黒髪のエルフ
創音
Act.01 世界を拒絶する人
赤い。
赤い、赤い世界で、黒い髪の少年は、ただ呆然と佇んでいた。
(どうして、オレ、は)
自身が握っている長剣は、赤く、赤く濡れて……――
「ゆ、な……」
同じように赤く濡れた同族の男が、少年に手を伸ばす。
「……っあ……!」
恐怖からか、反射的に剣を振り下ろした。途端に手に伝わる、肉を斬る感触。
絶望のまま事切れる、その人に。
……地面に乱雑に転がる、ヒトだったモノたちに。
(違う……違う、オレじゃない、
どうして。どうして、どうして……――
物言わぬ彼らにも、少年にも、誰も何もわからなかった。
「あ……ああ……ッああああああああ――ッ!!」
少年の絶叫が、深い森の中に響いた……――
+++
「はあ……」
青空の下、どこまでも広がる草原で、緑色の髪をした少年がため息をついた。その周囲には、魔物の群れがいる。
かれこれ三十分以上も、彼はその魔物たちと戦っていた。
――惑星ナイトファンタジア。
それは、王都ロマネシアを有する国家ロマネスク王国と、獣人や半獣人が治めるビーストウェア皇国という二つの国を始めとする、大小様々な都市や街から成り立つ自然豊かな世界である。
人間、エルフ、獣人、半獣人といった四種族が、それぞれ共存しながら生きている世界。
【創造神】である女神アズールの庇護のもと、生き物と負の感情の融合体である魔物の出現も抑えられていた……のだが。
「やっぱり魔物、増えてきてるなあ……。
【魔王】が復活したとかいう噂、ホントなのかな……?」
ぐるり、と辺りを見回すと、少年を狙おうと狼のような形をした魔物が彼を睨みつけていた。
(ああ、もう。いい加減、嫌になるなあ)
ぐしゃぐしゃと短く切りそろえた髪をかき回して、少年が肩を落としながらも、再度戦闘態勢に入った……そのときだった。
「――“風の鎖、炎の誓約……我が剣に宿れ! 『風炎陣』”!!」
どこからともなく詠唱が聞こえ……次の瞬間、少年を狙おうとしていた魔物が風を纏った炎に包まれていた。
「えっ……?」
その突然の魔法に少年が呆然としていると、彼の側にフードを目深に被った背の高い人物が駆けてきた。
「大丈夫か?」
「あ……う、うん」
その声の高さからして、自分と同年代の少年のようだ。
そう思考を巡らせながら素直にこくりと頷けば、フードの少年はほっとしたように笑った。
「オレは、ユナイアル・エルリス。お前は?」
「僕は……」
緑髪の少年が名乗りかけたその時、再び彼らの周りを魔物たちが取り囲んだ。
「ああもう、また!!」
「仕方ないな……」
二人は各々ため息を吐きながら、戦闘態勢に入る。
「いっくよー!」
緑髪の少年は、そう叫びながら魔物に鋭い蹴りを入れた。
彼はどうやら格闘術で戦うスタイルのようだ。
「――“灼熱よ、彼の者たちを包み込め!! 『フレア・インヴォルヴェント』”!!」
フードの少年……ユナイアルが、手に持った剣に炎の魔法を込め、魔物に斬りかかる。
「すっごーい! 君、魔法剣士なんだね!」
「まあな」
別の魔物を蹴り倒しながら、少年はきらきらとした眼差しでユナイアルを見やる。
ユナイアルは軽く頷いてから、また別の魔物に剣を向けた。
「しかし……多いな、キリがない。
とりあえず、吹き飛ばして……その隙に逃げるぞ。
――“静寂なる風よ、我が声に答えよ!! 『ヴェント・シレンティオ』”!!」
風を纏った剣で、ユナイアルは魔物を切り払う。
その途端、静かに剣に取り付いていた風が暴風と化し、二人の周りにいた魔物たちを吹き飛ばした。
「あ……っ」
自身も吹き荒ぶ風に飛ばされないように足に力を入れながら、少年はユナイアルを凝視した。
