貴方の瞳に恋した私を貴方の熱で溶かして

三途ノ川 黒

序章


 河合 春は意識が朦朧としていた。

 愛おしい男に組み敷かれ、なんだかいやらしい音を立てながら唇を貪られる。

 キスをしたことがないわけではない筈なのに、なんだかこの行為が”初めてのキス”のようだった。

 こんな気持ちのいい行為があるんだ……。

 春は必死に最愛の男、武藤 辰にしがみ付いてこの快楽の波に溺れていた。


「―――……っん、はぁ……」


 少しの間、辰が春から離れた。

 それは、快感に蕩ける春の顔を見たかっただけなのだが、春は、「やぁ……」と切なく声を漏らした。


「……どうした??」


「……もっと、もっとしてください……こんな気持ちいの、はじめて……」


 溶けちゃうの―――……。

 と、好いている女に涙目で強請られて、正気で入れる男はいなくて。


「……そうか、溶けちゃうのか。キミは、春は可愛いな。……もっとよくしてあげるから、覚悟して」


 春は、それからのことを、断片的にしか覚えていない。

 なんだか、恥ずかしいことをされた気もするし、恥ずかしいことを言われた気もするし、恥ずかしいことを言った気もする。


 だけど、これだけははっきり言える。


 あれだけ元恋人たちを悩ませ、不機嫌にし、春も自信を無くす原因になった、”行為でイケない”ということが解消したのだ。


 つまり、彼女は辰とセックスをし、何度も絶頂させられたのである。


 それは、一概には言えないが、行為に対する嫌悪感や罪悪感から春が元恋人に身を預けられず、委ねられず、身体が行為の際に強張っていて、絶頂に至らなかったのでは、と、初めての絶頂(しかも複数回)をして意識を失っていた春が目を覚ましてぼぅ、としていた時に、辰は半裸で愛用のセブンスターを吸いながら、分析した。


 確かに、何故か、春はこの最愛の男には安心して身を任せられたのである。

 辰の、一挙一動が、春の全てを包み込むようで、優しくて、あれよあれよと溺れさせられてしまった。


 しかも、身体の相性だけでなく、精神面での相性も、この二人はとても良かった。

 元恋人には、自信がなく、不安症で寂しがりなところからか、陰険で重たい女、と侮蔑された春だが、恋人には尽くして、甘やかして、どろどろにしてやりたいタイプの辰と恋人になり、春は和歌山、辰は東京で遠距離をしている間でも、辰は在宅のデザイナーで都合はいくらでもつくし、春が「会いたいです」と一言言えば、その夜の夜行バスででも駆けつけて抱きしめ、何度でも愛を囁くと、次の出勤日には先輩従業員に「あら、今日はご機嫌やね!」「肌艶いいな!!」と揶揄われるくらいに、幸せで女性ホルモンが大放出するのである。


 だがしかし、辰には難癖があった。

 有名企業のデザイナーをしていて、今まで独身で、四十五才。

 収入も、貯蓄もある彼は、春が興味を持った物を直ぐ彼女に買い与えるのだ。

 春は、そんなにもらっても返せない、と言って嫌々するのだが、なにぶん意地悪なこの男、そんな嫌々も可愛いと思っているようで、「この後、十分返してもらうから」と悪戯に笑って春を赤面させるのだ。


 そんなお熱い二人が出逢ったのは、ある年の四月のことだった。

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