4-4【年の離れた幼馴染】
「康介様っ」
どこか遠慮がちに、それでいてはつらつとした様子で呼びかけてくるフィーちゃん。
だが彼女がタケルの存在に気付き立ち止まると、その笑顔がわずかに引きつったように見えた。
昨日のことを考えればその反応も仕方ないか。
だがすぐに気を取り直したようで、すぐに俺達の傍へと寄ってきた。
「神主さんとの話は終わったの?」
「いえ、この後もう少しお話しする必要がありますけど、先にお伝えしておきたいことがありまして」
別に話が終わるまで待っているつもりだったんだが、こういう律義さはフィーちゃんらしい。
だがそれ以上に、昨日出会ったばかりの二人がするような長話の内容というのが思い当たらない。
どういうことかと思いつつ、何気なしに横目でタケルの方を伺う。
まあ猫の顔を見て何かを察しろというのは無理なわけだが。
相も変わらず仕草は猫そのものだし、本当にこの姿が板についているのだと改めて考えさせられる。
そして思い起こす先程の言葉……。
『ワガハイと同じ悩みを、奴も抱えているということだ』
それは俺も分かっているとタケルは、リーンシェッテはそう言っていた。
もちろん異世界の文化に馴染むのが難しいことくらい、凡人の俺だって理解している。
だからそれ自体に何ら疑問を呈することはないのだが。
「どうかなさいましたか?」
タケルの方に目線を落としていると、フィーちゃんが不思議そうな顔でこちらを覗き込んでいることに気付く。
「あ、ああうん、ちょっと世間話的なものをしてただけだから」
「世間話? よく分かりませんが……分かりましたっ」
俺は慌ててフィーちゃんの方に視線を戻し、改めて彼女の話とやらを待つ。
向こうもタケルの正体については当然知っているし、世間話という俺の言葉には納得してくれたようだ。
「それでお伝えしたいことなのですが」
スカートの位置を正し、背筋を伸ばして姿勢を改めるフィーちゃん。
「私、来週からこのお店で働くことになりましたっ」
「へぇ、働く……働くぅッ!?」
突然の一言に思わず声を上げた後、俺はフィーちゃんとカウンターの方にいる神主さんを見比べる。
いや待て。これはあまりにも急すぎる。
昨日確かに俺はバイトを増やせと神主さんに言った。
だからといってそれがフィーちゃんとか、予想外にもほどがあるだろう。
というか見た目中学生のこの子を雇うとか、あの人何考えてるんだ!?
俺はフィーちゃんに問うよりも先に、まず雇用主の方に話を付けようとカウンターへと詰め寄る。
神主さんの方といえば俺の鬼気迫る様子を気にすることなく、へらへらと笑っている。
「青島くぅん、あんまり大声出したらだめだよ?」
「今俺たち以外いないからいいじゃないすか! ってか急に何を決めちゃってるんですかって!」
「えー? 別に問題ないでしょ。オフィレナちゃん十五歳って聞いてるし」
「じゅうごっ……ああ」
どうやら俺は、フィーちゃんのことをもっと下の年齢だと勘違いしていたらしい。
十五歳ならば、条件はあれど確かにアルバイトとして雇っても問題ない年齢だ。
だが……改めてフィーちゃんの方を見る。
最初の正装とは違い、今はカジュアルな服装に身を包んでいる。
そのせいもあってか、俺の目にはより一層子供のように映ってしまうのだ。
でもそうか。十五歳なのか……って、異世界の十五歳はこちらの十五歳とイコールなのか?
それを考えると、異世界の十五歳がこちらのものより高年齢に位置している可能性もあるし、その逆もあり得るわけで。
(ワガハイ達の世界の一年は三百八十日前後だからの、大体こちらと変わらんぞ)
(いやいきなりっ!)
唐突に念話を送ってきたタケルを睨む。
その顔は猫のはずなのに、何故かこちらを嘲笑しているようにも見えてしまった。
何というか、慌てる俺を見て楽しんでないか?
