5-3【三人寄れば?】

 勇者を一ヵ所に留めておく迷宮という構造。


 それが持つ潜在的な危険性を聞かされた俺は、改めてモニター上のテキストエディタと向き合っていた。


 だが今更そんなことを言われたところでアイディアが浮かぶものでもない。


 あくまで迷宮という器をプラ板とパテを駆使し組み立て、装飾や塗装を施すのが俺に出来ることだ。


 いずれモンスターの温床になる問題への対処など、果たして出来るものなのだろうか。



「おー、随分と悩んでいるなぁ」

「そりゃあそうだよ。はぁ……」



 ため息をつきつつ、床に寝そべるリーンシェッテを見る。


 俺がこうして頭を悩ませている間も、この魔女はのん気なものだ。


 ちなみにフィーちゃんは台所で食器を洗っている最中である。



「というか、地の魔力はリーンシェッテの力の源なんだろ。なら片っ端から使ってしまえばいいんじゃないか?」

「バカ言え、あんな膨大な魔力使いきれんわ。坊は琵琶湖の水を全て飲み干せるとでもいうのか?」

「そういうレベルなのかよ」



 これで溜まった分を使用して処理する方法は使えないということが分かった。


 当然これは地の魔力が体質に合わないフィーちゃんにも手を付けられるものではない。


 だがこういった場合、何らかの形で利用してしまうってのは間違った考えじゃないと思うんだよな。



 魔力というのが具体的にどういう特徴を持つ物なのかは分からない。


 とりあえず魔素というものが関わっていることは教えてくれたが、そいつが何らかの特性を持つエネルギーになっているということなのだろう。


 それならこいつを利用した機械なんかを作れれば……。



「なあ、リーンシェッテ」

「んー?」



 俺の呼びかけに応え、体を起こすリーンシェッテ。



「魔力ってのは、電気とかガソリンみたいに機械の動力にするってのは可能なのか?」

「動力か。出来ないことはないが、坊は機械工学に明るいのか?」

「ははっ、バリバリの文系だよ俺は」

「ならば出来ん事に頭を悩ませても無駄だろうさ」



 自覚はしてるとはいえ、こうもきっぱり言われると軽く傷つくな。


 俺は軽く肩を落としつつ、再びノートパソコンのモニターと向き合う。



 しかし、勝手に放出される魔力を何らかの動力に転用するってのは間違った考えじゃないと思う。


 それを可能とするには色々と時間が掛かるだろうし、ここにいる三人では実現が難しいというだけで。


 とりあえずのアイディアとしてだけは残しておいてもいいだろう。



 俺は思いついたことをテキストエディタに打ち込んでいく。


 新たに増えたアイディアと、その上に並ぶいくつもの迷宮案。


 果たしてこの中のどれほどが俺の手で実現させられるだろうか。



 俺が画面と向き合い頭を悩ませていたその時、隣に誰がが座る気配を感じる。


 直後目の前のテーブルに氷の入ったコップが置かれ、そこに麦茶が注がれる。



「お疲れ様です、康介様」



 顔を気配の方に向けてみると、ペットボトルを手に微笑みを浮かべるフィーちゃんと目が合った。


 いつの間にか皿洗いを終え、わざわざ飲み物を用意してくれたということか。



「ああ、ありがとうフィーちゃん」



 俺が礼を告げると、フィーちゃんは笑顔を見せた後ペットボトルを冷蔵庫に戻すため立ち上がる。


 そのままパソコンの横に置いたスマホを手に取り画面を見てみると、時刻はもうすぐ日付を跨ごうとしているところだった。


 明日はみんな大好き月曜日。さすがに夜更かしは寝坊が怖い。



 俺はスマホをテーブルに置き、ノートパソコンを閉じる。


 その様子を見ていたリーンシェッテが、興味ありげにこちらを見つめてきた。



「ん、今日はもうやめにするのかい?」

「まあな。明日も早いし」



 俺の言葉に納得した様子でうなずくリーンシェッテ。


 さて、我が家としてはリーンシェッテにお帰り願いたいのだが、何故か向こうは動く気配がない。


