六 金朱への応援コメント
こんばんは。
喰らいました。
私は、学生運動というものは教科書の内容でしか知りませんでしたし、親族に「昔参加していた」という人間もいなかったので、今まであまり意識したことがありませんでした。なのでこの作品を読んだのをきっかけに、ほんの少しだけですが自分で調べました。本を読んだりしたわけではないので非常に浅い知識ではありますが、でもやはりこの作品を読まなければ興味を持って調べることすらなかったのだろうと考えると、やはり小説には物凄い力があるなと思います。というか、祐里さんの作品に、ですね。
直接運動に関わっていない妹の視点で読んでいるので激しさみたいなものは作品からはあまり感じず、むしろ静かで、日常の描写をメインにしている。だからこそ、学生運動という異様な熱に浮かされたものを、どこか冷めたような目で見れました。運動に参加した学生たちがどのような人間で、どのような日常を送っていたのか。この作品で描かれていたのは晃一のみでしたが、彼をリンチした学生たち一人一人にもこのような穏やかな日常があったのかもしれないと思うと、なんだかやるせなさを感じました。
知美が晃一の帰りを待つ場面。まるで自分が痛めつけられたみたいに、辛くて息が苦しかったです。祐里さんの圧倒的な筆力、改めて実感いたしました。
小説としてこれでもかというくらい完成されていて、おかげで内容にしっかり浸ることができました。すごい。すごすぎます。祐里さんの小説は安心して楽しめますね。本当にとんでもない筆力です。わけてくれませんか、どうか。
無駄に長文で知性の欠片も感じられないコメントで申し訳ないのですが、とにかくこの作品が私の心に深く深く刻まれたことを、ここにご報告いたします。
えーん。すごい作品を読んじゃうと喰らいすぎてしばらく何も書けなくなっちゃう…どうしてくれるんですか…。
読めて本当によかったです!ありがとうございました。
作者からの返信
となりさん、こんばんはー。
そうそう、学生運動について知る機会って学校の授業では少ししかないんですよね。
そしてうちも同じく「学生運動? あー、前にあったねぇ。よくわかんないけど」くらいの人しか周りにいませんでした。
(思想に関わることなので、あえて言わなかったのかもしれませんが)
実際、長期間に渡っていろんな場所で行われていた活動だったので、中には大きな事件もあったにせよ、当時すでに大人になっていた人でもわかりづらかったと思います。
知美視点が功を奏したようで、お褒めのお言葉をいただけてとても光栄です。
実は、知美の視点じゃないときっとうまく書けないだろうなと、最初から思っていました。
自分が経験してもいない、経験した人が周りにいない、テレビのドキュメンタリーや書物やネットで調べて知るという情報収集方法しかなかったので。
しかも、調べていくうちに女性同権云々のような話も絡んでいたと知り、それならやっぱり主人公は女性じゃないといけないなぁ、となりました。
となりさんがご自身で学生運動について調べられたとお聞きして、本当に本当にうれしく思います。
>学生運動という異様な熱に浮かされたものを、どこか冷めたような目で見れました。
これはすごく大事だと思っています。
リンチした側にも、きっとおっしゃるとおり、日常があって、楽しいことも悲しいこともいろいろあったはずなんですよね。
生きている人間として。
超個人的感想としては、やはり加害者には憎々しい感情が湧いてくると言わざるを得ない。
でも彼らがそんな暴力行為に及んだきっかけや経緯などを未来に向けて考えていかないといけない。
当時のあの熱さはこれから出てくることはないのだろうか、もしあったとしても冷静に客観的に物事を見る目を養う必要があるよなぁと、私は常々考えています。
筆力!
いやぁ、そ、それほどでも……?(わかってない)
もし分けて差し上げられるのであれば、どうぞどうぞ!
でもたぶんそんなに大したものはないと思います……!
