第5話「もののけハンター」真の実力
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「なんだか霧が出て来たみたい。こんな季節に。でもこれ、やっぱり普通の霧じゃない」
さわこが振り向いて言った。
「ここ、どこだ?」
「さあ。私にもよくわからない」
周囲が白く包まれて、あたりの様子が全く分からなくなってしまった。
「あのさ、ずっと気になっていたことがあるんだけど」
「なに?」
「もしも、俺がさわこと一緒にいて、お前の言う通り、そのうち物の怪なんかが見えるようになったとして、お前の婆さんみたいにそれを祓う、なんてことが出来るようになるもんなのか?」
「いい質問ね。もっともな疑問だわ」
「そうだよな、お前だって見えるようになっただけで、未だに祓えないんだろ?」
「うん。だから、ケタロウくんには、折を見て、神社かお寺で修行を積んで来てもらおうかと」
「・・・はっ? それ、マジで言ってんのか?」
「うん。・・・と、思っていたんだけど、でも、もう間に合わないみたい」
「えっ?」
次第に立ち込めていた霧が晴れてきた。真っ暗な夜道が、月の明かりに照らされて、朧げに浮かんでくる。しかし、その道は、今までのようなアスファルトで舗装された道ではない。周囲が開け、轍のある砂利道のそこかしこに草が生い茂っている。
いつの間にか街灯もなくなり、今まで道の左右に疎らにあった住宅の群れもなく、当然そこから漏れる灯りもない。それどころか、民家はおろか、道の左右は背の低い草むらと疎林ばかりだ。広々としていて、視界を遮るものとて何もない。
どこからか、ちり~ん、ちり~ん、と鈴の音が聞こえてきた。
「おい、ここ、どこだ?」
すっかり周囲の景色が変わってしまった。百年くらい時代を遡ってしまったような感じだ。いや、この周囲にまったく何もない様子、もしや江戸時代か?
さわこは少し先の、太い木の根元をじっと見つめたまま動かない。
「おい、さわこ、どうしたんだよ?」
「見えるの。あそこに・・・」
指さす先の太い木の根元に、この夜の闇よりも深い、黒い塊のようなものが見える。
ちり~ん ちり~ん
どうやらさっきの鈴の音は、あの黒い塊の中から聞こえてくるようだ。よく見ると、その黒い塊は少しずつ、こちらに近づいてくるように見える。
じっと目を凝らす。すると、その黒い塊が月の光に照らされて、次第に顕わになり、輪郭を帯びてきた。
それは右手に鈴を持って鳴らしながら、左手に提灯を持ってこちらに近づいてくる着物姿の男だった。着流しに、しかしその顔は長いざんばら髪が掛かっていてよく見えない。
ちり~ん ちり~ん ちり~ん
鈴の音と共に、こちらに少しずつ近づいて来る。
――やばい。なんだこれ・・・。これが妖怪、いや、もののけか? なんでこんなモンが見えるんだ? さわこと一緒だからか? 今まで一度だってこんなものと出会ったことはなかったのに。信じられない。本当にこんなことがあるなんて・・・。
「お、おい、さわこ、あれが妖怪か?」
「た、たぶん、そうだと思う、けど・・・」
――ん? え? なに~~?
あろうことか、気が付くと我が頼もしき「もののけハンター」さんは、俺の背後から制服の両脇を掴み、盾代わりにしてその後ろに隠れ、目の前の妖怪は全くと言っていいほど見ていない。
ちり~ん ちり~ん ちり~ん
もうあと二、三メートルのところまで来ている。
――に、逃げなきゃ。と、思った時、着物の男が静かに腕を擡げ、細く短い棒の先に吊り下げていた提灯を、まるで俺たちに見せるかのように掲げた。
突然、男が吊り下げている提灯の表面に人の顔が現れ、
うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ
奇声を上げて笑い出した。
「うわあぁぁ!!」
度肝を抜かれ、叫んで後ろに飛び退こようとした瞬間、逆に後ろから俺の背に、
「きゃあ、きゃあ、きゃあ、きゃあああ~~~!!!」
悲鳴を上げて、いきなりさわこが思い切り抱きついて来て、ぎゅうっと、しがみ付いた。
――お~わっ!! な、なんだ?
