第3話

「葵くん、ちょっと話があるから、部活終わったら一緒に帰ろう」


「……? わかりました」


 心当たりはなにもないので少し疑問ではあった。だがプロットを見てもらった恩もあり大人しく受け入れる。


 そのあとは、部活後のことを気にしながらも、原稿を進める。




「きみは、すごすぎる」


 呼び出された場所に行くと、既に先輩が待ち受けていて、開口一番そんな言葉を放った。


 先輩なら何度褒められても飽きることはなく嬉しい。俺はわかりやすくにやけた。


「わたし、高校に入る前から、ずっと小説と向き合ってきてさ」


 それは、先輩が今の先輩を形成する前の話。


「誰にも言ってないけど、わたしが最初に小説を書き始めたのは、わたしがまだ小学生だった頃」


 心なしか、先輩の目が少し潤んでいるようにも見える。……夕日に反射しているだけかもしれないが。


「辞めちゃった彼は、わたしよりもずっと才能があったよ。いつ追いつかれるだろうって、ずっと不安だった」


 俺はなにが言いたいのかわからず、どんな顔をしていいかもわからない。


「わたしに才能はない。だから長年本気で向き合ってきた。それでも、きみには勝てなかった」


「そんなことないですよ。さっきだって――」


「あのくらい、経験を積めば誰だってできるようになる。でもきっと、わたしはどれだけ小説と触れ合っても、きみみたいな物語は生み出せない」


 先輩は、ひどく自信を失っているように見えた/元から自信を失っていたところにとどめを刺した。


「ありがとう、葵くん。わたしに一番構ってくれたのはきみ。ちょっと鬱陶しい時もあったけど、きみが活動に引っ張り戻そうとしてくれた」


 唐突な感謝に、俺は漠然と終わりの予感を察知する。なにが終わるのかはわからない。


 いまの先輩と俺の関係? とか考えてみる。


「ちょっと話がある、って言ったよね。本題はここから」


 先輩は、どこか覚悟を決めたような目つきをしていた。


「わたし――」


 先輩の言葉に集中するべく、先輩だけを見つめる。


「——部活、辞めようと思う」


 期待していたものとは違うけど、驚きのレベルは変わらない。


「どういう、意味ですか」


「ようやく『彼』の気持ちがわかった」


 答えは、曖昧なもので十分だった。


 先輩が彼に味わわせた絶望を、今度は俺が味わわせたというだけ。


 でも――


「先輩は、今の俺の気持ちも知ってるはずですよね」


 先輩の取り繕ったような笑顔も、途端に消えた。


「……ごめん」


「わかってると思いますけど、俺面倒くさいですよ」


「ごめん」

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