応援コメントへの返信で言うのも何ですが、わりと本気で知識も語彙力も他のカクヨムユーザーさんに比べたら劣ると思っています。
平易な言葉しか使えないのです。
でも処女作を書く時に決めていたのが「なるべく正しい日本語でわかりやすく読みやすく書こう」ということだったので、内容に浸ることができたとのお言葉をいただけてとてもうれしいです。
自作品の中には「これでも喰らえ」というのがいくつかありまして、本作もそのうちの一つなので、喰らっていただけてよかったーと安心しておりますw
とても励みになるコメントをいただけて幸せです。
ありがとうございました!
六 金朱への応援コメント
こんにちは。
いつか必ず拝読したいと思っておりましたご著作です。
鷹仁(たかひとし)様の自主企画。
ありがたい機会と捉え、拝読いたしました。
学生運動。
以前、糸井重里氏の同級生だった高校時代の担任が、氏を責めるような口調で運動を回避した氏の話をしていて、女子高生(豆高生含)たちからはスルーされていたお話を祐里さんにさせて頂きましたね。
担任には、学生運動は『青春時代のよい思い出』だったのかも知れません。
それでも、知美が瓶を投げずにすんでよかった。
そして、いつか、知美が優しい人に巡りあってくれていたらいいなあとも思っております。かつてのお兄さんのような人に。
拝読させて頂きましたこと、まことにありがとうございました。
作者からの返信
豆さん、こんにちはー。
ぽんぽん丸さんも鷹仁さんも本作を取り上げてくださってとても光栄に思っていました。
「豆高生」かわいくて好きです。
担任の先生は「おまえノンポリかよ」と言っちゃうタイプだったのかもしれないですね。
いわゆる戦時中の「非国民」に通じるものがあるのが皮肉だよなぁと思わざるを得ません。
そんな社会で取り残されてしまった知美の幸せを考えてくださってうれしいです。
この件については本当にいろいろ考えてしまいます。
知美も佐和みたいに開き直ってできるだけ自由に生きることができればいいなぁと思います。
丁寧な感想もいただけて幸せです。
こちらこそ、ありがとうございました!
編集済
六 金朱への応援コメント
こんばんは。
一度読んでから、学生運動について軽く調べて、改めて読み直してきました。
集団リンチや、当時の若者にとっての自己表現の場としての運動。
あるいは、高度経済成長という豊かさの中で、なぜか漂っていた閉塞感。
そうした背景を踏まえて、当時の一人ひとりがどんな思いで動いていたのか。想像してみること自体が、僕たち創作者にとっての大事な作業なのかもしれないと思いました。
正直に言うと、僕は群れてイキる人間が苦手で、よく分からない主張のために集団で人を殺すという行為には、一貫して「卑怯でダサい」と感じています。
その立場は今も変わりませんが、こうした歴史や背景に触れてみると、
「わけが分からない行動の裏側にあったものは何か」を考える余地もあるんだなと感じました。
とはいえ、やはり一番思うのは、理不尽な行動に巻き込まれた家族や関係者の痛みや混乱です。
そういう立場に立たされた人たちのことを想像すると、やるせなさが残ります。
作者からの返信
こんばんは。
コメントいただけてうれしいです。
ありがとうございます。
学生運動について調べられたあとにまた読んでくださったなんて、とても光栄です。
おっしゃることはまさにそのとおりで、私も、当時の人々はどんな思いでこんなことを……などなど、考えることがあります。
このお話を書いたきっかけは、NHKのドキュメンタリー番組で学生運動に参加して服役した人が「あの頃は青春だった」と懐かしんでいるのを見て、「えー……」と思ったことでした。
被害者はもちろん、被害者の家族にだって何らかの影響はあったはずで、でもそのあたりはあまりスポットライトが当てられていなかったので。
群れてイキる、本当にそうだったと思います。
私もカッコいいとは決して思えません。
ただ、やはり、当時の熱さの裏側にあったものは何だったのか、側面はどうなっていたのか、今になって紐解いていくことも大事ですよね。
鷹仁さんがやるせなさを感じたりいろいろ考えてくださったりしたのが、大げさじゃなくすごくすごくうれしいです。
とても励みになりました。
ありがとうございました!
六 金朱への応援コメント
スゴく、良かったです。
サイズとしてはちょうど良いと思いました👀!
