御霊会縁起

痴🍋れもん

御霊会縁起

 一昨年の冬から京邑を席巻している咳逆は多くの人の命を奪っても尚衰える兆しはなかった。左近衛中将藤原基経は御霊を祀る几に向かって寧静を願う宣命を詠み始めたが、祀られた御霊の全てが藤家の贄であった事に今更ながら空恐ろしくなっていた。しかし義父良房にそんな事を言おうものならきっと鼻で笑われるのがオチだ。他の参議達と共に神妙に首を垂れる義父にはそんな考えは浮かびもしないに違いない。

 基経は宣命を詠み終えると榊の枝を頭上に掲げ几前に進んだ。だが基経が御霊に榊を捧げようとした将にその時、地を這うように旋風が巻き起った。辺りの草を巻き上げた風は頭を起こした蛇のように祭壇を吹き抜けたかと思うと基経の背中の儀仗弓の弦を低く打ち鳴らしてやがて何処かへ消えていった。その時基経の首筋は凍えるように冷たくなった。弓を打ち鳴らした風は最後に霊座を不気味に揺らしたのだ。

 承和に起こった変で義父藤原良房に陥れられた橘逸勢が亡くなってもう二十年になる。

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御霊会縁起 痴🍋れもん @si-limone

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