは強いよ。もう普通の人間って言えないくらい強いと思う。でも、でもムテキンは……」


 自分を助けてくれた事。


 あんな強いのに毎日、鍛錬を欠かさない事。


 真面目で勤務を全くサボらない事。


 言いたい事はたくさんある筈なのに、気持ちだけが先走って言葉が出てきてくれません。


「落ち着け。確かに悪い言い方をしたが、これで解ったろう? 私がムテキンの事を話したがらない訳がな。事実を知れば英雄でなく化け物として見る者も居るだろうし――」


 そこで大臣は言葉を区切ると、意味有りげにリルムを見詰めて呟きました。


「力が欲しいとか阿呆な頭を良くしたいとかいう願いを叶える為、危険な森に命懸けで願いを掛けに行く者も現れるかもしれんから、な」


 


   ○   ○


 


「胸は大きくなっても、まだまだ子どもだな」


 自分の言葉を聞くなり、礼もそこそこに走っていったリルムの姿に、大臣は微笑みを浮かべました。


「目の前で自分の親父のカツラが飛ばされた程度で、天才とまで呼ばれた知恵を捨てる覚悟なんて出来る訳ないだろうが……」


 リルムと話していた時とは違う、荒々しい口調で呟いた大臣は、遠くを見詰め、かつての親友の姿を思い浮かべます。


 腕っ節は誰よりも弱かった親友。


 だけど知恵と心は誰よりも強かった親友。


 後ろに居た自分の子どもを逃がす為、勝てないのなんて解っているのに突っ込んでいったとその息子本人から聞かされ……死んでしまった親友。


「……んっ?」


 過去を懐かしんでいた大臣の目に、ある光景が飛び込んできました。


 楽しそうに談笑しているメイド達の姿です。


「真面目な顔なんて俺には許されてないんだったな……」


 自嘲するように呟いて、気合でも入れるようにエロイゼ大臣は自分の顔を叩きます。


 手が離れた時には既に大臣の顔付きは、いつもの変態大臣のモノに戻っていました。


「おやおや、そこのメイド達。勤務時間に何をしておる? サボっている暇があるなら私と遊ぶかい? フヒヒヒ……」


「す、すぐ仕事に戻ります!」


 ワキワキと手を動かしながらメイド達の傍へと歩み寄っていく大臣の姿に、メイド達が蜘蛛の子でも散らすように逃げ出しました。


「フヒヒ、残念残念」


 卑猥な手の動きを止めず、いつもの変態顔で大臣は呟きます。


 しかし、動かす手がいつもと違ってぎこちないのは気のせいではないのでしょう。


「…………」


 そんな大臣の姿に、物陰に隠れていた女性が離れていきます。


 ふわり、とドレスの端を揺らしながら歩いていったのは、妹を心配して様子を見に来ていたメアリーでした。

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