ギュウギュウでもなく、間延びもない。これ以上のサイズだと、お兄ちゃん視線とかも入れないと持たない気がします。
けど、祐里様のお作品は、主人公視点であって欲しいです。
学園闘争って、カルトみたいな集団心理だったと思います。
だから、歯止めが効かない。
髪の毛を伸ばして、仲間を同士と呼び、ヘルメットとマスクで顔を隠し、正義の名のもとに、家族のいる警官に火炎瓶を投げつける。
どこが、カッコいいの?
どこが、正義なの?
なぜ、顔を隠すの?
意志のない力は暴力。
そんな気がします。
祐里様の描く『力』はいつも力強い。
次はどんな力が見られるのか、楽しみです😊
ステキなお作品、ありがとうございました。
作者からの返信
たくさんコメントをくださってありがとうございます。
1話目でしか反応できていませんでした。
失礼ですが2話目以降のコメントについてまとめてこちらで返信させていただきます。
「ソフター」、そういえばむかーーーし母が言っていたな……という記憶はありましたw
何となく、この現代にたどり着くための過去を書きたくなることがあるんですよねー。
そこに、私の場合は過去の事件などに対する疑問が絡んできて、こんな感じの作品になります。
新聞紙ね、そうそう、今の感覚だとちょっと揚げ物を直接乗せるのは避けちゃいますよね……!
せめてキッチンペーパーを挟もうよ、とw
でもたぶんうちも昔はやっていたと思います。
いろいろ変わっているものですねーw
ハンドクリームを人の手に塗ってあげるのって、普通は子供に対してですよね。
それだけ兄が知美をかわいがっているってシーンで、おっしゃるとおり、いろいろな意味が含まれています。
気に入っていただけてとてもうれしいです!
おおっ、サイズ的にはOKでしょうか、安心しました。
そうですね、カルト的な集団だったと思います。
様々な思想があって、考え方が近い人たちが集まって、もしくはカリスマ的な人に心酔する人たちが集まって……
本当にそのとおりで、どこがカッコいいのだろうと思います。
「意志のない力は暴力」、まさに。
ただ、当時の熱さは現代ではもう生まれないのだろうかと、ふと思ったりもします。
力強いとのお言葉、とても光栄に思います。
また、レビューコメントまで書いていただけて幸せです。
こちらこそ、ありがとうございました!
二 倹約への応援コメント
2人の育ちと困窮した様子
酒を飲む大学生との交流
戦闘の跡の表現
乾燥した北風もそうかな?
全部1つの方を向いてます。
あと火にまつわる表現の散りばめももう…こんな平穏なのに。
兄の背中をテレビを見るようにぼんやり眺めてしまったことが主人公にとって致命傷ですね。それさえなければまだなんとか物語の宿命から逃れられるのに。あの一文が18歳の女の子の先々の波乱を絶対的にしているように感じています。短い文章で先々の展開を物語っていて最高です。
天ぷら油みたいに私の心がざわざわしてます。一度クールダウンするためにコメントしてみました。
残酷な予想が立って、でも読まずにはいられない。物語の推進力が強い。読み進めます。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
ぽんぽん丸さんをざわざわさせられたとのことで、喜んでおります。
この先の知美もよろしくお願いいたします……!
六 金朱への応援コメント
どうもです。
自主企画に参加いただき、ありがとうございました。
高度経済成長期の作品とは、なかなかに珍しく、興味深く読ませていただきました。
貧しいながらも懸命に生きる姿に感銘を受けました。
その中から生じた歪みというのもまた切ない。
歴史の中にあるこうした無名の人々にもまた、積み上げた歴史の中にある事を再認識いたしました。
興味深いストーリーをありがとうございました。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
おっしゃるとおり兄妹の仲が歪んでいく様を描いたのですが、これも本当にそのとおりで、歴史に名を残さない人々も生きていて、その社会の流れの中に確かに存在したのだということを伝えたくて本作を書きました。
汲み取っていただけてうれしいです。
とても励みになりました。
こちらこそ、ありがとうございました!
