第3話 あなたしかいないの!!

  3


 五時間目開始のチャイムが鳴り響いている。


「お前ら何やってんだ、早く教室に入れ!」

 昼休みの彼らの恐怖体験など全く知る由のない山田先生が、廊下から恐る恐る教室の中を覗いていた数名の男子のお尻を、自分がスカートなのもお構いなく、後ろから軽く蹴って中に放り込んだ。


「おわっ!」

「どわっ!」

 叫んで次々とたたらを踏んで、中へと踊り込む。それを合図に、廊下にいたクラスの連中がドッっと教室に雪崩れ込んだ。教室内の机やイスは俺とさわこで元の状態に戻してある。


 昼休みの出来事を何も知らない山田先生のおかげで、午後も粛々と係決めなどのLHRが続いた。

 皆も落ち着きを取り戻したよう見えるが、休み時間になっても、さわこに近づく者はない。男子も女子も時々こちらをチラチラ見ながら、何やら囁き合っている。

 やはり、さわこが妙な能力を持っているらしいと勘違いされてしまったようだ。しかし当のさわこは全く気にする様子もなく、無言で一人泰然としている。


――はてさて、どうしたものか。


『あっ、さっきの怪現象みたいなヤツ? 実は俺がやったんだよねぇ~。いやあ~、別にみんなを脅かしたり、怖がらせたりするつもりはなかったんだけどね~。めんご、めんご』


 なんて軽いノリで今更言える訳もない。第一、あのポルターガイスト現象を起こしたのが俺だと言っても、恐らく誰も信じないだろう。

 もし無理にでも信じさせるのなら、もう一度同じことをすればいいのだろうが、そんな馬鹿な真似、出来るはずもない。

 さわこには悪いが、ここは今しばらく黙って成り行きを傍観するしかないか・・・。




 それから三、四日ほど経った、ある放課後のことだ。

 俺が帰ろうとして席を立つと、さわこは振り向いて俺を見上げて言った。

「野原くん、ちょっと話があるんだけど」

「えっ?」


 なんだ、どうした? まさかこの間のことで俺の能力のことがバレた? いや、そんなはずはない。あれ以来学校で能力は一度も使っていない。

 だが、待てよ。もちろんさわこは自分ではないのはわかっている。だからこそ、あの時必死で教室に妖怪や物の怪が居ないかどうか探していたのだ。

 しかし、何も見つからなかった。あたり前だ。物の怪なんぞ、そんなモンこの世にいるもんか。あの時教室に居たのは、この世界の異物。バケモノである俺だけだ。

 だとすると、あの時の状況から、俺のことを妖怪だとは思っていないにしろ、何かしら関係がある、ファクターの一つかも、と考えてもおかしくはない。

――まあ、いずれにせよ、中臣紗和子。少し警戒する必要があるな。よし、この誘い、断ろう。


「あ、いや、今日はちょっと、用事が・・・」

 スクールバッグを肩に掛け、行こうとすると、背後から声がした。

「そう、じゃあ、駅前のファミレスでいい? 私がごちそうするから」

 ――はあ? 


 思わず振り向いた。

「あ、だから、用があるって」

「ちょっと待って、すぐ用意するから」

 さわこはバタバタと帰り支度を始めた。

――ええ~~。なに、この人。話、聞いてます? 



 ・・・しかし、結局誘いを断り切れず、さわこの後をこの駅前のファミレスまで付いて来てしまった。こういう時、人に強く言えない自分が我ながら情けない。


 ドリンクバーから戻り、二人向かい合って席に着いた。

「よかったら他にも何か頼んで」

 さわこが自分でもメニューを見ながら笑顔で言う。

「あっ、いや、い、いいよ・・・」

「そう? 遠慮しないで。私が誘ったんだし」

 言いながらグラスにストローを刺す。


 さわこの真意が掴めず、何だか落ち着かない。いや、落ち着かないのはたぶん、さわこと二人で向かい合っているせいだ。彼女と一緒だと何となく人に見られている気がしてしまう。

――なんで、こんなかわいい子があんな奴と一緒に・・・。

 周囲からそんな声が聞こえてくるような気がする。俺はテレパスじゃないから、それが自意識過剰の幻聴なのはわかっている。



「あのね、野原くん、私が入学式の時に言ったこと覚えてる?」

「ん? あの、もののけハンターになるとかいうやつか?」

「ううん、そのあと」

「ああ、助手を募集するとかいう方か。もう見つかったのか?」

「う~~ん、それがまったく。まあ、元々本当に物の怪や妖怪が見える人なんて、滅多にいないわけだし、そんなに期待していたわけじゃないんだけど・・・。――あの日、あんなことがあってから、みんなが私を避けるようになって、誰も私に寄り付かなくなってしまって…」


――うっ! ああ・・・、いやぁ~、それに関しては大変申し訳ないことを・・・

「や、やっぱりみんな、あれは中臣さんがやったことだと思っているのかな?」 

 自分でも白々しい、と思いながらも一応聞いてみた。

「そうみたい。でも逆にそんな力があったら、誰も苦労しないんだけどね」

――えっ? どういうこと


「私ね、野原くん」

「う、うん…」

「妖怪とか、もののけとか、見えるんだけど、ただそれだけなの」

「はぁ?」 

「だから、そういうのが見えるのは見えるんだけど、ただそれだけなの」

「ん? だから、どういうこと?」

「だぁ~かぁ~らぁ~、物の怪や妖怪を見つけることはできるんだけど、そのあとで、それを祓ったり、退治したりはできない、っていうか・・・」

 言い終わって、俯き加減でさわこは少しもじもじしている。


――ええっ~~!! うそだろ!? そんなんでよく「もののけハンター」なんて、やろうと思ったな。

 ハンターって言うからには、物の怪を捕まえるってことだよね? 見えるだけであとは何も出来ませんって、そんなん、ただただ怖いだけじゃん! まあ、あくまでそんなモンがこの世の中にいると仮定しての話だが。

 なんなんだ、それは一体。頭イカレてるぜ。マズいぞ、いくら美人でもこれ以上得体の知れないコイツと関わり合うのは危険だ、と俺の危機察知能力、生存本能が力いっぱい叫んでいる。――妙なことに巻き込まれる前に、すぐにこの場を去らねば!


