先生は幼馴染のお兄ちゃん
くにすらのに
第1話 日傘
徒歩10秒未満。隣の家にお邪魔する時でも日傘は欠かせない。絶対にバカにされるとわかっていても紫外線はお肌の天敵だから。
パッと日傘を開くと弱々しく鳴いていたセミが飛び立っていった。
「ごめんくださ~い」
インターホンを鳴らしても無視されるので直接呼びかける。平日の昼間、学生は夏休みだけど大人には仕事がある。
「……お兄ちゃん暑いよ。開けてよ。死んじゃうよ~」
声を少し高く幼い感じにして訴えると扉の向こうからドタドタと階段を駆け下りる音が聞こえた。
「おいやめろ!」
「やっぱり居た。大学生の夏休みは怠惰だもんね?」
「何の用だ。部活は?」
「休みだよ。忙しい高校生の夏休みの合間を縫って会いに来てあげたんだからもっと喜んでよ」
「宿題なら手伝わないぞ」
「大丈夫。自力で終わらせるから……と言いたいところなんだけど、実は一つだけ手伝ってほしい宿題があって」
伏し目がちに意味深な雰囲気を醸し出してみる。隣の家に住むわたしが「お兄ちゃん」と呼ぶこの人は本当の兄妹みたいに育った関係だけど、わたしは一方的にこのお兄ちゃんに恋をしている。
文句を言いつつ一緒に遊んでくれたり、勉強を教えてくれたり、学校の先輩とは違って下心なくわたしに付き合ってくれる。
「俺が教えることなんてないだろ。もう受験の記憶なんて吹っ飛んだし」
「えー、ノーリアクション? 親の居ない夏休みの自宅に幼馴染の女子高生と二人きりというシチュエーションに宿題という意味深なキーワードの組み合わせに?」
「女子高生に手を出したら人生終わるからな」
「そういう現実的なことじゃなくてー! とにかくおじゃましま~す」
「あ、おい」
「部屋が散らかってるとか? わたしは気にしないよ」
「それなりに綺麗だ。そこじゃなくて本当に俺が教えられることなんて」
閉じた日傘を玄関に置かせてもらって流れるように靴を脱ぐ。こうなればもうこっちのものだ。
「手伝ってほしいのは俳句の宿題。現国の先生を絶対見返してやるんだ」
「はいく~? それこそ俺の出る幕は」
「だからいいんだよ。二人寄れば文殊の一歩手前くらいの知恵くらいにはなりそうじゃん?」
わたしもお兄ちゃんも理数系。だからと言って文系科目が壊滅的に苦手というわけではない。ただ、俳句みたいに自由に何でも作っていいという課題は答えが決まっていないから正解がわからずモヤモヤする。
授業で作った自信作はやんわりと先生から小バカにされたので、夏休みの宿題では名俳句を作りたい。そして、急激な成長の裏には幼馴染のお兄ちゃんがいることをクラスに知らしめたい。ある種の既成事実ってやつだ。
「ではここで一句。『紫外線日傘で防ぐこんにゃろー!』どう?」
「どうって……まあ、女子高生らしいんじゃないか? 陽気な感じの」
「インテリジェンスを感じないよね?」
「そうだな」
「成績もそれなりに優秀なわたしはこんな俳句を世に出せない! だからお兄ちゃんの客観的な評価が必要なの。俳句の名人じゃなくて一般的な成人男性の評価が」
「わかったわかった。良いか悪いかを判断すればいいんだな。でも俺の評価を過信して先生にダメ出しされても文句言うなよ? 素人評価なんだから」
「一人で考えて悩むより絶対良いもん。頼りにしてるよ。お兄ちゃん。ううん、先生」
文句を言いつつもわたしのわがままを聞いてくれる。わたしの全部を受け止めてくれるお兄ちゃん。ただ従順なんじゃなくて、ちゃんと悪いところは指摘してくれる。下心だらけの男子とは一味違うところ。だから大好き。
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