編集済
六 金朱への応援コメント
祐里さん、こんばんは。
祐里さんが一番気に入っているお話……。これは読まねば! と足を運びましたが……、これは凄い。まるで映画を観ているようでした。
四話でお兄さんが丁寧に塗ってくれたハンドクリーム。浸透し保護されていたのは、手だけじゃなくて関係性だったり心だったり……。絆、だったのでしょうか……。
嵐の中を突き進む兄と、家の中で嵐が去るのを待つ妹。どちらが正しくて、どちらが間違っていたのか。噛み合わない兄妹の心がとても歯痒くて、そして、切ない……。
気になって銀杏を少々検索したのですが、『イチョウの木には雌雄があり、メスの木には実が付くが、オスの木には実は付かないんですね。 どちらにも花は咲くが、実が付くのはメスの木だけ』と知恵袋にあり、胸が引き絞られるようでした。
心が揺り動くお話、誠にありがとうございましたm(__)m
作者からの返信
槙野さん、こんばんは。
ようこそ「糾正の燐寸」へいらっしゃいました。
映画みたいと言われてとてもとてもうれしいです。
いろんなところでいつも言っていることなのですが、基本は脳内で起こした妄想の映像を文章にしているので。
ハンドクリーム、そうですよね、おっしゃるとおりです。
兄も知美をかわいがってはいたんですよね。
子供の頃から一緒にいる妹だし、家事をしてくれてありがとうという気持ちもあったでしょう。
絶対に兄妹の温かい絆はあったと思います。
ただ、兄は時代の急流に飲まれて知美の手を離してしまった。
私は手を離されたほうの感情を書きたかったんです。
そうそう、イチョウは植物にしては珍しくオスとメスに分かれてるんですよね。
検索までしてくださって、ありがとうございます!
実は横浜の慶應義塾大学日吉キャンパス内の道がモデルなのです。
イチョウがたくさん植えられていて、銀杏がなるんですよー。
(私は卒業生ではありませんがw)
槙野さんのお心を揺り動かすことができてうれしいです。
本当に励みになりました。
こちらこそ、ありがとうございました。
六 金朱への応援コメント
コメント失礼致します。
貧しいながらも幸せに生きる兄妹、そんな二人の中に生まれた大きな歪み。
個人的な解釈ですが、限られた「今」を噛み締める主人公に対して、兄は「未来」を望んでいたのだと思いました。例えそれが妹の望むところではなくとも、ある種の独善を孕もうとも、自分の理想と主人公の為に。
主人公は「女性の人」、兄は「女」と言っているのも印象的でした。発言の中に溶け込んだ無意識的な差別意識も、二人のすれ違い、そして悲しい結末を招いたのだと思います。
解釈違いでしたらごめんなさい🙇
改めて自主企画へのご参加、ありがとうございました。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
おっしゃるとおり、知美は「今」、兄は「未来」を考えていました。
また、知美は「女性」「女の人」、兄は「女」と言っています。
気付いてくださってありがとうございます。
当時はおそらくこういう言い方が一般的だったと思います。
(さすがの私も生まれてはいませんでしたがw)
私はどんな解釈をされてもいいんです。
ただ、ポイントを突いて解釈してくださったことがとてもうれしいです。
戦後の混乱を乗り越え、復興も進んでいて……という状況では仕方ないことですが、物価が上がるごとに国民の不満が少しずつ溜まっていっていたようです。
安保闘争の一端なので一概に「これ」という原因を挙げることはできないのですが、そんな中、未来を夢見る若者、未来に悪夢を見る若者が多かったそうで。
ただ、女性の身としてはそんなことは望んでいない、これまでに教育されたことで生きていくつもりだった、そういう女性がほとんどだったんじゃないかなと。
たまにテレビなどでも安保闘争でこんなことがあった、こんな事件を起こした人物は現在こうしている、などとドキュメンタリーで流れたりしますが、その家族についてはあまり触れられないので、こうして物語にしてみました。
丁寧に読んでくださったのがわかって本当にうれしく思うし、励みになります。
