第2話 人工的ポルターガイスト現象
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次の日の朝、俺が登校し教室に着くと、さわこの席の周りにはすでに人だかりが出来ていた。そのほとんどが男子生徒だ。中でも四、五人の男子が熱心に自分をアピールしているようだ。どうやら他のクラスのヤツも混じっているらしい。
困ったことに自分の席に着こうにも、さわこのすぐ後ろの俺の席には、誰か知らない奴が、当然のような顔をして座っている。
教室内での唯一の行き場を失って、途方にくれた俺は、バカみたいにその人だかりの前で立ち尽くした。
「ねえねえもののけハンターって、中臣さん、そういうのが見えるの人なの?」
「はい、見えます。あなたには見えるんですか?」
「あ、いやぁ、俺はそういうのは…。そんなことより、中臣さん今彼氏いるの? 俺と付き合ってよ」
「見えないんですね。そういう方に、私は興味がありません。お引き取りください」
そう言って一瞬チラリとそいつを見上げたさわこは、冷たい笑顔をつくり、何事もなかったようにまた前を向いた。
「お前に用はないってよ、どけよ。・・・どんな人がタイプ? 俺なんかどう?」
別の男が割り込んでくる。
「うるせえなぁ。今俺が話してんだから」
登校してから何度も同じような話をされているのだろう、黙って聞いているさわこの表情が次第に曇ってくる。
――おい、そこは俺の席だ、どけよ!
つかつかと連中に近づいて行き、
――中臣さんが困っているだろ、やめろよ、そういうの!
誰だか知らない奴が陣取っている、自分の席の前に突っ立って、そんなイケメン風のセリフや言動を夢想したりもするのだが、もちろん俺にそんな度胸はない。
そうこうしているうちに、朝のHR開始のチャイムが鳴る。
「あの、私が募集しているのは、もののけハンターの助手であって、ボーイフレンドではありません。ですので、そういうのが目的の人はどうかお引き取り下さい」
「あっ、はい!はい! 俺はそういうの見えま~す。恋人兼助手ということでどう? ぜひ付き合ってくださ~い」
また別の男が勢いよく手を挙げながらさわこに近づいて叫ぶ。
「見えるってお前、ウソつけ! 紗和子ちゃんは俺と付き合うんだよ」
そう言ってまた別の奴がその男を引き離そうとする。
と、その時「おい、てめえら、何してる、散れ!」と言いながら、担任の山田先生が指示棒をぶんぶん振り回しながら教室に入って来た。
「もうチャイム鳴ってんぞ、とっとと席に着きやがれ!」
瞬間、その剣幕に、さわこに群がっていた男子たちが蜘蛛の子を散らすように霧散した。他のクラスの連中は慌てて教室を飛び出して行く。
「たく、しょうがねえなあ。このエロバカ男子どもが!」
先生は黙っていれば、スタイル抜群の美人教師で通るのだが、行動が粗暴で何より口が悪い。昨日の入学式での着物姿と違い、今はジャージを着ている。
入学式での保護者の前での楚々とした山田先生の言動との、あまりのギャップにクラス中が唖然となった。
「おい、そこのお前!」
呼ばれたような気がして振り返り、先生を見て思わず俺は自分を指さした。
「そうだよ、お前だよ、お前。なにボケっと突っ立てんだ。早く席に着け、始めんぞ!」
「は、はい…」
「よし、号令!」
教卓の前まで来た山田先生はしかし、思い出したように言った。
「アッ、そうか、まだ係決めてなかったな、んじゃ、出席番号一番のヤツ、号令!」
「き、起立」
指示された出席番号一番の女子生徒がすぐに号令を掛けた。それに合わせてようやく、俺も自分の席に着くことが出来たのだった。
すぐにさわこが後ろを向いて話し掛けてきた。
「ごめんね、野原くん、ずっと座れなくて。迷惑かけちゃったね」
そう言って両手を合わせ拝むようにして謝ると、すぐに前を向いた。
――えっ? なぜ俺の名を知っている・・・
入学して最初の行事は在校生との対面式。続いて各クラスで記念写真の撮影。山田先生はいつの間にかジャージ姿からスーツにちゃっかり着替えており、ばっちりメークもしていて皆が驚いた。
余談だが、その後体育祭の日まで、先生のジャージ姿は一度も見られなかったので、もしかするとあの朝は寝坊して、実はあのジャージはパジャマだったのでは? と今では言われている。
その後クラスに戻って、長い、長い山田先生の自己紹介を皮切りに、生徒たちの自己紹介など、駆け足で午前の時間は流れ、入学して初めての昼休みとなった。
