第二章 リルム編

第16話 ボクっ娘巨乳騎士、リルム

 王国史に載る事になった伝説の舞踏会から一ヶ月。


 実はダンスの一つも踊れないアデラレーゼに王子が踊りを教えたり、剣術の稽古をしたり、手料理やお菓子を振舞ったりと、二人は結構、楽しそうに過ごしていたようです。


 それでも、暫くしてからの王子の申し出をアデラレーゼは断りました。


 まあ、当たり前と言えば当たり前です。


 出会いが出会いだったせいか。


 ちょっと王子の趣味は歪んでしまったらしく――


「どうか、このガラスの靴を履いて、生涯、私の事を踏み続けて頂けませんか、アデラレーゼ?」


 告白の言葉はこのような変態発言になってしまったのですから。


 こんな申し出を受ける女性は、それこそ王子に負けない変態くらいでしょう。


 まあ、それでも王子は天に昇りそうなほどに幸せだったそうですけれどね。


 別に王子が断られる事に喜びを見出すほどの変態に成長していた訳ではありませんよ。


「ごめんなさい、私には大好きな相手を踏み付けるなんて事は出来そうにないわ」


 断りの言葉はそんな愛情に溢れたものであり、王子の告白に返した彼女行動は普段の気の強さからは想像し難い、唇同士が軽く触れる程度の淡い口付けだったのですから。


 ちょっとした変態趣味なんて気にしないくらい、恋する乙女は強いのです。


 という訳で完全無欠というには少しばかし変態混じりなハッピーエンドで終わった、アデラレーゼの話ではなく――


 今回は巨乳で元気なボクっ娘三女、リルムを中心としたお話です。


 


   ○   ○


 


「せいや!」


 お城の中庭。


 訓練用の模造刀を使い、騎士達が剣術の鍛錬に励んでいます。


 長らく戦争が起きてないせいでしょう。


 持ち運びに不便な長槍を振るう者は少なく、街中での暴漢鎮圧などに役立つ剣術や体術の稽古が目立ちます。


「ほらほら、守ってばかりじゃ勝てないよ!」


 その真ん中で、リルムは大柄な騎士相手に模擬戦闘を行っていました。


 小ぶりな模擬刀を二本巧みに操り、相手を果敢に攻め立てます。


「くっ、この……」


 大柄な体格に似合わぬ素早い剣捌きでリルムの剣を受け続ける騎士でしたが、それでも二刀の刃を捌ききれる程ではありません。


 止まる事無い連撃で騎士の体勢を崩すと、リルムは首筋に模擬刀を突き付けました。


「参りました」


「フフ、今日はボクの勝ちだね」


 潔く負けを認める騎士に、ニッコリとリルムが微笑みます。


「さすがに騎士用の大剣で二刀流を相手にするのはキツイですね……」


「代わりに一対一以外では使えないのが悲しいけどね。ボクも君みたいにおっきくて力とか強かったら、もっと別の剣を目指していたんだけどなあ」


 羨ましげにリルムは呟くと、自分の両手に持った模擬刀を寂しげに見詰めます。


 誰もが知っていたのです。


 リルムは運動神経こそ優れているものの小柄で戦いには向いていない事。


 それでも負けたくないと二刀流を編み出したリルムですが、本当は違う剣で強くなりたかった事を。


「……」


 どう慰めていいか解らず、騎士は無言で辛い顔をしました。


「あ、何かごめんね? 湿っぽい雰囲気にしちゃって」


「いえ、自分の方が先に弱音を吐いてしまいましたから。では、景気付けにもう一本、試合といきますか?」


「うん、次も負っけないよー!」


 湿っぽい空気を消し飛ばそうと、休みも入れず早々に二人が模擬戦を始めようと距離を離した時です。


「団長! こんな所に居たんですか!」


 その試合を邪魔するかのように大声が中庭に響き渡りました。


「ゲッ、副団長だ……」


 女性だけで構成されている戦乙女騎士団の副団長です。


「私も男の方の副団長なんですけどね。それにしても、リルム様は今日も逃げてたんですか?」


「ええ。明日の城内警備の配置確認と町内で起きている連続下着ドロについて話があるから部屋に来て下さいと言っておいたんですが、いつまで経っても来られないと思ったら案の定……」


 騎士の問い掛けに副団長と呼ばれた女騎士は呆れたように答えると、ギロリとリルムを睨み付けました。


「だって机に向かって勉強するより剣を振る方が楽しいし……」


 その視線に、ブーブーとでも言いたそうにリルムが小声で呟きます。


「いいですか、貴女は前の団長であった私を打ち負かして団長になったんです! その自覚を持って行動して下さい」


 女騎士はリルムの首根っこを引っ掴むと引きずるようにして歩き始めます。


「い、痛い痛い。自分で歩くから離して……」


「さあ、サボった分を取り戻しますよ。部屋で皆が首を長くして待っています」


 リルムの言葉など聞く耳も持たないと言った感じで副団長は無視すると、そのままリルムを連れて行ってしまいました。


 戦乙女騎士団団長、リルム・ミュスカデ。


 騎士になった当時は姉や母からの天下りや七光りなどと陰口を言われていた彼女でしたが、一途なまでの剣への想いと強さ、そして持ち前の明るさから今では誰もが認める戦乙女騎士団の団長になれていたようです。


「うう、今日は逃げられると思ったのに」


 ……少々、本人には自覚が欠けているようですけれどね。

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