6 いつか忘れて

「ごめん」

 言い切った。僕はのぞみを、突き放したのだ。

 でも、自分の思いを裏切ることはできなかった。

 いや、くいを裏切ることができなかった。

 僕は続ける。

「君はのぞみで、くいはもういない人なんだと、分かってる。

 でも俺は、どうしてもくいのことを忘れることはできないと思った。

 のぞみはのぞみで、良いところがたくさんあって、でものぞみが今ちゃんと真実を言ってくれたことで、俺は確かに、のぞみは本当に良い人なんだなって思ったよ。

 でも俺は、やっぱりくいが好きなんだ。

 もういない、君の、前だった君のことが好きと思ってしまったんだ。

 のぞみの期待に添えなくて、ごめん。

 でも俺は、のぞみを幸せにすることはできない」

 言うしかなかった。

 辛かった。でもそれは、僕にはどうしようもないことだった。

 のぞみと触れていく中で、いつか僕は変われると思った。

 でもそれは結局無理だった。

 変わらないものもあった。

 変われない者が僕だった。

「ふふっ」

 それから、のぞみは自嘲的に笑った。

「何ですか――それ?」

 のぞみは続ける。

「私はいい人だとか、前の私を好きと思ってしまったとか、なんだかばかみたいです」

 決して本心でそれを言っているわけではないことが、僕には分かった。

 のぞみは自分を守るために、少しでも僕に自分を忘れさせるために、それを言っているのだろうと思った。

「私、あなたのことが嫌いになりました。

 もう二度と、あなたに会いたくありません。

 散々期待させておいて……本当、最低だ」

 のぞみは僕に毒づいた言葉を、泣きながら言った。

 僕は何も言わなかった。言うこともなかった。

「さよなら、もう私を見ても話しかけないでください」

 そう言い放つと、のぞみは僕の目も見ずに、川の畔を札幌の方角へと歩いていった。

 僕はいつまでもそのうしろ姿を見ていた。

 その背中は以前よりもなんだか大きくなっている気がした。

 僕は追いかけも、話しかけもしなかった。

 ただそこにじっと佇んでいた。

 まだ昼の、太陽が真上に上がるその時間。

 川面を風が吹き抜けていく。

 バッグの中には、バイトで溜めた、のぞみに渡そうと思っていた五十万が入っていた。

 雨が降り出した。

 でも僕は傘も差さなかった。

 やっぱりずっとそこにいた。

 後悔はしなかった。

 これが一番良い道なんだと信じていた。

 そして、僕はその中でくいのことを思っていた。

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