「ほぉー、そうなのか、それは大変だな、まっ、がんばれよ、じゃあな!」

 立ち上がろうとした俺の両肩を、先に立ち上がったさわこが押えた。

「待って!」 

 上からにっこりと俺を見下ろして笑う。

「野原くん・・・」

「は、はい?…」

「女の子の話は最後まで聞くものよ」

 言われて仕方なく、再度腰を下ろす。


「そ、それで?」

「だから、そういう訳で、どうしても私には私を助けてくれる有能な助手が必要なの!」

「な、なるほど。お前が妖怪や物の怪を見つけて、助手がそれを退治し捕まえる、それがお前の言う、『もののけハンター』というわけか」

「そう、そう!」

 我が意を得たりと、興奮してさわこが身を乗り出す。


・・・あー。やっぱないわぁ~。自分で妖怪や物の怪を退治したり、調伏したりできない、ただただ見えるだけの「もののけハンター」なんて・・・。ポンコツもいいとこじゃん。しかも、それを助手にやらせるなんて。


「そうか・・・。いい助手が見つかるといいな、陰ながら応援しているよ! それじゃ俺はこれで・・・」

 素早く立ち上がり、今度こそ行こうとした俺の腕を、同時に立ち上がったさわこが後ろから掴んで引っ張る。

「ちょ、ちょっと待って、てば~~!」

「イテテ、やめろ! 俺は帰る。用事があるって言ったろ、離せ!」

「いやよ、座ってくれるまで絶対離さないんだから!」

 女の子とは思えないような力で引かれ、ドスンと無理やり元の席に戻された。

「・・・て、てか、お前、この腕力があれば、助手なんていらなくない?」

 顔を顰め、まだ立ったままのさわこを見上げて言った。

「どういうこと? それにまだ何も言ってないじゃない。なんで逃げようとするの?」

「そんなん聞かんでもわかるわ! 俺にお前の助手をやれとか言うんだろ?」

 引っ張られた左腕を擦りながら言った。

「よくわかったね」

 真顔で言う。

「あったり前だ、この流れなら誰だってわかるわ!」


「ね、引き受けてくれるでしょう?」

「何度も当たり障りがないように断ろうとしていた俺の努力が、なんでお前には伝わらんのだ?」

「どうしてよぉ~。ねえ、お願い! あの日以来、女子だけじゃなく、あんなに助手なりたがっていた男子もみんな私を怖がって避けるの! だからもう・・・」


 私にはあなたしかいないの!!


 叫んださわこが身を乗り出し、目の前まで顔を近付ける。

「ほお~、それが本音か! それって、つまり、もう誰でもいいってことじゃんかよ!!」

 少々ムッとして声が大きくなった。

「そ、そ~んなことないよ~~!」

 言いながらさわこの目が泳いでいる。


――ああ、まったく。

「あなたしかいないの!」なんて、女の子のそういうセリフは、もうちょっと違う場面で聞きたかったよ。 

 それはともかく、それを言われると弱いな。そうなっちゃったのはほとんど俺のせいだしな・・・。

 ・・・でも、そうか・・・。

 教室ではまったく動じず、平然としているように見えたけど、コイツ、やっぱり本当は傷ついていたんだ。

 人に怖がられたり、避けられたりすることの辛さは、自分が一番、誰よりもわかっていたはずなのに。可愛そうなことしちまったな。


「ねえ、野原くんも、やっぱり私のこと、怖い?」

 哀しそうに俯いているさわこの目が潤んでいるように見える。

「あ、いや、俺は別に、そんなこと・・・、ないよ」

「ほんとうに? 怖くない?」 

 しおらしく、上目づかいで訊いてくる。その美しく憂いのある顔を見て、ゾクッとした。

「あ、ああ・・・」


「そう、そうか、怖くないんだ、私のこと。そっか、そうだよね~~、よし、じゃ、大丈夫、これで決まり! 今日からどうぞよろしく!」

「おい、ちょっと待て、なんか話がズレてないか」

「まあ、まあ、気にしない、気にしない!」

――おい、さっきのしおらしい態度、どこいった?

「いやいや、気にするわ!」 


「さあ、野原くんの『もののけハンター助手』就任祝いよ! 好きなもの、何でも頼んで! 私のおごり」

「こら、勝手に決めんな! お前、助手が見つからなくて、なんかヤケクソになってないか? 俺には妖怪も物の怪も見えないんだぞ。お前の助手なんて出来っこないよ」

「あはははは、平気、平気、私には見えるから大丈夫、安心して」

「いやいや全然安心できねえよ。俺に何をやらせる気だ! 大体、もののけハンターってなんなんだよ、なんでそんなことやりたいんだ?」


 この俺の問いに、さわこは急に真面目な顔になった。


「宜野湾冴子って知ってる?」

「宜野湾冴子? 誰?」

「昔、ずいぶんテレビとかにも出ていたんだけど」

「う~ん・・・、ああ、そう言えば、子供の頃心霊とか、怪奇現象なんかの番組によく出ていた婆さんが確かそんな名前だったような」

「それ、私のおばあちゃん」

「えっ、そうなの?」

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