第七話 「荷物」

 少女を売り払って得た金額は金貨五枚だった。

 奴隷禁止運動がなされている現代において、比較対象が少なく、この価格が高いか安いかは分からない。

 しかし、かつての人魔大戦頃の奴隷一人あたりの価格を鑑みれば、あまりにも破格なものと言わざるを得ない。

 当時は働き盛りの健康な成人男性が銀貨三枚で取引されていたのだから。



◇◇



 少女を売り払ってから何週間か過ぎた。


 その間も当然のように依頼を受け続け、遂に今日、受付嬢から、今回の依頼達成で昇級ポイントがボーダーに達すると告げられた。

 つまり、今日の依頼を何事も無く終えれば、明日には昇級試験を受けられると言う事である。


 そして今日ロベルが受けた依頼は、荷物配達。

 しかし、ただの荷物配達では無い。届け先は、領主ヴィーゼル辺境伯の住まう城館だ。


 ヴィーゼル辺境伯の妻である伯爵夫人は、花を愛でるのが趣味らしく、今回届ける荷物の中身はその花と言うことらしい。

 本来貴族へ荷物配達をする人間は、大商会の運送人等、身元が確かで荷物が必ず届くと保証されているような人間だ。間違っても、粗野な人間の多い冒険者組合の、それも七級冒険者に依頼して良いものでは無い。どこの馬の骨とも知れない餓鬼に大事な荷物を運ばせるなど、普通ならまず有り得ない。


(何を考えている。それとも、何も考えていない馬鹿なのか?)


 ロベルは伯爵夫人に対して不敬な考えを抱きつつ、組合から渡された荷物を持って城館へ向かった。




 城館に着き、門を守護している門衛に依頼の事を伝えて荷物を渡そうとすると、門衛はこれを拒否した。

 荷物を配達してきた人間をそのまま通し、直接自分に渡させるように、と伯爵夫人から命令が下っていたらしい。


 門衛はロベルへ身体検査を行うと、ダガーを取り上げた。

 帰り際に返却すると言い、ロベルへ伯爵夫人のもとへ急ぐよう促した。

 ロベルは渋々頷くと、門衛を一度睨め付け、その場を去った。


 城館の扉の前に着くと同時に扉が開き、品の良い老執事が迎えた。


「荷物を届けに来た」

「はい、カザミーナ様から伺っております」


 カザミーナ様は奥の部屋でお待ちです、と付け加えると、老執事は歩き出した。

 老執事に案内された部屋は、中に伯爵夫人が居ることを踏まえたとしても、七級冒険者風情を通すにはあまりにも豪奢で上品、そして──。


(何だ、この臭いは⋯⋯?)


 漂う蠱惑的な臭い。

 常人なら、淫靡な匂いと脳味噌が勝手に変換してしまうだろうが、ロベルは違う。

 裏の世界で嫌という程嗅いだ事のある臭いだ。しかし、ロベルの記憶にあるものと少々異なるような気もする。


 開かれた扉の前で臭いを訝しみながら佇んでいると、後ろで控えていた老執事が中へ入るよう促してきた。

 ロベルは仕方無く中へ入る。


 部屋の中には何故かベッドがあった。それも、廃棄予定のものとか、使用人が使っているとか、そういった雰囲気では無く、高貴な人間が日常的に使っているような、上品さと少しの生活感を残した天蓋付きベッドだ。


 周囲を見渡せば、やたら豪奢な机や椅子、化粧台まであり、その上には鏡が置いてある。

 明らかに貴人の私室だ。しかし、この部屋を使う貴人の姿は見当たらない。

 思えば、最初から部屋の中で待っていると言われていた伯爵夫人の姿も見当たらない。


(まさか⋯⋯)


 「お前、この部屋は──」


 ロベルが言葉を紡ぐが早いか、老執事によって閉められていた扉が勢い良く開かれた。


「あぁ、この子なのね。可愛らしいわ」

「伯爵夫人⋯⋯?」

「ええ、そうよ。私が辺境伯家当主アルフォンス・フォン=ヴィーゼルの妻、のカザミーナ・フォン=ヴィーゼルよ」


 現れた妙齢の女は、自らを伯爵夫人であり、当主代理と名乗った。

 僅かに頬を上気させた美麗な伯爵夫人はあまりに美しく、官能的だ。

 腰まで伸びた艶やかな金髪、豊満な乳房、良くくびれた腰。どれを取っても超一級品と言える。


「さあ、坊や。私は花を愛でるのが大好きなの。こっちへおいで」


 伯爵夫人はそう言い、身につけていたガウンを脱ぎながら、ロベルをベッドへと誘った。

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