ありがとうございました。
六 金朱への応援コメント
田舎の人が大学に進まないのは、費用の面の他に、こういうこともあるのかと思ったりもしました。
世間のうねりは都市部で起こり、山村にはどこ吹く風。
時代の波に乗り学生闘争へと発展していったあの時代、今だに何が起こっていたのか私は計りかねています。
義憤、と考えればしっくり来るのかもしれませんが、その実やっていたのは他者の意見に寛容になれない人間たちの差別的衝動から来る暴力の連鎖だったのではないかとも思います。ちょうど、今起こっている民族対立、宗教対立のような。
大学へ行き、学のある人間がこぞってその流れに乗っていったというのが、なんとも愚かしく感じてしまいます。
真実を知ってじっとしていられなかった、と言えば聞こえはよくなるかもしれませんが、狭いコミュニティでの同調圧力と集団心理の暴走ともとれるものです。
いつも思うのは、優しさと闘争心は両立するのだな、ということ。
お湯を作りハンドクリームを塗る優しき兄と、集団のなかで活動に身を投じようとしていた兄。
どちらも同じ、兄。あるいはその優しさ故に、槍玉に挙げられることになってしまったのか。
当時の人間の話を聞いても、目的がなんなのか見えてこない部分があるのです。結局のところ思春期を引き摺った未分化の衝動のぶつけ何処が無かっただけのような気もするのです。
彼女の日々の営みは、日陰であったかもしれませんが決して恥じるものでもなかったはず。
女であることの苦しさ、不運さは、私の母でさえも口にしていました。女に生まれたせいで、こんな生き方しかできなかった。
でも、活動家になろうとは思わなかったのでしょう。
時代の狭間、変革の萌芽の時代の、悲しい物語だと思います。そんな時代を経て、なお、今この世間だとするならば……それはあまりにも悲しい人の世だと思わざるを得ませんでした。
胸に刺さる物語でした。ありがとうございました✨
作者からの返信
コメントありがとうございます。
失礼ですがこちらでまとめて返信させていただきます。
衣紋掛けは古い言葉です!
危うく「ハンガー」と書きそうになって、直しました!
大学生になって、制服を着なくなって開放感みたいなのもあったと思うんですよね。
高校生もこういう活動をしてはいたようなんですが、それほど多くはなかったようです。
兄ちゃんは優しさが仇になったというか、多くの人のために!と、まっすぐに考えてしまって……義憤です、まさに。
誰かを傷付ける、殺すなんて犯罪なのに、犯罪とも思えなくなるくらい視界が狭くなっていたのかもしれません。
いわゆる正しい意味での確信犯ということでしょう。
兄ちゃんは巻き込まれてしまいました。
女性にも人権を!社会への進出を!
戦後やっと女性も選挙権が認められてからの話ですが、女性にも権利を与えよう!と息巻く人々と、じゃあこれまで女性がやっていたことはどうなるの?誰がやるの?という疑問が出る時代だったと思います。
実際、学生運動に身を投じた女性も差別を受けていたようです。
女性だからという理由で。
冷蔵庫や洗濯機は普及していたようですが、それでも家事には時間を割かなければいけなかったんじゃないかなと。
それに、帰宅して脱いだコートを何も考えず自然に妹に渡す兄です。
そういう行為がもう身についている。
妹はそれでよかった。
なのに、知らない誰かに影響されて「女性も社会に」なんて言い出したわけです。
そりゃ戸惑いますよね。
改善されつつはあるのでしょうが、現代日本にも通じる問題かなと思います。
お時間を割いて感想を書いてくださったことに感謝します。
ありがとうございました。
編集済
六 金朱への応援コメント
こんばんは。
怒り、ですね。今の時代ならば絶縁して独りで暮らしていくという道もあったのでしょうけれど、この時代は女性が独りで暮らしていけるほどの懐の深さもなく…もちろんいつの時代にもそれなりの生きにくさはあったのでしょうけれど、どうすればよかったのかなあ…究極「生きてさえいれば」ということになるのでしょうか…
