第3章:亡者たちの饗宴

 麗子の意識が再び浮上したとき、周囲の景色は一変していた。幻想的な光景は消え、代わりに広大な宴会場のような空間が広がっていた。天井は見えないほど高く、壁には無数の蝋燭が揺らめいている。


「ここは……?」


 麗子が呟くと、その声に応えるように、遠くから歓声が聞こえてきた。


「さあ、お待ちかねよ」


 紫乃が麗子の手を取り、宴会場の中心へと導いていく。近づくにつれ、そこにいるのが様々な時代の衣装を身にまとった女性たちであることがわかった。


「皆、あなたを待っていたのよ」


 紫乃の言葉に、麗子は戸惑いを隠せない。なぜ自分を?


 宴会場の中央に立つと、女性たちが一斉に麗子を見つめた。その視線に、麗子は身震いした。欲望、憧憬、嫉妬、様々な感情が混ざり合った複雑な眼差し。


「麗子さん、ようこそ」


 艶やかな着物を纏った女性が近づいてきた。その美しさに、麗子は息を呑んだ。


「私は菊乃。平安時代の遊女よ」


 菊乃は麗子の頬に触れ、その感触に麗子は体の芯まで熱くなるのを感じた。


「あなたの魂の美しさに、私たちは惹かれているの」


 次々と女性たちが近寄ってくる。ルネサンス期のイタリアの貴婦人、江戸時代の花魁、1920年代のフラッパー……。それぞれが麗子に触れ、その温もりが麗子の体を包み込んでいく。


「さあ、私たちと一緒に」


 紫乃の声が響く。麗子は抵抗する間もなく、女性たちの渦の中心へと引き込まれていった。


 柔らかな唇が麗子の首筋を這い、繊細な指が衣服の隙間に滑り込む。麗子は甘い吐息を漏らし、その快感に身を委ねた。


 「あっ……はぁ……」


 麗子の意識が朦朧としていく中、様々な時代の女性たちの存在が彼女を包み込んでいった。それぞれの女性が持つ独特の香りや肌触り、声の響きが、麗子の感覚を刺激する。


 麗子の意識は朦朧としながらも、様々な時代の女性たちの存在を鮮明に感じ取っていた。それぞれの女性が持つ独特の香りや肌触り、声の響きが、麗子の感覚を刺激し、彼女の内なる可能性を目覚めさせていく。


 平安時代の貴族の女性の長い黒髪が、麗子の肌を撫でる。その感触は絹のように滑らかで、麗子の全身に優しい震えをもたらす。貴族の女性の声は、風鈴のように澄んでいた。


「あなたの美しさは、時代を超えて輝いているわ」


 その言葉に、麗子は自分の内なる美しさに気づき始める。


 江戸時代の花魁の指先が、麗子の唇を辿る。その動きは優雅で、深い情熱に満ちていた。花魁の声は、熟した果実のように甘美だった。


「あなたの唇は、最高の酒よりも甘美ですわ」


 麗子は、自分の中に眠っていた官能性に目覚めていく。


 1920年代のフラッパーの手が、大胆に麗子の腰に回される。その仕草には、時代を超えた自由と解放の喜びが込められていた。フラッパーの声は、ジャズのリズムのように躍動的だった。


「あなたのリズムに、私の心は踊り出すわ」


 麗子は、自分の内なるリズムと自由を感じ取る。


 これらの女性たちとの交流を通じて、麗子は単なる肉体的な快感を超えた、魂の深いところでの共鳴を感じていた。それは、麗子の中に眠っていた様々な可能性が目覚める瞬間でもあった。


 麗子は、自分がこれほどまでに多面的で深い存在であることに驚きを覚えた。それぞれの時代の女性たちが持つ独自の魅力と知恵が、麗子の中に溶け込んでいくような感覚。


 この経験は、麗子に新たな自己認識をもたらし、彼女の意識を次の段階へと導いていった。


「私が……こんなにも愛されるなんて」


 麗子の声は、驚きと喜びに震えていた。彼女の目には、これまで見たことのない光が宿り始めていた。それは、自己への新たな気づきの光だった。


 各時代の女性たちの愛し方は、それぞれに異なっていた。しかし、その根底にある情熱は同じだった。麗子は、その情熱に包まれながら、自分自身の新たな一面を発見していく。


 このシーンは、麗子の自己発見の旅の一部であり、彼女の意識が次の段階へと移行していく瞬間を象徴している。


 しかし、その最中にも、麗子の心の奥底では葵の顔が浮かんでは消えた。現世への未練なのか、それとも……。


「麗子……麗子……」


 女性たちの声が重なり、麗子の名前を呼ぶ。その声は次第に遠のいていき、代わりに別の声が聞こえてきた。


「麗子、お願い。戻ってきて」


 それは、葵の声だった。切実な願いが、麗子の心を揺さぶる。


 紫乃の表情が曇る。「執着を捨てるのよ」と諭す紫乃と、「生きる価値がある」と訴える葵。麗子の心は激しく揺れ動き、進むべき道を見失いそうになる。


「現世への執着を捨てられないのなら、あたしに執着させてあげる」


 そう言うと紫乃は、他の女性たちを押しのけるようにして麗子に覆い被さった。その愛撫は、これまで以上に激しく、執拗だった。


 麗子は、その快感に抗う術を持たなかった。紫乃の指が麗子の最も敏感な部分を的確に愛撫し、その唇が乳房を貪る。


「あぁっ! 紫乃……そんなに……」


 麗子の声が、嬌声へと変わっていく。しかし、その快感の中にあっても、葵の声は消えることはなかった。



「麗子……あなたは私のもの」


 紫乃の声は、低く、切実だった。その言葉に、麗子の心臓が激しく鼓動する。


 紫乃の指が麗子の肌を辿る。その感触は、麗子の記憶にある以上に鮮明で強烈だった。麗子は、その愛撫に抗う術を持たなかった。


「あぁ……紫乃」


 麗子の声が、甘く切ない響きを持つ。紫乃の唇が麗子の首筋から鎖骨へと移動していく。その動きに合わせて、麗子の体が反応する。


 紫乃の愛撫は、麗子の最も敏感な部分を的確に捉えていく。それは、生前の記憶を超えた熱情に満ちていた。麗子は、その快感に身を委ねていく。


 この瞬間、二人の魂が深いところでつながっているような感覚が麗子を包み込む。それは肉体的な結合を超えた、存在そのものの融合だった。


 麗子の意識が次第に朦朧としていく中、紫乃との一体感だけが鮮明に残っていった。それは、現世では決して味わうことのできない、魂と魂のぶつかり合いだった。


 絶頂に達したとき、麗子の意識は再び霞み始めた。紫乃と他の女性たちの姿が、光の粒子となって消えていく。


「忘れないで、麗子。あなたの選択が、全てを決めるのよ」


 紫乃の最後の言葉が、麗子の心に刻まれた。


 意識が闇に沈んでいく中、麗子は自問自答を繰り返していた。自分は何を求めているのか。生への執着か、それとも解脱か。


 そして、次の試練への予感とともに、麗子の意識は再び闇の中へと沈んでいった。

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