「さ、さわこ、お前何やってんだ? 逃げるぞ!」
「ま、待って、野原くん。私、まだあなたに言ってないことがあるの」
「な、なんだよ、こんな時に」
「私、実はすっごく、怖がりなの。ほんとはお化け屋敷とかもすっごい苦手で~~」
「はあ~~? なんだそれ、もののけハンターどこ行った?!」
「そんなこと言ったって、怖いものは怖いのよ~~」
ますます強く、ギュウ~と俺の背中にしがみつく。
「イテテテ、こら、離せ!」
「いやよ、絶対離すもんですか! 私を置いて自分だけ逃げるつもりなんでしょう!」
女の子に抱きつかれ、離さないとか言われて喜んでいる場合ではない。
「そんなことするもんか、いいから離せ!」
「ウソよ、さっき逃げるぞって、言ってたじゃない!」
叫んださわこはなんだか半分泣きそうになっている。
うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ
そうしている間にも、笑う提灯が、着流しの男の手を離れ、ぽっ、ぽっ、と口から火を吐きながら、ふわふわ宙を舞いこちらに飛んできた。
――ヤバイ、このままじゃ、焼き殺される!
「さわこ、目を閉じろ!」
「えっ? なんで?」
「怖いんだろ、いいから助手の俺を信じて言う通りにしろ!」
「わ、わかった」
ぎゅっと固く両目を閉じる。
「しっかり捕まってろ」
「うん」
しがみつく両腕にも力が入る。
笑う提灯の顔が大きく口を開け、ゴオォ~とまるで火炎放射のような長い炎を吹き出した。
俺は身体を捻り、さわこの両脚を右手で持って抱き抱えると、炎を避け、お姫様抱っこのまま地を蹴って舞い上がり、三メートルほど後ろに跳びすざった。人一人を抱えて跳び上がったのは初めてで、これくらいの距離が限界だった。
しかし、着流しの男と笑う提灯は、音もなく、いつの間にか、気が付くとあっという間に俺たち二人との間の距離を詰めてきた。
――チッ、妖怪ってのは物理の法則ガン無視かよ! まっ、俺もだけどな。
うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ
間近で響くその笑い声に、驚いて目を開けたさわこの目の前に、笑う提灯が再び迫って来た。奇声のような笑い声を上げているその顔は、正しく妖怪そのもので、例えようもなく、悍ましい。
目を開けた瞬間、まともにその顔を見てしまったさわこは、
「いやあ~~、怖~い!!」と叫んでそのままふうっと気を失ってしまった。
――ええ~~、マジですかぁ? そりゃないぜ、もののけハンターさん!
再度、さわこを抱えて大きく後ろに飛び退く。脱力状態のさわこを抱え直し、その顔を覗き込んだ。
「おい、さわこ! 大丈夫か? しっかりしろ! おい!」
目を閉じて白く美しいその顔に、少しおくれ毛が掛かっている。
――・・・ん? あっ、そっか、まあ、こいつが見てない方が逆に好都合か。
気を失い、ぐったりしているさわこを、注意深くそっとその場に寝かせた。
――妖怪に、俺の超能力が効くかどうかはわからないが、ここはやるしかない。とりあえず、火には、火か。
再び提灯が口を開ける。俺は発火能力で両手に火の球をつくると、大きくなった頃合いを見て、それを二つ続けて提灯妖怪が開けた、大きな口の中に投げつけた。
ちょうど炎を吐こうとしていた提灯の中で、許容量を超えた炎がボッと内側から燃え上がり、メラメラと火炎に包まれ、うひゃひゃひゃと笑いながらそれは地面に落下した。そうして一瞬大きく炎を上げたと見るや、そのまま消滅した。
――やった! どうやら俺の能力はあいつら妖怪にも有効らしい。そう、お互いバケモンだしな。
見ると、仲間の提灯妖怪がやられ、戦意を失ったのか、着流しの男はゆっくりと後退って行く。
「おいおい、冗談じゃない。このまま逃げてここに置いて行くなんてのはなしだぜ。俺たちを元の世界に戻してもらわないとな」
――せえ~の!
