エッチな設定しかないのにバトルにするやーつ

ちびまるフォイ

読者が求めているものとは

「ブキヨウ先生、新作は持ってきてくれました?」


「ええ、まあ……」


「なんでそんな反応なんです? 自信ないんですか?」


「そうですね……。いくつか持っては来たんですが、

 読者の期待に答えられるかどうかがわからなくて」


「そのための編集ですから。

 とにかく新作を教えて下さい」


先生は新作の1点をカバンから取り出した。


「今度はクローズドな環境の作品にしたいなと」


「ほうほう」


「舞台は女性しかいない無人島」


「ほう!!」


「そして、無人島では人口減少が進み

 なぜか男性だけが生まれないという

 "間引きの呪い"が島に伝わっています」


「なるほど……!」


編集者の鼻の下が徐々に伸びていく。


「主人公の男の子はそこの無人島に漂着するんですが」


「興味深いですね……!」


編集者の顔が赤らんで、

次の要素をもっと話してくれとばかりに息が荒くなる。


「主人公は遺伝的に呪いを受け付けない能力があり、

 島の呪いの適用外で子孫繁栄ができる身体でした。そしてーー」


「そ、そしてーー!?」




「呪いをかけた島の四天王たちと戦います」



「なんでだよ!!!」


編集者は納得いかんと自分のシャツのボタンを弾き飛ばした。


「え……、つ、つまらなかったですか……?」


「ちがうちがう! そうじゃない!

 そのなんていうんだろう……。

 寿司屋さんでパスタが出てきたような感じなんですよ!」


「料理漫画じゃないんですけど……」


「あーーそういうことじゃなくて! なんていうかなあ!!」


編集が担当している雑誌は主な読者層が男子。

となれば需要としては主に2極化される。


バトルか、エッチか。


そしてバトル展開の多い作品はすでに渋滞しており、

エッチな要素がメインの作品は渇望されていた。


「やっぱりこれはボツですね……」


「い、いやいや! そんなことは!」


「それじゃ次の候補を」


「おっ、まだあるんですね! 聞かせてください!」


漫画家のブキヨウ先生は自信なさげに原稿を取り出した。


「次は学園モノにしようと思ってまして」


「いいですね、人気ジャンルです」


「主人公が入学する年まで女学校だったそこは、

 男子生徒が主人公しかいない場所だったんです」


「おおお! いいですね、そういうのが欲しかったんです!」


「実はその学校では授業の中に催眠というものがあり、

 超能力者や催眠医療に関しての専門学校なんです」


「さ、催眠……!!」


ふたたび編集者の身体がアツくなる。


「しかし主人公は勉強もできない能無しで」


「ふむふむ」


「とあるきっかけで、スマートフォンに催眠のアプリを入れるんです」


「おおお! とくれば!?」


編集者は次の言葉を待っていた。

ここから始まる男子禁制の酒池肉林展開を。




「そして、催眠能力者たちとのバトルが始まるんです」




「なんでそっちいくんだよ!!」


編集の秒速の否定により漫画家は自信を失った。


「やっぱりつまらないですよね……」


「いや先生ちがうんです! めっちゃいいんです!

 ただ調理法が求められているものとちがうだけです!」


「え……? でもこの雑誌はバトルが好まれるじゃないですか。

 ことあるごとにトーナメントやりますし」


「それはバトル漫画の話ですよ!」


「私のもバトル漫画ですよ……?」


「うん、いや、そうなんですけど……そうじゃないんだよなぁ!」


先生は1作目が急にヒットしたのもあり、

なぜこれが売れるのかのノウハウを理解せずに成功してしまった。


1作目の連載終了後の2作目をどうするか。

先生自身も暗中模索でわからない部分が多いのだろう。


かといって否定しつづければ、

もともと自己肯定感の低い先生が筆を折ってしまいかねない。


「せ、先生……その次はどうでしょう。

 いっそ設定をバトル漫画コテコテのやつにしてみては?」


「それ人気出ますかね……」


「いまや世間じゃバトル漫画のインフレ環境です。

 むしろ王道のほうが好まれたりするんですよ」


「でしたら、こういうのはどうでしょうか」


先生は走り書きで次のマンガの構想を温める。


「次は登場人物が多い作品なんですが……」


「いいですね。最近のバトル漫画の流行ですよ」


「そこは能力団地で、高い戦闘能力の人間は優遇され

 あらゆる贅沢ができてしまう格差社会なんです」


「おお、世相を反映するのは感情移入がしやすくなりますね!」


「主人公は団地最強の能力者なんですが、

 下位能力者の逆恨みで事故にあった妹を助けるため

 すべての能力を使って妹を助けてしまいます」


「すると主人公は……?」


「戦闘能力の大半をうしなわれ、団地でも最下層に堕ちます」


「最高じゃないですか。最下層スタートは成り上がりの定番!」


「一方で、一命をとりとめた妹は主人公の最強能力と

 妹自身の特殊能力により最上位ランカーになるんですが

 事故の影響で非常に強い憎しみを持ちます」


「お、おお……! なんというラスボス感……!」


「素ではとても妹に太刀打ちできない主人公は、

 そこで仲間を集めることを考えます」


「そういうのですよ! まさに求めていたバトル漫画です!!」


「そして、仲間たちを集めてーー」


「やるんですね!! ついに!!」





「団地の人妻に迫られるという恋愛漫画です」




「だからなんで急ハンドル切るんだよ!!!」



なお、その後に公開された【人妻最終決戦団地】は非常に好評だったという。

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