5-6【災いの予兆】

 フィーちゃんとの共同生活が始まって、最も変わったことがある。



「あ、えと……あれ? またやられてしまいました」

「お主、不器用とは言っていたがゲームの才能もからっきしだな」



 居間の液晶テレビを占拠し、小さなコントローラーを手にしテレビゲームに興じるフィーちゃんとリーンシェッテ。


 やっているのは先日リーンシェッテが話していた昔のゲーム。ギミックを解いて塔を上る奴だ。


 いつ勝手にダウンロードしたのかとかはあえて追求しないことにしよう。



 現在プレイヤーはフィーちゃんなのだが、その操作は全くおぼつかず、一階からしてゲームオーバーを繰り返す始末。


 これにはさすがのリーンシェッテも苦笑いといったところだ。



 しかし、片や千年の歴史の中でゲームのことを知る魔女。


 片やこちらの文化に対する知識が乏しい異世界の女の子。


 ゲームがうまく操作できないのも当然といえば当然だろう。



「一体どれだけ教えれば覚えるのやら」

「う……すみません」

「まあ人には得手不得手があるものだ。ほれ、貸してみろ」



 プレイヤーはフィーちゃんからリーンシェッテへ交代。


 するとどうだろう。手慣れた様子でキャラクターを操作し、敵を倒して謎を解いて。


 まるで熟達したプレイヤーかと思えるほどに手慣れたものだ。



「まさか昔プレイしてたの?」

「んな訳なかろうて。だがチビ共がプレイしているのをさりげなく見ていたからな」



 こちらに振り向くこともなく答えるリーンシェッテ。


 順調に進んでいく画面を見るフィーちゃんの顔は、無垢な子供のように輝いている。



 これあれだ。親のプレイを見てる子供だよ。


 何で人の家で勝手にゲームやってるんだという疑問はあるものの、フィーちゃんが楽しそうなので良しとしよう。


 それにこういう刺激が意外と後の発想に役立つことも……あるのか?


 というか俺のイメージでは、フィーちゃんやリーンシェッテのいた世界なんて俺がよく知るRPGの世界そのものなんだけどな。



 楽しんでゲームをやっているということは、そういう訳ではないのだろうか。



「それじゃあ、俺は隣で作業してるから」

「あ、はい。後でお茶をご用意しますね」

「娘、ワガハイにも頼むぞー」



 相も変わらず遠慮を知らないリーンシェッテに呆れつつ、俺は隣の部屋へと移動。


 ベッドのそばを通り過ぎ、窓際に用意した模型製作用の作業机の前に着く。



 部屋の端から端まで届く大きな天板を持つ机は、俺がホームセンターで材料を揃えて作ったものだ。


 この作業机を左右に分けて使っており、左側は工作用、右側は塗装用と道具を分けて置いてある。


 カッターマットの敷かれた左側の作業スペースにはニッパーやデザインナイフ、その他諸々の工具を手の届く範囲に配置してある。


 またそれ以外の用途が限定される工具や、紙やすりのようなかさばる物を保管する引き出しや棚も壁際に用意している。



 今回は製作途中の試作品を完成させるつもりなので、キャスター付きの椅子に座ったまま左側へ移動する。


 試作品は使い古したカッターマットの上に鎮座しており、周囲にはプラスチックの切りくずや端材が散らばってる状態だ。



「さて……」



 この試作品、見た目は以前の十センチ四方の奴と変わらない。


 今回はこれに組み立て可能なギミックを搭載する構造を施そうと思う。


 中央の柱を角柱とするならば、とりあえず柱と接する側に付け外しを容易にするジョイントがあればいいだろう。


 だがこれが実物となった場合、模型で使うようなジョイントの構造が重量に耐えられるだろうか。



 単純に接合を強固なものにしたら、今度は侵食した迷宮を取り外すのが難しくなる。


 そもそも世界の狭間に浮かべる構造物に、重力を意識した現実の建物の考え方が通用するのか?