お兄さんも純粋な怒りで自分を支えていますが、少し経験すれば正義とか悪とかないことが分かるんですよね…生きること自体が戦いなのに…
「花は、咲う。」に通じる祐里様のテーマ、確かに感じることが出来ました。ありがとうございました。
作者からの返信
はい、おっしゃるとおりで、1969年という時代にはおそらく今とは違う寛容さはあったと思うのですが、女性についてはその範囲が狭かったかもしれないですね。
「生きてさえいれば」と知美は思うだろうけど、周りがそうは思わない、あそこの子かわいそうねと囁かれる、みたいな。
兄ちゃんは、優しくて生真面目な長男として書きました。
まっすぐすぎる感じです。
なので、利用された感ありありでして。
詳しくは書いていませんが、1万文字制限なければ三人称で兄ちゃんサイドも書いていたかもしれません。
(そのために福沢諭吉先生のところへ取材に行っていたかもw)
色々お考えになってコメントを書いてくださったのがわかって、とてもうれしいです。
こちらこそ、ありがとうございました。
六 金朱への応援コメント
自主企画への参加ありがとうございます(´▽`)
この時代の大学に通うちょっと貧乏なインテリ男子学生、というところから嫌な予感がしていたのですがどんどん雲行きが……銀杏、銀杏の素揚げを食ってくれ!という祈りも届かず……だけど妹を最後に守ったのも、間違いなく兄貴だったのがせつないです。個人的に昔のストーブの灯油が燃える匂いがしてきたのがよかったです。ありがとうございました(*゚▽゚)ノ
作者からの返信
ストーブ、昔はあんなんだったなぁと一生懸命思い出しながら書きました。
はい、雲行き怪しくなっちゃいました。
そして銀杏は兄ちゃんには食べられませんでした。
けっこう集団リンチはあったみたいなんですよね、あの頃……。
コメントありがとうございました!
六 金朱への応援コメント
祐里様
レビューコメントをどうにかして書きたいと思ったのですが、
言葉が足らずとりとめもない足跡で失礼いたします。
じつは天川様のカクヨムコロシアムでも作品を拝読し、
書く言葉を失ったのを覚えています。
となると、私はいつになったら、
祐里様の作品にコメントを残せるのでしょうかね( ̄▽ ̄;)
(というわけで、レビューではありませんが、思い切ってこの場をお借りしました)
学生運動については、私にはこれしか知識がないのですが、
「二十歳の原点」を思い出しました。
あの日記もですが、映画版のラストシーンが、いやに心に残っています。
祐里様の作品は、単に染みるでもなく、刻まれるでもなく、余韻ばかりでもなく。
根深い人間の業と痛みを、なお鋭利に描き出すその洞察力に、読者として(良い意味で)身がすくむ思いです。
文量をはるかに超えたドラマを目の当たりにしました。
祐里様の筆力に、改めて驚嘆いたしました。
また、お邪魔いたします。
作者からの返信
こんばんは。
ようこそいらっしゃいました。
あ、そうか、天川さんのコロシアム!
確か「早生」を出したはず……あんな重いものを読んでくださったなんて……
と思ったら、星くださってましたね……!
本作へのご訪問に重ね、改めてお礼申し上げます。
ありがとうございました。
「二十歳の原点」については、寡聞にして存じておりませんでした。
良い情報をいただけて非常にありがたいです。
早速Amazonのほしいものリストに入れました。
根深い人間の業、まさにそのとおりだと思います。
もちろん暴力や恐喝などの犯罪行為はよくない、しかしあの時代に彼らを突き動かした熱さとは何だったのか。
加害者たちを扇動したものは、今もどこかに潜んでいるのではないか。
50年以上昔のことだけれど、これからも考えなければいけないことではないか。
私は右派でも左派でもないし強い思想を持つタイプではありませんが、そういうことを伝えたくて、そして、被害者家族に触れたドキュメンタリー等が少ないことを憂いて本作を書きました。
汲み取っていただけてうれしいです。
また、お褒めのお言葉までいただけて、とても光栄に思います。
繊細なお気遣いを感じられるコメントをいただけて幸せです。
本当にありがとうございました!