エスケープ
桐崎りん
エスケープ
「ありがとうございました」
明るい女性の声に背中を押されるように、いや、追い出されるように、柳田はその建物を後にした。
「はぁー」
大きなため息をつく。
「なんだか大事なものがなくなった気がするな」
柳田は自身の胸あたりをさすりながら言う。
「やっぱり、こんなことするんじゃなかったかな」
そう言って、空を見上げた。
「いや、今やらきゃ1ヶ月後には死んでただろうし、仕方ないんだ」
そして下を見た。
何日洗濯していないかも分からない黒ずんだ服、拾ったプラスチックと紐で作ったサンダル。
「仕方ない」
柳田は自分に言い聞かせるようにもう一度そう呟いた。
・
20XX年、強国どうしの戦争があった。
だから、この国は飢えた。
ある強国の子分だったこの国は強国にいい顔をし続けた。
金銭的に飢えた政府はついに福祉などの国民のための制度から手を引いた。
実質、この国は破綻したのだ。
国はお金持ちを囲い込み、一般国民を見捨てたのだ。
ただの駒だ。
死ぬまで武器や食糧を作らされる。
ドロップアウトしたものは存在しないもの、と処理された。
かつて世界トップレベルで安全だ、と言われていたが、今や底辺を這いつくばっている。
死体はその辺に転がっているし、誰かが食べようとしたのか腕だけ、脚だけ、が散らばっている。
全ての人が飢えている。
みな、その辺りの草を食べて命を明日へ繋いだ。
・
国民は、自分を売るようになった。
・
自分を売る。
そう、柳田のように。
・
柳田は手に持った鞄の隙間から500万という大金の存在を確認した。
一生かかっても稼げない大金だ。
一生食いつなげるだろう。
大金を手に入れた者がどこか遠くに行ったのか、消えるのは日常茶飯事だった。
「今頃、佐藤は元気に暮らしているんだろうな」
柳田よりも少し前に自分を売った柳田の友人である。
「俺も、今からそっちに行くから」
柳田は大金の入った鞄を握り直す。
(これで俺は遠くに逃げる。うんと、遠くに…)
柳田はだっと走り出した。
ついにこんな生活から解放される、という開放感からだろう。
・
柳田は死んだ。
心臓を売ったから。
医者が心臓の代わりに埋め込んだシンゾウは3日で力尽きた。
・
柳田は楽園にたどり着いた。
エスケープ 桐崎りん @kirins
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