 俺が麦茶を飲み干す姿を特に何も考えていない様子で眺めつつ、指先でテーブルをリズミカルに叩いている。



「……帰らないのか?」

「帰る? ワガハイがか?」

「いやリーンシェッテ以外に誰がいるって言うんだよっ」



 なぜ俺の問いに対し、そんな不思議そうに首をかしげるのか。


 まずここは俺の家であり、居候を許しているのはフィーちゃんだけだ。


 そして目の前の魔女は猫の姿になることが出来、しかもそれは飼い猫なわけで。



 だというのに、どうして自分はここにいるのが当然と言わんばかりの顔をしていられるんだ。


 これではまるで居座る気満々である。



「居座る気だぞ、余裕で」

「って、勝手に人の頭の中覗くな! てか魔法は俺には通用しないんじゃないのかよっ!?」

「手間はかかるがこちらの物理法則に作用するよう変化させてるのさ。詳しいことは坊が聞いても分からんだろうがな」



 けらけらと笑うリーンシェッテ。相変わらずその様子に悪気は見出せない。


 というか問題はそこじゃない。一体いつまでこの魔女はうちに居座るのかということだ。


 既に俺のベッドはフィーちゃんに譲っているし、狭小住宅に更に追加で一人寝るようなスペースはない。


 まさか俺に玄関前で寝ろとでもいうのではないだろうな。



「おいおい、さすがのワガハイもそこまで外道じゃないぞ?」

「だぁから人の考えてることを読むなっての」



 にやけ顔のリーンシェッテを見て分かる。これ絶対わざとやってるだろ。


 そんな俺達のやり取りを、戻ってきたフィーちゃんが苦笑交じりに見つめていた。



「リーンシェッテさん、そろそろ戻らないとおうちの方が心配なさるのでは?」

「安心せい。今頃あやつは酔っぱらって居眠りでもしておろうよ」

「いや神主さん奥さんいるじゃん。奥さんの方がタケルがいないって気付くだろ」

「そうとも言えるな」



 俺の言葉を真面目に聞き入れているのだろうか。


 そんな疑問をくつろぐリーンシェッテに抱きつつ、俺は改めてパソコンを開く。


 この魔女のことだ。俺がどう言おうと自分のタイミングでしか帰る気はないのだろう。


 ならば俺も夜更かし覚悟でパソコンに向き合う方がまだ時間の使い方として建設的だ。



 何より、俺やフィーちゃんだけでは知り得ない知識をこの魔女は有している。


 それが迷宮を作り出すうえで貴重な情報になることは間違いない。



 そんな覚悟を決めた俺の様子を、これ何事かといった様子でリーンシェッテが眺めている。



「何だ、寝るのはやめか?」

「誰のせいでやめたと思ってるんだよ」

「そりゃあワガハイだろ」



 うん、この悪気のない態度にいい加減腹が立ってきたぞ。


 そんな思いを込め、俺は大げさなため息をつく。


 ただフィーちゃんが心配そうに俺を見ていることに、どうにも罪悪感を覚えてしまうわけで。



「ていうか、居座るなら少しは役立ってくれよ。偉大なる魔女なんだろ?」



 俺の冷めきった視線を受けつつ、「その通り」とリーンシェッテが胸を張る。


 そこでフィーちゃんも覚悟を決めたのか、俺の隣に腰を下ろした。



 いずれはこうして集まったうえでの話し合いをしたいとは思っていた。


 タイミングとしてはあんまりよろしくないとはいえ、その機会が得られたと思えばこれ幸いだ。


 余裕はあるとはいえ、俺達に与えられた時間には限りが設けられているのだから。



 俺が改めてパソコンと向き合ったところで、リーンシェッテは壁に寄りかかりつつ俺達二人を見つめる。



「それでは話し合おうじゃないか。主らが生み出す迷宮の草案を」



 明日は月曜日だというのに、これは長い夜になりそうだ。


 そんな予感を覚えつつ、俺はここまで思いついたアイディアを一つずつ説明していくのだった。

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