その激しい風に目深に被っていたフードが取れ、中から漆黒の長い髪と色素の薄い長い耳が現れたからだ。
(エルフ、なんだ……。だけど、黒い髪って……)
呆然と少年が見つめていると、ユナイアルは慌てて振り返り、ばつの悪そうな顔をした。
「……もう、大丈夫、だよな。じゃあ、な」
暴風によって魔物たちが逃げて行った草原を見回し、再びフードを目深に被って、ユナイアルはそう言って歩き出そうとする。
それを見て、今度は少年が慌てて彼の服の裾をつかんだ。
「待って、待ってよ!! 助けてくれたお礼くらいさせてよ!!」
「お礼、って。お前も見ただろ? オレは、普通のエルフとは違うんだ」
しかし放たれたのは、酷く冷めたような声だった。
エルフ、と言えば金や白などの明るい髪色を持った者しかいないはずだ。
稀に暗い色を持つエルフもいるが、それは闇に堕ちた者……いわゆる“ダークエルフ”と呼ばれるモノたちだけで。
しかし、ユナイアルは見る限り、髪の色以外は普通のエルフのようだった。
(きっと、それでいろいろあったんだろう)
少年はそう考えて、まっすぐに黒髪のエルフを見つめた。
彼の灰色の瞳が、不安げに揺れている。
「大丈夫だよ」
「……っ」
それを安心させるように少年が優しく微笑めば、彼は息を飲んだ。
「僕は、君を恐れたり、嫌ったりしないよ。
出会って間もない人に……助けてくれた人に、そんなことをしたりはしないよ」
にっこり笑って告げれば、ユナイアルは呆然と少年を見つめ返す。
けれど、彼はすぐに気まずげに視線を逸してしまった。
「……でも、オレは」
「ユナくん」
咄嗟に思いついた愛称で呼べば、ユナイアルは驚いたように目を見開く。
そうだ、そもそも、『ユナイアル』なんて長くて呼びにくい。
少年はそう一人で頷いて、ユナイアル……ユナを見た。
「僕、君と一緒に行ってもいいかな?」
「えっ……」
彼が、どこか人を避けているようであるのは何となくわかっていた。
その髪色のことを考えると、当然だろう。……きっと、色々と酷いことを言われたし、されてきたのだろうから。
だからこそ、あえて着いて行きたかった。
「だってユナくん、なんだか放っておけないんだもん」
からから笑いながら言ったそれは、本当のことで。
きっと一人にしてしまったら、彼は壊れてしまうのではないか。 少年は何となく、そう思ってしまった。
「けど、オレは……。オレと一緒に来たって、お前が傷つくだけだ」
辛そうに顔をしかめながら言う彼は、他者を気遣えるほど優しい人なんだろう。
「ああ、もう! じれったいなあ!
僕が良いって言ってるんだから良いの!」
少し強引すぎただろうか。 フードの中で、ユナが困惑したような表情になったのが、身長の低い少年にはよく見えた。
「……それに、僕、記憶がないから行く当てがないんだもの」
「なっ……!?」
もうひと押し、とばかりに少年が爆弾を落としてみれば、案の定彼は驚いた表情で固まってしまう。
「だから、ね? よろしくね、ユナくん!」
最上級の笑顔でそう言い放てば、何か言いたそうに口をぱくぱくさせたユナだったが……しばらくして、深いため息をついた。
「……勝手に、しろ」
なんだかんだで彼もお人よしなのだ、と少年は苦笑いをこぼす。
先ほどだって、見ず知らずな自分を助けてくれたし、律儀に名を名乗ってくれた。
困ったような……それでいて、どこか照れたような表情で歩き出したユナの後を、少年は楽しそうな笑顔で追ったのだった。
+++
手は血で濡れていた。
耳に残響する、同胞の断末魔。
(違う……違う、違う、違う……“オレじゃない”!!)