クラスの人間関係は当然ながらまだ出来上がっていない。クラスを跨いで同じ中学出身の者同士で集まったり、少しだけ仲良くなった者同士が集まったりして、自己紹介を兼ねながら、周囲はどこかよそよそしく、しかし初々しいランチタイムと相成っている。
そんな中、さわこは俺の前で、一人で静かに弁当を広げて食べている。俺と同じで、このクラス、いやもしかしたらこの学校に、彼女の知り合いはいないのかもしれない。
俺はと言うと、登校前にコンビニで買った卵サンドとミルクティーを取り出し、数回頬張って飲み下すと、すぐさま机に突っ伏した。いやいや睡眠不足のためなどではない。人との接触を断つためだ。これは中学の時のあの一件以来、ボッチを貫いてきた俺の昼休みにおける常態行動だ。
と、しばらくすると周囲が騒がしくなってきた。次第に人だかりが出来、どうやらまた朝と同じような状況になって来たらしい。
どこから湧いてきたものか、さわこの周りにわらわらと男どもが群がっている。狸寝入りを決め込んでいる俺にも、異様な人数の圧迫感だけは伝わってくる。
机に突っ伏し聞き耳を立てていると、朝と少しだけ違うのは、今度は同じクラスや、他クラスの一年生ではなく、二、三年の連中が中心らしいということだ。
入学式には会場のキャパの関係で、在校生は代表以外ほとんど出席していない。どうやらさわこの噂を聞いて、見物がてらノコノコやって来たらしい。
再び朝と同じようなやり取りが繰り返され、次々と男どもが撃沈していく様が聞こえてくる。ああ、またか…。不毛だな。
けど、この女、なんで昨日の入学式であんなことをしたんだろう。これだけの器量好しだ。悪目立ちをすれば、馬鹿な男どもが集まって、こうなるってことくらい、ちょっと考えればわかりそうなもんだ。
無自覚なのか、それとも単に大勢の男にモテたい、チヤホヤされたいだけの、「あざと女子」なのか。いや、いや、それなら他にもっといいやり方がいくらでもあったはずだ。言うにことかいて、もののけハンターなどと。だとするとあれはやっぱり本気なのか。
などと思っていると、廊下から素っ頓狂な、浮かれたような声が聞こえてきた。
「ああ、居た居た。あの子じゃね」
「うわっ、かっわいい、マジ俺タイプだわ」
「バ~カ、お前なんか釣り合わねえっての」
陽気な話し声が次第に大きくなり、机に突っ伏していても、数人がこちらに近づいて来るのがわかった。なにやら今までの連中より相当チャラそうだということが、彼らの会話の雰囲気でわかる。
コイツらが近づいてくると、今までさわこを取り囲んでいた男子たちがさあーっと波が引くようにいなくなったところからも、他の生徒達にあまり好ましく思われていない連中だということが知れる。
やや姿勢を変え、薄目で前の様子を窺うと、そいつらは四人組で、そのうちに馴れ馴れしくさわこの肩に手を置いたり、目の前に顔を近付けて、まじまじと顔を見ては嬉しそうに奇声を上げたりと、何やらやりたい放題し始めたようだ。
その時、一人がさわこの後ろの席で机に突っ伏している俺の肩に手を掛けた。
「よう、お前、そこどいてくんない?」
爆睡しているフリをして、無視しようかとも思ったのが、それで許してくれそうな連中でもなさそうだ。仕方なく顔を上げ、ぽつりと答えた。
「ああ? ここ俺の席なんで」
「いいじゃん、ちょっと代わってくれよ。紗和子ちゃんの後ろ姿を独占するなんて、ズ・ル・イぞ!」
ふざけた口調で俺の両脇を持って無理矢理立たせようとする。
「ほら、ほら!」
「やめろよ!」
立ち上がりながら、俺はそいつの腕を振り解いた。それを見ていた他の連中が、さわこのそばから俺の前に寄って来て取り囲んだ。
「おい、何だよ、お前」
「暴力はいけないなぁ」
一人がそう言って笑いながら片手で俺の胸を軽く小突いた。
「なんだ、お前よぉ、ちょっとどいて代わってくれって言っただけだろ、イキンなよ!」
最初のヤツがそう言うと、俺のシャツの胸倉を掴んで思い切り後ろに突き飛ばした。俺の席は教室の一番後ろだ。そのまま勢いよく背後の黒板にぶつかって後頭部を打ち、ズルズルと崩れるようにその場にうずくまった。
「野原くん、大丈夫!?」
すぐにさわこが立ち上がって駆け寄って来た。
「イッテエ…」
右手で後頭部を押えながら俺は呻いた。
