第22話 恋は乙女を変えていく

「イ、イタイよ。ボクの頬っぺはもう伸びないからー」


 アデラレーゼへと悩みを相談しに来たリルムは、アデラレーゼに力いっぱい頬を引っ張られていました。


 それもその筈。


「栄誉ある騎士団長ともあろう者が、警護をサボって覗き見してたのよ! 本当なら、このくらいの罰で済ませられないのは解るわよね?」


 リルムがした相談とは、どうしてアデラお姉様は王子様を踏んだの?


 という踏んでいた場所を覗いたか、覗いていた誰か、もしくは踏んでいた本人達に聞かない限りは解らないプライベートな質問内容だったからです。


 さすがにこんな質問をして、聡明なアデラレーゼに覗きがバレない訳ありません。


「解ってる。解ってるから、一回離してー」


「あ、ごめんなさい。頬っぺた腫れてない、リルム?」


 アデラレーゼはパッとリルムの頬から手を離すと、労わるように撫でます。


「ほっぺた千切れちゃうかと思ったよ」


「解ってる? 本当ならこのくらいで済むような事じゃないのよ」


「うん、解ってる」


 リルムは姿勢を正してアデラレーゼを見詰めると、


「騎士として警備を疎かにした事も。人間としてプライベートを覗いた事も。どっちも本当に悪い事だったと思ってる。絶対にもうしない。ごめんなさい」


 一つずつ区切るような形で丁寧に言葉を紡いて、ペコリと頭を下げました。


「そ、そこまで畏まらなくてもいいのよ? ほら、せっかく久しぶりに話す訳だし、何か私に聞きたい事があったんでしょう?」


 思った以上に真剣なリルムの謝罪に、逆にアデラレーゼが困ります。


 ムテキンに助けられたものの、中庭で賊に襲われた一件を聞いていたので、いつもと違う重々しい態度を取られると傷付いていないかと心配になるのです。


「アデラお姉様は、さ。あんなに嫌がってたのに、どうして王子様の事踏んだの?」


 思わずアデラレーゼはズッコケました。


 今までの重たい空気は何だったのか、と言わんばかりに何とも言えない表情を見せます。


「リルム? 謝るだけ謝れば何してもいいって訳じゃ――」


「ごめん、アデラお姉様。反省してないように見えるのも解るし、プライベートの事聞くのは駄目だって解ってるけど、ちょっとでいいから先にボクの話を聞いて」


 力強く言葉を放つと、リルムは真っ直ぐにアデラレーゼを見詰めます。


 そこには下世話な勘繰りや興味本位のような軽さはありません。


「興味本位とかじゃないみたいね」


「ありがとう、アデラお姉様」


 その真剣さは、アデラレーゼにも伝わったようで姿勢を正して話を聞こうとするアデラレーゼに、リルムは一言礼を言って話を続けます。


「実は、その、さ。ボク、もしかしたら男の人を好きになったかもしれないんだ」


「かもしれない? 異性としての好きか、友人としての好きか解らないって悩みかしら?」


「いや、そのね。好きな事は好きなんだよ。ちゃんと異性として気になってる。凄く気になるし、ボクの事気にして欲しいって思う……」


 間違いなく、これが恋なのはリルムにも解っている。


「でもさ、アデラお姉様。どのくらい好きかとか、どこからがその、お付き合いとか結婚とか考えるくらいの好きなのかとかがよく解んなくて、さ」


 ただ、その恋に確信が持てないのだ。


 やや耳年増であるものの、それでもリルムは純情で一途な乙女である。


 どれくらい一途で純情かというと、付き合うのなら結婚どころか同じ墓に入るまでを前提に考えているし、初めて付き合った相手と出来れば生涯を共にしたいとまで思っているレベルだ。


「相手が喜んでくれるなら自分も犠牲に出来るくらい好きじゃないと、やっぱり結婚したって失敗しちゃうのかな?」


 だからリルムが知りたいのは、好きかどうかよりも先。


 どのくらい好きなら、結婚を考える範囲なのか。


 ……具体的に言うと相手の為なら、危ない趣味に目覚めるくらいでないと駄目なのか。


「……ねえ、リルム。私って卑怯だとは思わない? あの人との結婚を夢見て、必死で踊りの練習とかしていた人達を、魔法を使って汗一つ流さず結婚したのよ?」


 リルムの問いに答えず、逆にアデラレーゼは問い掛けました。


「でも、アデラお姉様は王子様と結婚したくて魔法を使った訳じゃないじゃん。魔法を使って踊ったら、偶々、王子様の目に留まったってだけでしょ?」


 いきなりの問い掛けに多少は驚いたものの、リルムはすかさず反論します。


「偶然か狙ったかなんて関係ないの。もし、魔法が無かったら私とあの人は会って話す事すらなかったと思うし、あの人は別の方と結婚していたでしょうね」


「そ、それはそうかもしれないけどさ……」


「私は、本来あの人と結婚していた筈の人から魔法っていうインチキであの人と王妃って立場を奪った。幸せも夢も奪った。その人の人生をメチャクチャにしてしまったって言っても差し支えないくらいの事をしたと思っているわ」


 そこでアデラレーゼは言葉を区切ると、憂いだ瞳でリルムを見詰めました。


「だからかしらね。私はあの人にとって誰よりも素敵な妻でありたいの。誰からも文句を言われないような、素敵な妻にね」


「……罪滅ぼしって事かな?」


「そんな上等なモノじゃないわ。ただの自己満足、私以上にあの人を幸せに出来る人は居ない、私が誰よりも相応しいって思っていたいの。だって、もし何かで本来あの人と結ばれる筈だった人が解ったとしたって絶対に譲りたくないし、私を選んでもらうもの」


 キッパリと答える自分の姉の姿にリルムは心底驚きました。


 リルムの知っているアデラレーゼは、騎士である自分以上に卑怯とか不正という言葉が嫌いなのです。憎んでいると言ってすらいいかもしれません。


 そんな姉が、卑怯だと思っていても好きな相手を奪われたくないと言うのです。

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