というか実際、問題のないことで慌てている俺が滑稽だ。
「オフィレナちゃんから聞いたよー。何でも飛び級で学校卒業して、今はこっちにホームステイで来てるって」
「へっ?」
「それで何だっけ、ご家族が青島君のご両親と懇意にしてるんだって? 最初に教えてよぉもー」
「はっ?」
再び神主さんとフィーちゃんの顔を交互に見比べる。
俺と目が合ったフィーちゃんは、小さく手を合わせ「ごめんなさい」と口パクで伝えてきた。
というか、打ち合わせにない設定を急に盛ってきたな……。
「外国人の幼馴染がいるなんてワシ驚きだよー」
「あ……ま、まぁ、はい。うん」
ここまで来ると、下手に否定すれば余計な混乱を巻き起こしかねない。
俺は観念し、突如湧いてきた外国人の幼馴染設定を受け入れることにした。
でもさ、それでも色々おかしいと思うよ俺は。
一人暮らしの大学生の家に転がり込んでくる年下の幼馴染とか。
人が人なら通報されかねんし……いや、設定があろうがなかろうが知らない人からしたら通報ものか? 俺の現状。
それを考えると、神主さんが単純に受け入れてくれる人で俺助かってるの?
ダメだ。どうも状況について行けず頭が混乱しているらしい。
今は神主さんに話を合わせることだけを考えて、詳しいことはフィーちゃんから聞くことにしよう。
そんなことを考えつつ、新しいバイトが入ったと喜ぶ神主さんの話に対して適当な相槌を打って話を合わせていた。
それから再びフィーちゃんと神主さんが話を始め、俺は少し離れた場所からタケルと共にその様子を眺めていた。
昨日出会ったばかりだというのに二人の様子はとても仲がよさそうだ。
(あの娘もなかなか
(そ、そういうモンなのか?)
フィーちゃんみたいな子に強かという言葉を使うべきなのかは正直疑問だ。
だが突然の事に驚いたのは事実だし、そのおかげで色々と話がうまく進んでいる。
幼馴染と知った後の神主さんも、不思議と最初の時より饒舌になっている気がするし。
まあ、先のタケル……リーンシェッテとの会話の通り、異世界から来た人物が馬鹿正直にこの社会に溶け込むのは不可能に近い。
それを加味すれば、事を円滑に進めるためのウソというのはある程度必要なものなのだろう。
それに、長く同居することになるであろうフィーちゃんが働いてくれるのならば、こちらとしてもありがたい話だ。
凡人大学生がバイトで稼ぐ収入などたかが知れている訳だしな。はははっ。
(……情けねぇ)
(そう落ち込むでない。男子ならば多少の強がりは見せんとなっ)
(強がりって、はっきり言ってくれるなぁ)
がっくりと肩を落とす俺の右足を、タケルが自らの前足でつつく。
これはタケルなりの慰めなのか。それともただからかってるだけか。
何となく後者の予感を覚えつつ、俺にいたずらをするタケルを眺める。
(いいよなぁ。猫は気軽そうで)
俺がそんなことを考えた瞬間、タケルが少し強めに俺のすねを尻尾で叩く。
(阿呆、猫には猫の苦労があるんだぞ。特に食べ物のバリエーションが少なすぎる)
(へいへい。じゃあ今度カリカリじゃない方でも持ってきてやるよー)
(人間の食べ物をよこせと言っているのだ!)
猫の体では人間の食べ物は塩分過多だ。
いや、タケルは千年生きているし、本来は人の体を持つ魔女だ。
だとしたら気にしなくても……いや、やはり健康のために控えるべきだな。うん。
何はともあれ、フィーちゃんはここアットライフの新人アルバイトとして働くこととなった。
まさか馴染みの店でこういうことが起こるとは思いもしなかったが、下手に馴染みのない場所で働かれるよりは安心できる。
改めて、神主さんと話すフィーちゃんの横顔を見る。
その様子は実に楽しそうで、これから始まるアルバイトの日々に期待を膨らませているようだ。
実際は色々と苦労することばかりだとは思うが、果たしてどうなることやら。
これはしばらくの間、俺もこの店に通い詰めになりそうだな。
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