身を翻して跳び上がり、素早く男の背後に飛び着いて左腕を掴んだ。
バリバリバリバリ!
そのまま電撃を喰らわせて地面に押し倒した。
電気に焼かれ、ぶすぶすと煙を上げ、倒れたままこちらを見上げた男の顔が、縮れたざんばら髪の間から覗いて見えた。
いや、正確には見えなかったのだ。なぜなら男の顔は真っ黒なまま、混沌とした闇のごとくそこだけ渦を巻いていたから。
「ひっ!」
それを見て怖くなり、掴んでいた男の腕を離して慌てて飛び退いた。すると、辺りが再び薄っすらとした白い霧に包まれ出した。
「これはさっきと同じ・・・」
――結界が解けて、元の場所に戻る合図か?
すぐにピンときて、左右を見回し、さわこの傍に戻って、横たわっている彼女を抱き起した。
そのうちに霧が深くなって真っ白になり、ほとんど何も見えなくなった。
しばらくして気が付くと、次第に立ち込めていた霧が薄くなって、辺りが明るくなってきた。
「さわこ、おい、起きろ! さわこ!」
すっかり霧が晴れた時、気が付くと、俺たちはあのなんにもない荒野の一本道ではなく、駅の南口からすぐのところにある公園の中にいた。街灯に照らされて、二人のスクールバッグも近くに転がっている。
――どういうことだ? 戻って来たのか? それとも・・・
依然として気を失ったままのさわこを抱え、近くのベンチに座らせた。
「おい、起きろよ、さわこ!」
軽く揺さぶると、ようやくさわこが薄っすらと目を開けた。
「・・・野原くん」
「よかった。やっと気が付いたか」
「あっ、あの提灯の妖怪は!」
「もういないよ」
さわこがきょろきょろと左右を見回す。
「ここって…」
「ああ、駅前の公園みたいだな」
「そんな・・・。さっきのって、夢? そんなはず、ないよね?・・・」
「ああ、たぶん、実際にあったことだと思うぞ。二人そろってこんなところで同じ夢を見る訳ないしな」
「そう、だよね…」
「で、でも、だとすれば、これで妖怪や物の怪が本当にいるんだ、って信じてくれたでしょ? ねっ、ケタロウくん!」
「ケタロウ言うな・・・」
「でも、どうしてあいつら消えちゃったのかな?」
「ああ、いや、それはわからないけど、たぶん、人を脅かすのが目的だったのかも。きっと俺たちを怖がらせて満足したんだよ。」
「そうか、もののけにはいい物の怪とそうでないモノがいるって、おばあちゃん、言ってた。きっと今のはいい方の物の怪だったんだよ!」
――いい方の物の怪ってなんだ!? あいつらが? 俺たち殺されかかったんだが?
「そう、きっとおばあちゃんが守ってくれたんだよ。うん、きっとそうだ」
「宜野湾冴子か。だけど、さわこ、お前、俺に寺や神社で修行させるより先に、自分がその婆さんに鍛えてもらえよ。もののけハンターとしては、むしろそっちが先決だろ」
「それは無理だよ・・・」
さわこはふと哀しげに視線を落とした。
「なんで?」
「だって、――おばあちゃんはもう、この世にいないから。だからこそ、私がおばあちゃんの代わりに、もののけハンターにならなくちゃいけないの!」
顔を上げ、真剣な眼差しで俺を見つめた。
「そうか、亡くなっていたのか・・・、宜野湾冴子。悪いこと言っちゃったな。ごめん、知らなかったから。さすがのもののけハンターも、寄る年波には勝てなかったって訳か・・・」
「ううん、違うわ。おばあちゃん、亡くなる直前まで元気で、風邪一つひかずピンピンしていた」
「じゃあ、事故か何かか?」
「いいえ。殺されたの。おばあちゃんは・・・」
――そう、もののけに・・・
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