第18話 もっと強く踏んでほしいと王子は言った

 さて、夜になりました。


「意外と止めなかったね、メアリー姉様」


「少し迷いはしましたけれどね。ただ私が止めても一人で確認に行ってしまいそうですし、私自身、興味はありますので」


 警護任務を利用した覗きは何の障害もなく遂行され、二人は王室へとやってきました。


「それじゃあ中を見てみっ――」


「リルム、どうかしっ――」


 執務で忙しく、寝室としてしか利用されてない部屋にやってきたリルム達は扉の隙間から中を覗き見て、飛び込んできた光景に思わず声が漏れそうになりました。


「その、貴方がどうしてもって頼むから踏むのよ?」


 何という完璧過ぎるタイミングでしょうか。


 ベッドの上。


 下着一枚で四つん這いになっている王子を、真っ赤なドレスを着たアデラレーゼが見下ろしているではありませんか。


 しかも、アデラレーゼの足にはベッドの上だというのにガラスの靴が装着されています。


 これはどう見ても、イヤンでウフフなプレイの真っ最中です。


 しかし――


「痛かったり嫌だったりしても、私の事、嫌にならないで?」


 本来なら文字通りの上から目線でアデラレーゼが王子を見下ろしている筈なのですが、踏む筈のアデラレーゼは少し涙目で不安そうですし、


「勿論だ、アデラ。僕が君の事を嫌いになる訳がないだろう?」


 踏まれる筈の王子が笑顔でアデラレーゼを励ましているので、チグハグで不思議な絵面になっております。


 何というか、出来損ないのコントでも見ているような雰囲気でした。


「王子様ってプライベートの時は自分の事を僕って言うのですね」


「ボク的にはアデラって呼んでる事の方が驚きかな」


 目を伏せたくなるほどの夫婦の痴態を期待していただけに、二人も拍子抜けしたらしく秘め事を覗いているというのに気楽なものです。


「それよりアデラ、君の方が僕の事を嫌にならないかい?」


「ふふ、今更過ぎの心配ね。こんな事くらいで嫌になるなら、告白された時に断っているわよ。だから私に気を遣って我慢したり悩んだりなんかしないでよ? 他の誰かに迷惑掛けない事だったら何でも頑張るから、その、別の人にこういう事を頼むのだけは嫌よ?」


「そこは安心して欲しい。僕がこういう事を頼むのは君だけだ。だから君も僕の為に嫌な事を無理してまでする必要はないんだよ?」


「私は貴方に満足してもらえない方が嫌なの」


「ありがとう。愛してるよ、アデラ」


 王子の整った顔から放たれる愛の言葉は、多くの女性を虜にするだけの甘い響きを持っていました。


 それだけに、下着姿で四つん這いなのが非常に残念でなりません。


「そ、そういう言葉はもっと後で言ってよ……。余計踏み難くなるじゃない……」


 ですが、呟かれたアデラレーゼ的には残念でも何でもなかったようです。


 半ば困った表情を見せつつも、嬉しくて仕方ないという様子で顔を赤くしています。


 どこをどう見ても変態二人にしか見えないのに、二人から漂う空気は甘さと幸せだけで溢れていました。


「……ねえ、メアリー姉様。ボク達って何なんだろう……」


「ただの覗きです。それ以上は考えた方が悲しくなると思いますわ」


 あまりにラブラブな二人の姿に、覗き二人組の心に虚しさが湧いてきます。


 ですが、それでも二人は扉の傍から離れようとはしません。


 虚しさよりも何よりも、王子と姉の夜のプレイングが激しく気になるからです。


「それじゃあ、その……踏む、わよ? 嫌だったらすぐに言うのよ?」


 四つん這いの姿のまま、王子は無言でコクリと頷きます。


 王子の表情はリルム達からは背中越しとなっていて見えないものの、今か今かと踏まれるのを期待している事だけは、リルム達にもヒシヒシと伝わってきます。


(い、いよいよだね)


(え、ええ。そうですわね)


 ゴクリ、とリルムとメアリーは生唾を飲み込みました。


 観客が居る事なんて知りもしないでしょう。


 迷うようにアデラレーゼの足が王子の肩と頭の上を行ったり来たりします。


 そして――


(踏んだー!)


(踏みましたね)


 ゆっくりとアデラレーゼの足が王子の頭へと乗せられました。


 触れるか触れないかのような、例えるなら恐る恐る足で頭を撫でたと表現したくなる弱々しい動きでしたけれども。


「……アデラ。申し訳ないのだが、もう少し強く踏んでもらえないだろうか? これでは頭に足を乗せただけだ。出来ればゆっくりと体重を掛けつつ、最後は捻り込む感じが望ましい」


 その弱々しさに王子から催促のような言葉がアデラレーゼへと掛かります。


 それにしても、おそらく初めてだろう相手に何とも高度な要求をする王子です。


「え、ええ。ごめんなさい、アナタ。もっとしっかり踏んでから途中で捻ればいいのね?」


 ですが疑問を覚える事無く、普通に応えるアデラレーゼもアデラレーゼで大概でしょう。


 アデラレーゼの足が大きく上がり、スカートの下に履かれていた黒いガーターベルトや下着が露わになります。


(あああああ、『アナタ』だって? あのアデラお姉様がアナタだって。しかも、今度は本格的に踏むっぽいよ!)


 アデラレーゼの踏み付け行為に否定的だったリルムも、実際に目の当たりにしてみると興味や好奇心が勝つようでした。


 当人達以上にヒートアップし、今にも扉を開けてしまうんじゃないかというくらい前のめりになります。


(ほら、リルム。確認は済んだでしょう? 早く帰らないと……)


 ですが、リルムが好奇心に目を耀かせている一方で、メアリーはそんな一歩引いた大人な言葉を口にしました。


(え? 今からが良いトコじゃん。メアリー姉様だって見たいでしょ?)


 こんな場面でメアリーが邪魔してくるとは思ってもいなかったのでしょう。


 当然のように続きを見ようとリルムは誘うのですが、


(嫁入り前の女性ともあろう者がはしたないですよ。ほら、見付かったらお互い気まずくなるだけですから早く行きましょう)


 メアリーは誘いに全く乗ろうとしません。


 リルムの首根っこを掴むと、力を込めて引っ張ります。


(解った。解ったから引っ張らないで。逆にバレちゃうよ)


 読書好きのメアリーの力は鍛えているリルムからすれば大した力ではありません。


 ですが、下手に抵抗しようものなら確実に大きな音が鳴り、見付かるのは火を見るより明らかでした。


 渋々、リルムはメアリーに従って部屋を離れました。


「ううー、折角の機会だったのに……」


 もう二度と訪れなさそうな機会を棒に振ってしまったからでしょう。


 本来の警護場所まで戻ったリルムは、残念そうに呻きます。


「……確かにこういう知識を得る機会は重要だとは思いますが、興味本位で無闇やたらに知っていいほど軽い事ではありませんし、今更ですけど、姉妹とはいえ夫婦の営みを覗き見るのはいけませんわ」


「それはそうだけど、そうだけどさー……」


 正論なだけにリルムは反論しようもないのですが、今更言われてもという気持ちがあるだけに素直に納得も出来ません。


「……それに、その、アレはちょっと上級者向けが過ぎます」


 納得いかなさそうにしているリルムを見兼ねてか。


 頬を赤らめ恥ずかしげにメアリーは言いました。


(……め、メアリー姉様もそっちの人なの!?)


 面白がる訳でも興味本位でもなく、割と真剣にメアリーが一風変わったプレイ見ていた事を知り、少しばかし引いてしまうリルムなのでした。

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