盗賊王の奇譚

金網滿

序章

プロローグ

 少年がこの世界に生まれ落ちてから十年が経過した。


 その少年は生まれながらにして不幸な子供であった。

 母親は娼館に属さない野良の娼婦で、表の世界の影である貧民街で運悪く客の子を身篭ってしまい、碌に設備も無く衛生環境の悪い場所で少年を出産した。


 今日の食事にも困るような貧民街では、当然栄養価の高い妊婦用の食事等存在しない。

 痩せ細った体は、無理を重ねて低体重児を出産すると、苦悶の表情を浮かべたまま息絶えた。


 地獄のような環境に生まれ落ちた新生児は、眼前で死に絶えた母親を死姦する壮年の男のもとで、四年間、この貧民街で生き残る術を教わった。


 壮年の男は元盗賊だった。表の世界でもそこそこ名の知れた盗賊団の一味であった男は、少年に盗賊の伊呂波を徹底的に教え込んだ。まるで、過去の精算を果たすかのように、少年を自らの遺産とするかのように。


 少年が四歳の時、壮年の男が死んだ。死因は自殺だった。

 丁度その日は少年の誕生日で、薄汚れたテーブルの上には、男が愛用していたダガーとそれを誕生日プレゼントにするという旨の手紙が置いてあった。

 少年は視界の端で揺れる両足を気にしないよう努め、ダガーを拾い上げてその場を立ち去った。

 言いようの無い感情を抱き、謎の嫌悪感から手紙を持ち去る事は出来なかった。


 それから六年、只管ひたすらに盗賊としての技能を磨き続けた。

 この貧民街で生きる限り、必然的にそうせざるを得なかったし、少年もそれに対して何も思う事は無かった。

 年齢不相応に昏く染まった瞳は、ただ無機質に生を見詰めていた。


 少年がその瞳に表の世界を映すようになったのは、一体いつ頃からだっただろうか。

 羨望や嫉妬、憧憬の類いでは無い。単純に、表の世界はどうなっているのかという好奇心からだった。

 昏く濁った世界しか知らない少年は、皆が口にする表の世界へ強い興味を抱いた。


 職は無い、家も無い、今日の食事すら儘ならない。

 しかしそんな事はどうだって良い。


 身を縛るものが何一つ無い身軽な少年は、軽快な足取りで表の世界へと足を踏み入れた。

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