牡丹は薔薇に憧れる
鹿
第1話
「次。」
幼女は淡々とそう告げ、メイドに扉を開けるよう顎を動かす。
「ちょ?! 俺まだ何も――」
それに抗議するように彼女へ身を乗り出す少年。
「衛兵、つまみ出すのじゃ。」
呆れたように右後ろに控えていた甲冑へと指示を出す幼女。
「おい! 俺はリヒトナート侯爵家の長男だぞ! こんな扱いをしてタダで済むと思うなよ!」
三下のような捨て台詞を吐きながら、首根っこを掴まれて放り出される少年。しばらくすると衛兵は何事も無かったかのように元の場所へと戻り、メイドは扉を閉める。
「……はぁぁぁぁぁああああああ…………。」
幼女は深くため息を吐くと、テーブルの上に鎮座したガラス製の器からクッキーを取って口に入れた。
「姫様、はしたないですよ。」
蟹股になって、くちゃくちゃと音をたてながらクッキーを咀嚼する幼女を、メイドが窘める。
「これくらい許して欲しいのじゃ。ただでさえやりたくもない見合いをしてやっておるのじゃから、休憩くらいは気楽にさせて欲しいのじゃ。」
彼女は、アルジェスター王国第二王女、リットー・フィア・デ・ロリアン・エクシード・ズム・レオニダート・ドグル・シオ・アルジェスター。通称【
齢10にして既にしっかりした人格を持った、国内屈指の知識人である。
「何がリヒトナート侯爵家の長男じゃ。たかが成り上がり貴族の嫡子如きが驕りおって。こちとら3214年の歴史と栄光あるアルジェスター王家じゃぞ。全く、最低でも王族になってから家名を名乗るんじゃな。」
幼女はそう悪態を吐いて、クッキーを嚥下する。
薄く青みがかった短い銀髪と、深い翠色の双眸。透き通った白い肌は雪の如く、されどもその丸みを帯びた顔立ちには暖かさを感じる。
そんな容姿の幼女がごっくんとクッキーを飲み込む様は、また微笑ましいもので、メイドはこれ以上のお小言を言う気にはなれなかった。
「では、次の方をお通ししますね?」
メイドがそう尋ねれば、幼女はこっくりと頷く。すれば、メイドは戸を開き次の者を通させた。
「お初にお目にかかります。小生、シルヴィア王国が第三皇子――」
「次。」
金髪碧眼の美形男子も、幼女の御眼鏡には敵わず、すぐさま回れ右を迫られる。
「…………。」
だが、それは一国の皇子。婚約の相手として見られないと分かるや否や、別の目的へとシフトする。
「何を見ておる?」
幼女は、そのことに気が付きながらも、あえて口を開くように促した。
「立てば
出て来たのは、この国に伝わる
「貴様……」
メイドは苛立ちを隠さない。殺気を放ち、皇子はそれに気圧されながらも尚も下手な笑顔を作っている。
「控えるのじゃ、メイド。全く、一国の皇子ともあろうものが軽率に
二人を
「【
その瞬間、メイドは逆手に持ったコンバットナイフを皇子の首元へ――
「次。」
……当てる前に、幼女は淡々とそう告げて、メイドは刃を仕舞い、皇子は促されて内心安堵しながら踵を返した。
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