 この辺りは、ある程度省略して考えることのできるジオラマとの大きな違いだな。



 とりあえず分かることは、本番ではもっと大きめに作らないと複雑な機構を再現しにくいことだ。


 最終的にフィーちゃんが触媒となるそれを見てイメージを膨らませなければならないので、視覚的に分かりやすくしなければ……。



「おー、大分唸ってるのぉ」

「うわっ!?」



 突然俺の背後からリーンシェッテの顔が急に現れる。


 いつの間に背後に立っていたのだろう。全く気配を感じなかったぞ。



 俺は椅子を回してリーンシェッテの方へ振り返る。



「ああ、ワガハイの住む部屋はとびきり豪勢にするのだぞ? ドバイの高級ホテルくらいがよいのぉ」

「いきなり現れて何だよその要求……」

「千年もこっちで暮らしてたら、贅沢の基準もこちらに寄るに決まっているだろうが」



 腕を組み、ドヤ顔で鼻を鳴らすリーンシェッテ。


 偉大な魔女がそれでいいのかとは思うが、玉座に座ってふんぞり返るリーンシェッテというのもそれはそれで違う気がする。


 というのも、ここ最近見せる彼女の姿は大体庶民的なのだ。


 おかげで最初の威厳は鳴りを潜め、どこか親近感のある存在へと成り代わっていた。


 フィーちゃんの警戒心が和らいだのも、そういった姿に慣れてきたおかげだろうか。



「ぬしらを煽ったワガハイが言うのもなんだが、まあ焦らずゆっくりと考えるがいいさ」

「そうかも知れないけど、いつ異変が起きるかは誰にも予想できないんだろ?」



 俺は再び机の方へ向き直り、作りかけのサンプルを手に取る。


 プラ板と接着剤だけの、塗装すら施されていない簡素な張りぼて。


 これがいずれは世界を守る迷宮の一部になるのだから、何とも不思議な話だ。



「そうだな。しかし最初は知覚しにくい非常に微々たる異変から始まるだろうな」



 俺が机に向かっている横に、リーンシェッテが立つ。


 塗装ブースが用意されている右側には背もたれのない丸椅子があり、彼女は特に文句も言わずそこに座る。



「微々たる異変って、例えば?」

「ワガハイが知る限りでは瘴気の発光現象かのぉ。大気と反応することで淡い紫色の発光体が現れるのさ」

「淡いってことは、ホタルみたいな感じか?」

「だな。知らなければ誰もが美しいと感じるだろう」



 机を背に寄りかかり、近くに置いてあったプラスチックの棒を手にするリーンシェッテ。


 それを指の間で器用に回しながら俺の方を眺めている。



「お待たせしました、康介様」



 すると今度はフィーちゃんが部屋へ入ってくる。


 両手に氷の入ったコップと麦茶のペットボトルを持ち、俺とリーンシェッテの間に立つ。


 そのまま机の空いたスペースにコップを置き、その中に麦茶を注ぐ。



「おお、ご苦労……ぷはぁー」



 で、注ぎ終えた麦茶をリーンシェッテが一気にあおる。



「あ、あの、これは康介様の」

「堅苦しいことを言うな。氷も融けていないのだからいいではないか」

「そういうモンでもないと思うんだけど……」



 間接キスとか気にしないタイプなのか、全く悪気も恥じらいも見せないリーンシェッテ。


 フィーちゃんが困った様子で俺の方を見るが、ここで気にしたら逆にリーンシェッテに何を言われるか。


 俺は問題ないとうなずいて示し、それを見たフィーちゃんは改めてコップに麦茶を注ぐ。


 二度手間になったことを申し訳なく思いつつ、今度はフィーちゃんからの手渡しでコップを受け取る。



(さすがに同じところに口付けるのはまずいよな)



 そんなことを思いつつ、リーンシェッテとは別の場所に口を付け、同じように一気に飲み干す。


 冷えた麦茶が、夏の暑さに参った体に心地よい。



「あっ、そういえば今面白い情報が出てましたよ」

「面白い? 何か笑えるニュースでもあった?」

「いえ、興味深い自然現象でして」



 フィーちゃんがそう言うということは、この世界特有の自然現象なのだろうか。


 詳細が知りたくなった俺は席を立ち、フィーちゃんに続いて居間の方へと戻る。



 居間では消音状態になったテレビで地方のニュースをやっている最中だ。


 きっと俺の集中を削がぬようフィーちゃんが気遣って……。



「……えっ?」



 そのニュースのテロップと、映し出される映像。


 読み上げるアナウンサーは終始和やかで、緊迫感は微塵も感じられない。


 でも、それを目の当たりにした俺は言葉を失っていた。



【夏の夜、紫色に光るホタルか】



 夜の川辺に浮かぶ紫色の光は、さっきリーンシェッテが言っていたものと同じなのだろうか。

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