嗚咽が漏れる。息が、上手くできない。
逃げるように、森の中を走る。けれど、足がもつれて転んでしまった。
ばさり、と黒くて長い髪が体と共に地面に落ちる。
起き上がることすら億劫で、涙が大地に吸い込まれていく。
「……たすけて……」
孤独なのはわかりきっていた。生きている限り、ずっと。
救いの手がないのも、側にだれかの温もりがないことさえも。だけど……――
「……だれか……みとめて」
こんな自分の存在、そのものを。
+++
「やっと着いたあ……!」
大きく伸びをして、緑髪の少年はたどり着いた村の前で、ほっと息をついた。
別段今までの道のりがそれほど苦だった、というわけではない。
ユナは相当強く、剣術と魔法を駆使した攻撃で魔物をなぎ倒していった。
少年自身もそれなりに戦えると自負をしていたので、魔物を倒しながら進むことは、疲れはするものの特に問題ではなかった。
問題があるとすればそれは、二人が出会った場所である草原からこの村までの距離だった。
さすがに戦い慣れている二人でも、半日近くも戦いながら歩けば疲れるものだ。
少年はぐったりしながら、隣で疲労を顔に浮かべているものの比較的涼しい表情をしている黒髪のエルフを見やる。
「ユナくん、元気そうだね……」
「え? そうか? そうでもないけどな」
そう不思議そうにきょとんと首を傾げるユナに、少年はため息をついて、辺りを見回した。
たどり着いた村……アルメリア村は、のどかな雰囲気の流れる小さな村だった。
村の中心を小川が流れ、行き交う人々は皆穏やかな笑顔を浮かべている。
少年自身も自然と笑顔になりながら、親切な村人の案内によって無事に宿屋へと到着できたのだった。
「ふう……ふかふかだあ……」
宿屋の一室のベッドに寝転び、少年は幸せそうに息を吐く。
ふと隣のベッドに座ったユナを見ると、何やら難しそうな顔で考え事をしているようだった。
「……ユナくん?」
「……え? ……ああ、ごめん。お前の名前、考えてた」
恐る恐る声をかけると、彼の口から出た言葉は予想外のもので。
少年は思わず目を見張った。
「僕の、名前……?」
「そ。名前も忘れてるんだよな? なかったら不便だろ?」
まるでいたずらっ子のように笑うその姿は、他者を拒絶しているようだった先ほどとは違って見えた。
「えっと……それはそうだけど、ユナくんが考えてくれるの?」
「うん、まあ」
驚いてそう問うと、ユナは照れたようにそっぽを向きながらもしっかりと頷く。
それがとても嬉しくて、少年はキラキラとした眼差しでユナを見つめた。
「わあ! それでそれで!?」
急かせばユナは、うーん、と首を傾げながら再び考え込む。
フードを外した、黒くて長い髪がさらり、と揺れた。
「そうだなー。……『リースト』、とかどうだ?」
「リースト……?」
考えていたものよりまともな名前の候補が上がり、きょとんとしながら反復すれば、ユナは慌てて首を振った。
「あっいや!! 嫌だったら別に、うん……ほかの名前考えるし……」
あわあわ、と手を振りつつそう言う黒い髪のエルフの姿は、見た目よりもずっと幼くて。
少年は思わず笑ってしまいながらも、頷いた。
「いいよ、それで。思ったよりもまともな名前でびっくりしただけ!」
「ま、まともって……酷いな!」
言いながら、ユナも笑い出した。
それから二人でひとしきり笑って、落ち着いた頃にユナが再び口を開いた。
「じゃあ、リースト、でいいな?」
「うん! ありがと、ユナくん!」
その確認の言葉に、少年……リーストは笑顔で頷いた。
――翌日。
ユナとリーストは宿屋を出て、これから行く先を確認していた。
「さてと。とりあえず、次の街へ向かうわけだけど……」
フードを目深に被って地図と睨めっこをしながら、ユナはルートを考えている。
そこで本当に今更だが、リーストは彼の旅の目的を知らないことに気が付いた。
「ユナくんは、なんで旅してるの?」
その何気ない疑問に、ユナは地図から顔を上げ、ふわりと笑む。
(その笑顔が、痛みを堪えるような笑顔だったなんて、気が付いても僕は言えなかった)
「【魔王】を……倒すために」
夢みたいだろ? などと笑っているが、彼が冗談でそう言っているわけではないと、リーストはわかってしまった。
「……すごいね、ユナくんは。目標があってさ」
「そんなんじゃないよ。ただ……オレは……」
リーストの言葉に、俯いて手を握りしめるユナの呟きを遮ったのは、村人たちの悲鳴だった。
「きゃあああああ!!」
「魔物だ!! 魔物が村に……ッ!!」
その叫びに他の村人たちも、ある者は武器を片手に魔物に駆け寄り、またある者は家の中に逃げて行く。
「ゆ、ユナくんっ!!」
「ああ、行くぞ!」
二人は頷きあって、人の流れに逆らうように走り出した。
そうして辿り着いた先では、魔物の群れが人々を襲っていた。
「リースト、行けるか?」
「当たり前でしょ!」
ユナの確認にリーストは軽やかに笑ってみせ、そのまま大きなウサギのような魔物に蹴りを入れた。
「たあっ!!」
身軽な見た目に反して繰り出された彼の重い一撃に、魔物は吹き飛んで木にぶつかり絶命する。
次! と気合いを入れたリーストを見やり、ユナは剣を掲げ呪文を唱えた。
「――“彼の者を切り裂く光よ、我が剣に宿れ! 『ライジングシュニット』”!!」
その一閃と共に放たれた光の魔法に、魔物たちが消滅していく。
「今のうちに逃げろ!」
「あ、ありがとうございます……!!」
逃げ遅れた村人たちにユナがそう指示をすれば、彼らは慌てて去っていった。
残ったユナとリーストは、背中合わせで魔物たちと対峙する。
「ユナくん、すごいね! 色んな属性が使えるんだねえ」
「ま、器用貧乏ってやつだけどな。炎と風は得意なんだが……」
そんな雑談を交わしながら、ユナは剣を高く掲げた。
炎属性の魔法陣が、彼の足元に展開される。
「――“断罪の刃、終わりなき世界を紅に!!
