霊障

あかくりこ

第1話

 おでこに刺青入ったバンダナ芋兄ちゃん青年の学生時代のお話

 霊障は垂直移動の法則。安心して、大して怖く無いよ



 放課後、岡村、池田、芦屋と、モテない野郎同士、四人で昇降口で馬鹿話に花を咲かせていたらクラス担当の爺さん教諭に呼ばれた。

「おうお前ら、ちょっと手伝ってくれんか」

 聞けば地質準備室のプリントの印刷が出来なくて困っていると言う。

「どうもパーソナルコンピューターというのはよく分からんくての」

 断る理由者ないので快く引き受けた。これも善行です。はい。

 教育委員会だかから許可をとって掘り出した貝塚の堆積物、貝や小動物の骨の標本や、よくわからん古文書なんかが堆く積み上がった部屋に入って印刷できない理由がすぐ判明した。

「ケーブルが外れてますよ」

 あまりにも単純な理由にちょっと違和感を覚えた。教諭の世代はプログラムまで自作するロストテクノロジー世代じゃないんですかと聞いたら、曰わくパソコン黎明期に乗り遅れたのだそうな。

「まさかこんなあっという間に浸透するなんて想定外じゃったもんでの」

 確かに、誰もかれも猫も杓子もパーツ組み立ててプログラム自作出来たら、深刻なSE人手不足なんて事にならないもんな。

 神社で一緒に生活している順も電脳系は苦手なようで、パソコンを使うと必ず誤作動が発生する。「一度事務所の機器を一切合切清酒か裏の霊泉にドブ漬けしてやったら清々するんだがなぁ」と恐ろしい事を口走っていた。

 文章入力やら印刷機とのネットワーク接続やらを確認して校舎を出る頃には陽が傾いて綺麗な夕焼け空。街灯が点り始める時間帯。

 爺さん教諭にメチャクチャ労われて、ちょっと浮かれた気分でもあった。

 もしかしたら爺さん教諭のパソコンが苦手というのはただの口実で、本心は生徒と親しむ機会を持ちたかっただけなのかも知れない。

 そんな優しい気分でこのまま帰るのも何だなと言うことになり、最寄りのファミレスで夕飯をすませようと意気投合した。

 電話で順に夕飯は食べて帰る旨を伝えると、岡村が「そういやお前あの神社で寝起きしてるんだよな」と改めて確認するような口調で聞いてきた。居候と言わないあたりが弁えた漢だ。

 改まった表情で「順に取り持ってもらいたい」と言う。

 いくら俺たちモテないうらなりブラザーズだからといってそれは不毛だ、やめておけ、と引き留めたらそうじゃないという。

「おいまて」

「なんだ、そのうらなりブラザーズとは失礼な」

「即興で変な名前付けないでくれ」

 横から池田、芦屋が聞き捨てならんな、俺は本当はよくモテてます、実は彼女だっています。とでも言いいたげに異議申し立ててくる。

 残念ながら、クラスの女子から芦屋は糸目、池田はもっさりヘアー、芋野郎、これは俺だ、岡村はダルマッチョ、まとめてうらなりブラザーズと惨たらしい徒名を付けられていると気付いていないようだ。そりゃ俺だって知りたくなかったさ。

 特にきつく当たってくるクラスメートの恵体女子から変な感じがするんで、コッソリ注視したら腰回りに水子が憑いてて「ジロジロ見てんじゃねーよ、ばーか阿呆」と罵声を浴びせられ、ついでに俺たちの徒名とうらなりブラザーズの蔑称まで開陳してくれた次第だ。

 流石に憤慨してなんで水子に罵声を浴びにゃならんのだと順にチクったら、「それ、水子じゃなくて恵体女子の思考だよ。水子を介して波長が一致しちゃたんだろ」と世にも聞きたくない知りたくない種明かしをされた。


「話をさせてくれないかな」

 岡村が真顔で口を挟み、そうだったと池田、芦屋が口を噤んだ。

「うち、最近変な気配がするんだよ」

 岡村んちは最近新築マンションに引っ越した筈だ。地方都市に不釣り合いな豪勢な造りの分譲で、リビングから繁華街を一望出来ると自慢していた。夏休みになったら芦屋池田と泊まりがけで遊びに行く予定を立てている最中だ。

「具体的にどんな?」と岡村を促す。

 俺は見たり聞いたりしてないんだけど、と前置きして言うところによると、寝ていると誰かが覗いている気がする。リビングに家族が揃っているのに無人の寝室からガサゴソ音がする。泣き声が聞こえる。

「なもんで親が気味悪がって」

 良くある話だ。ふぅむ。

 その場で順に電話すると「なんだっけ、岡村だっけ?そのダルマッチョの住所教えて」ときた。スピーカー通話にするんじゃなかった。

 住所を伝えると「かけ直す」と一方的に通話を切られた。


 かっきり3分後、「不良物件だったでも何でもいいから不動産屋に理由を付けて違う部屋に変えてもらえ。但し、同じ階の空き部屋をリクエストしろ。眺望が捨てがたいとか吐かして上下移動で妥協なんかするなよ」

 それだけいってまた切れた。


「霊障か?」と池田。

「やっぱり霊障?」と芦屋。

「霊障、なのか?」と岡村。


 三者三様、何それだけ?とでも言うような拍子抜けした顔で俺を見つめてくる。

「みたいだね」

 順に繁華街一望のロケーションは伝えていないのに、景観は捨てろ。と釘を差してきたから。

 霊障は垂直移動する。今回はそれで解決するんだろう。深堀りはしないのが懸命だ。



 神社から指し回しでもあったのか、岡村一家が「異様なほどスムーズに」二つとなりの世帯に越して数日後。件の不動産屋が神社に「依頼」と称してやってきて、順と神社の爺さんが除霊に向かった。

 帰ってきて首尾はどうだったと聞いたら「お前のクラスの恵体女子?の水子が埋まってたよ」ときた。


 件の恵体女子、一時期、異様に所作が仕草が立ち振る舞いが変に色気付いた時期があった。ちょうどマンションの施工が始まった頃と重なっているから、おそらく左官屋、鳶仕事、土方職の某かとねんごろになったのかも知れない。そこでどういう紆余曲折があったのかは想像するしかないが、建築現場に埋めた理由としては一番しっくりくる。

 建築現場に忍び込んで、ここがアナタのパパの仕事場だよとか何とか言いながら両手を合わせる恵体女子の姿を想像してしまい、寒気がした。



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