第48話 銀髪巨乳お姉さんの手作り弁当……そして愛の重さに比例して豪華になるお弁当

 昼食は博物館中央の中庭で食べることになっていた。クラスの皆と集まって芝生の上にレジャーシートを広げ、仲のいいグループごとに分かれてわいわいと騒いでいる。

 その喧騒はこもることなく青空に抜けていくか、百メートル先の建物にもわずかに届く程度。思ったよりもずっと広い中庭は公園のようで、四方を囲む展示物がガラス越しにディスプレイされていてなかなかシャレた光景だ。

 俺――朱宇しゅうたち三人は氷河期をモデルにしている白いブースの前に陣取った。シャノンがごそごそと漆塗りの高級感溢れる箱をバッグから引っ張り出したところで、俺は「へー」と口を開いた。


「そこは和風なんだな。実家は洋館なのに」

「うん。でも洋風の弁当箱なんて見たことないだろ」

「まあな、海外は弁当の文化はないらしいから。紙袋にサンドイッチと甘ったるいジュースってイメージだ」


 金髪少女のシャノンに純和風の弁当箱という組み合わせは逆にエキゾチックなのが妙に面白い。日本かぶれの留学生感が凄く出ていた。


「私はそれでも良かったんだが、そんなものは出せないと言われてしまってな。でもこれでもまだ大人しくなった方だぞ? 最初は重箱で作るとか言ってたから」

「そりゃ気合が入ってるな……」

「まったく困ったものだ。弁当がいると言えば『お嬢が弁当って……ついにお友達とピクニックに……ほとんど家から出ないから心配だったがついに』って変に張り切るんだからな」


 腕組みをし、ふぅ……と息をつくとシャノンは不満げに口をすぼめた。


「失礼な奴らだ。校外学習だというのにピクニックと勘違いして」

「失礼なのそこか?」


 思わず俺は苦笑した。

 シャノンだって勘違いしてばかりなのによく言うもんだが、屈強なボディーガードたちが友達のいないことを心配しているなんて強面な顔に似合わず優しい奴らだ。

 そういえば今朝見送る時なんて、戦争映画で出そうな人たちが揃いも揃って恭しくシャノンに弁当を渡してからめっちゃ優しい顔で見送っていた。娘か妹の入学式で見せるような反応だったが、彼らが作った弁当……普通に中身が気になるな。

 そう思った俺はシャノンが漆塗りの蓋を開けるのを黙って見ていた。


「そんなことより中身中身。二段あるけど、何かなー?」


 クレアも興味あるようで自分のバッグそっちのけでにじり寄ってくる。


「普通でいいって言ったからそんな大したものじゃないと思うが……」


 そう呟きながらシャノンが蓋を開けると、色とりどりのおかずが入っていた。狐色のエビフライと唐揚げにころころしたコロッケ、仕切りを挟んでプチトマトとポテトサラダにサニーレタス。そして二段目には、半月形のキュウリと桜の花びらのようにくり貫かれたニンジンが乗ったいなり寿司と赤しそや昆布を混ぜ込んだ楕円形のおにぎり。なかなか手の込んだメニューだが、よく見ると弁当の蓋の裏には抗菌シートまで張ってあって主婦力が高いことが窺える。


「たしかに高級食材とかは使われてなさそうだけど、運動会くらいでしかお目にかかれない気合の入り方だな」


 俺が感心の眼差しを弁当に送ると、クレアは涼しい顔で頷いた。


「まぁなかなかだねぇ。うん、あとはデザートがあれば最高だったね」

「お弁当にそこまで求めるのは間違ってるぞ」

「シャノンちゃんには分からないかなぁ。ゼリーとかチョコとか、そういうささやかなものでいいんだよ」

「お前はなんでそんな上から目線なの……?」


 やれやれと首を振る赤毛に、俺は面倒そうに細めた視線を送った。


「シュウくん、忘れたの? 私たちにはあのまりりんが作った手作り弁当があるんだよ?」


 そうだった。こちらにも負けず劣らずのスペシャル弁当があるんだった。

 残念ながら一緒に食べる約束をしていたマリーさんは仕事が長引いて来られないらしいが、それでもマリーさんが作ってくれたこのお弁当は確かに俺の手元にある。


「さぁ見せてやって……! 爆乳美人の手作り弁当を……!」

「お、おう……!」


 クレアに促されるままに蓋を開けると、そこには黄色い生物が横たわっていた。

 卵で形作られた丸っこい胴にグリンピースのつぶらな瞳。口は海苔で猫の口のような形に整えられ、足と思われるところにも海苔がついている。

 いわゆるキャラ弁というやつか……たぶん、ハムスターだろう。オムライスベースで作られているから毛並みこそつるつるテカテカだが、所々にかけられたケチャップが傷口を表現しているようでなんとも食欲をそそらない。周りに添えられたブロッコリーと花形にくり貫かれたニンジンが死者に手向けられる花々のようで、お葬式の最後に棺桶に花を入れるあれに見えてなおさらげんなりする。

 しかもよくよく黒い弁当箱の蓋を見てみると白地で大きく『EAT食べろ』と書いてあるし、実に滑稽だった。


「う、うん。いやぁおもしろい! 良く出来てるよ、かわいいかわいい」

「そうだねシュウくん、可愛いね。たぶんこのケチャップのところ卵つつむ時に破れたの誤魔化すために垂らしたんだねぇ」

「誤魔化したって……あ、ホントだ」

 箸でケチャップをずらすと裂けた卵からチキンライスが覗いていた。

 なんといじらしい工夫なんだ……あまり料理になれてない感があって非常にグッドだ。

 感無量な面持ちの俺に応えるように、クレアもニマニマと笑いながら自分の弁当箱を引っ張り出した。

 バッグから出たそれを見ると、シャノンが呟く。


「そっちは二段か……」

「まあね。お弁当は愛の重さに比例して豪華になるからね」

「ほほう。ではどれほどのものか見せてもらおうか」


 俺がそう言うと、蓋が取られ、中から棒状の茶色い物体が顔を出した。


「ん? なんだこれ……?」

「うっはぁー……シリアルバーじゃんしかもチョコ味の……!」

 微妙な反応を見せる俺を尻目に、静かに色めき立ちながらクレアがさらに下段の箱を開けた。

 その中には、小さなメロンパンが二つだけ入っていた。

 一つ目にシリアルバーで二つ目はメロンパン。なんだろう……この買ったものを詰めただけの手抜き感は。見ていて悲しくなってくる。

 俺は思わず呆れ顔を作った。


「おい愛の重さ……」

「凄いよこれ。まりりんの愛がいっぱい詰まってる。私の好きなのばっかりだぁー」

「なるほど、そういう解釈か」


 クレアがお宝を見つけた時みたいな満面の笑みを作ると、シャノンは得心がいったとばかりに頷いている。

 どう取り繕っても手抜きでしかないお弁当だが、本人が喜んでいるのなら外野がとやかく言うことじゃねぇよな。このお弁当披露会は幕を閉じ、俺たちはようやく食べ始めた。


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