「ちょっと、あなた達、何するんですか!? 用があるのは私なんでしょう、野原くんに乱暴しないで!!」
両手を広げ、さわこがうずくまる俺を背にして、連中の前にすっくと立ちはだかった。唇を噛みしめ睨んでいる。
「なんだよ、ちょっと頭ぶつけただけだろ」
「何言ってんの、あやまりなさいよ、あんたが悪いんでしょ!」
俺を突き飛ばしたヤツに向って言う。
「そいつ、大袈裟なんだよ」
別の一人が言う。
「ああ、もういいんだ、中臣さん。大丈夫だよ」
俺はまだ頭を押えながら起き上がって言った。これ以上騒ぎになって目立つのは御免だ。
「こいつ、ちょっとかわいいからって、調子乗んなよ、何がもののけだ、頭おかしんじゃねえの」
「そんなモン、いるわけねえだろがよ!」
「そんなの今、関係ないでしょ、ふざけないで、野原くんにあやまりなさい!」
さわこは三年の気の荒そうな、チャラい男子連中相手に一歩も引く気配がない。
――まずい、このままじゃ…。
女の子にここまで言わせて、このまま何もしないでその後ろに隠れているんじゃ、俺の男が廃る。・・・なんて柄ではないのだが、まあ仕方がない。
高校に入ったらこの住みにくい世の中を、極力人と関わらず、上手に、大人しく生きていこうと決めたばかりなのに…。
――ああ、ここでもまた、俺はバケモノ扱いか…。
ガタッ、ガタガタガタ。微かに、次第に大きく、教室中の机が震え出し音を上げた。
「なに、この音?」
「えっ、うそ!」
今まで遠巻きに騒ぎを見ていた教室中の生徒たちがざわめき出す。
ガタガタと震えていた机が次々と、スーッ、スーッと滑るように勝手に動き出した。それを見た女子が一斉に悲鳴を上げる。
続いてバン!!と音をあげ、掃除用具入れの扉が開いた。中から数枚の雑巾やちり取り、自在ほうきが飛び出し、グルグルと宙を舞った。
宙を舞っていたほうきが一本、その柄を下にして、ぶんっと槍のように四人の方に飛んできた。
「うわっ!」四人が叫んで、跳び上がってそれを避けた。
見ていたクラスの生徒たちが全員、悲鳴を上げ次々と教室を飛び出して行く。
「なんだよ、コレ?」
「お前がやったのか?」
「こいつ、何しやがった!」
「逃げろ、殺されるぞ!!」
さっきまでいきり立っていた三年の男子たちは口々に叫ぶと、顔色を失い、転びそうになりながら教室を駆け出して行く。
最後の一人がこちらを振り返って叫んだ。
「中臣紗和子、何がもののけハンターだ。お前がもののけじゃねえか、このバケモン!!」
――えっ?
その瞬間、ガタガタ、ギーギーと教室内を動き回っていた机たちはその動きを止め、浮力を失ったほうきや雑巾、ちり取りがバタバタと床の上に落下した。
教室には俺と中臣紗和子の二人だけがポツンと取り残された。
――しまった、しくじった。今のポルターガイスト現象が、中臣紗和子の仕業にされてしまった。
そう思い、さわこの方を見遣ると、彼女はそんな言葉を気にするふうでもなく、夢中でキョロキョロと教室のあちこちを、何か探し物でもするように見廻している。
「おかしい、何も居ない。なのに、なんで・・・」
「あの、ごめん、中臣さん。こんなはずじゃ・・・」
俺の声に反応して、我に返ったようにさわこが訊いてきた。
「大丈夫? 野原くん。怪我はない?」
「ああ、俺は大丈夫だけど…」
「ほんとうにごめんなさい。私のせいでひどい目に合わせちゃって。でも、どうしてあなたは逃げなかったの? まあ今のアレは私がやったんじゃないんだけど…」
そう言うとまた教室中を見廻している。
「ああ、それはわかってるよ」
「だけど、変なの」
「へん? 何が?」
「あんなすごいポルターガイストを起こせるくらいだから、かなり強力な妖怪か、もののけがここに居たはずなのに、どこにもその姿が見えなかったの」
「妖怪?」
「うん。いつもならああいう不思議な現象が起きる時は、その原因となる妖怪の姿が必ず見えるはずなんだけど・・・」
な、なんだ、コイツ。何を言ってる?
「あの、中臣さん、本当にその・・・、妖怪とかが見えるの?」
「ん? そうよ、当たり前じゃない。そうじゃなきゃ、もののけハンターになんか、なろうと思わないよ」
そう言うと、いたずらっぽく笑った。
「ま、まさか…」
――う、ウソだろ。超能力を持つこの俺でも、物の怪やら妖怪やら、そんな怪しげなモン、一度も見たことがないぞ。
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