私たちが残すべき記憶(過去編)

箕宝郷

プロローグ

第1話 北の統治者による失敗

 木恩国樅川藩正根郡上正村きおんこくもみかわはんまさねぐんかみしょうむらの住人は語る。方暦ほうれき2010年の夏はとても寒いかったと。例年なら8月にもなれば、梅雨が明けて毎日晴れて暑くなる。しかし、今年は8月の半ば過ぎても雨の日が続いている。今年は作物が取れずに多くの領民が、これまでにない飢饉が発生し災いの年になるのではないかと心配している。

 北根島地域は国が民間企業に統治を委託している藩部と呼ばれる地域である。藩を統治する企業は国の規定によって決められている。一定の基準を満たさないと藩を持つ事が許されない。藩を持った企業は独自の通貨を発行したり、条例を制定したり、地方税を設定できたりする。しかし、国に規定の税金を払えない藩は合併したり、統治者(企業)が変わったりする。

 方暦1990年から北根島は樅川種苗もみかわしゅびょうが統治している。本来、樅川種苗は木恩の南葉島に本社を構える企業である。品種開発、作物栽培を主に行う企業でかつては藩を統治できる規模を満たしていなかった。15年ほど前に木恩南部のれいねんよりも気温が高く豊作の年が数年続いた。この数年間に売り上げが急激に伸びて藩を統治出来る条件を満たした。樅川種苗は藩を持つことでさらなぬ売り上げ増加を見込んだ。しかし、統治出来る藩は限られており藩を譲ってもらえる起業も見つからなかった。そんな中、藩を所有することをやめるべきという社内の意見を押し切って樅川種苗の社長 椰子 浩人やし ひろとは藩を獲得するために模索した。椰子が考えたのが当時国内で1番の大企業である針住財閥の一部の藩領北根島の北根三郡(正根郡まさねぐん遠根郡とおねぐん磴根郡いしねぐん)を買い取り、北根三郡を領地として針住藩から分離独立するという計画であった。しかし、北根島は樅川種苗の拠点である南葉島と北根島の環境は大きく異なる。温暖な気候の南葉島に比べて北根島は寒冷な気候であり豪雪地帯である。また、標高500~800m程の緩やかな山に囲まれた南葉島とは違い、北根島は3500~4000m級の山々に囲まれて平坦地が少ない土地である。このように北根島は農業に不向きであるが、椰子は「品種改良の技術で何とかなる」と言い社員を説得して3億ウッドで北根島三郡を針住藩から購入し樅川藩を立藩した。

 藩設立当初は農地開発による生産量増加によって順調な経済成長を遂げることができた。また北根領民も鉱山やダム開発で重労働に苦しめられていたので、樅川による農作業はとても負担が軽いと感じていたので、樅川藩設立当初は誰もがうまくいくと思っていた。

 しかし、樅川藩には欠点があった。それは、針住藩よりも賃金が低いことであった。

 針住財閥は、鉱山開発によって鉱物を産出し国に高値で売っていた。またダム開発によって安定的な水の供給やエゾマツ、トドマツ林を造林して木材搬出で収入を得ていた。また、針住藩は財政力があったため、プールや図書館などの公共施設を建設を積極的に行った。また、針住藩の本領がある元茎島から必要な物資を仕入れていたため労働条件が悪くても物や食料が不足することは無かった。

 一方で、樅川種苗は特に農業に力を入れていた。しかし農業に予算をつぎ込んだ為に様々なところで影響が出てきた。農業は自然を相手にしているため収入が不安定でになりやすかった。また、予算不足によって針住藩が建設したり、公共施設やダムといった建設物を維持管理できなくなっていた。方暦2000年代に入ると放置されたダムの崩壊事故も起きて多くの犠牲者を出した。

 樅川藩が設立されて13年が経過した2003年から水力発電所が次々に稼働停止となった。樅川藩内は電気が使用できなくなり、領民達の生活はますます苦しくなった。領民達は北根島から樅川種苗を追い出す活動を行って来たが、代わりに北根島を統治する企業が見つからずに困っていた。

 電気が使えなくなって7年たった2010年、天候不順で作物が育たなく、領民達は飢えていた。「こんな生活にもう耐えられない」と14歳の少年、古祖ふるそ 良成りょうせいはこの北根島の現状を変えるために動き出した。












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