『エクスピアシオン・ブリュレ』”!!」
刹那、振り下ろされた剣から放たれた炎が、魔物たちを包んだ。
肉が焦げるにおいに顔をしかめながらも、リーストは辺りを見回した。煙でよく見えないが、魔物たちは全て倒したようだ。
しかし、ユナくん、と声をかけようとリーストが振り返った、瞬間。
「っリースト!」
ユナの悲鳴が響くのと同時に、リーストの体に衝撃が走る。
慌てて体勢を立て直し視線を戻すと、生き残った魔物に背後から襲われかけ、それをユナが庇ってくれたのだと知った。
外れたフードから髪が落ち、傷を負ったのか腕を押さえているユナ。
リーストはすぐさま魔物……全身真っ黒な巨大オオカミのようなその存在に、全体重をかけた蹴りを連続で入れる。
「“
その刃の如き鋭い攻撃に、魔物は断末魔をあげて絶命した。
息絶えた魔物が淡い光と共に空へ還るのを見届けてから、リーストは急いでユナの元へ駆け寄る。
「っユナくん、大丈夫!? ごめんね、僕が油断したから……っ!!」
「あはは、大丈夫だよ。ちょっと掠っただけだ。
……お前が無事で良かった、リースト」
心配そうに声をかけたリーストに、心底ホッとした、という表情で、ユナは笑ってみせた。
それに再度「ごめんね」とリーストが言いかけた……その時だった。
「ダークエルフよ! あいつが魔物を呼んだんだわ!」
女性の鋭い叫びに、二人はハッと辺りを見回す。
すると、逃げたはずの村人たちが、村の中からこちらを伺っていた。
ユナの持つ黒髪と長い耳を指差して、彼らは罵声を浴びせてくる。
悪しきモノ、穢れが、ダークエルフ、村を滅ぼすつもりか。
恐れと悪意に満ちた言葉の暴力に、リーストは顔を真っ青にさせ、彼らに向かって声をあげた。
「違う! ユナくんは……!!」
「……いいんだ、リースト」
「いいって、何が!!」
けれど、彼の腕を引くことでそれを止めたのは、他ならぬユナ本人だった。
憤るリーストに、ユナは悲しげに微笑みながら、その長い黒髪をフードの中に隠す。
「……いつものことだから。行こう」
そう言って歩き出した彼に、リーストはかける言葉を失くした。
彼の抱えるモノの重さに、両の手をキツく握りしめる。
(……君はそうやって、この世界を拒絶するの?)
息を吸い込む。前を見据える。
そうして、先を歩く彼の背を追い越すよう駆け出して……すれ違いざま、リーストはユナの腕を取った。
「……よーし、目指すは次の街~!
このまま街道進めばいいんだよねっ!」
「うわっ何だ急に、ちょっと待って引っ張るな転けるから……!!」
小柄な外見に反して強い力で、ユナを引っ張るリースト。
焦る彼の声を背に、リーストはその顔に笑みを浮かべた。
(だったら、僕が見せてあげよう。世界は君を傷つけるだけじゃないって、証明してみせよう)
「……覚悟しててよね、ユナくん!」
「……?」
わけがわからない、という表情をするユナに、リーストは「なんでもない!」と笑い返したのだった。
『これは、【魔王】に関する最初のお話。
きみが生きるための、過酷な物語……』
君を信じてる、何があっても。
Act.01 Fin.
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