陽光の聖女は可憐に復讐する〜悪役令嬢が主役の世界に乙女ゲームの主人公役として転生しました〜

唐夜

プロローグ

 「――よって、婚約は破棄する! 貴様は修道院に送られるのだ! ローズマリー・シュワイバー!」

私の隣で怒りを露わにするイケメンの堂々とした指先は、青い顔をした美女をぴしりと指していた。

「待ってください! わたくしは断じてそのようなことはしておりませんわ、アージュエント殿下!」

「貴様、ここにきてまだシラを切るつもりか! 見苦しいぞ!」

「堕ちたものですね、お嬢様…… ミナミ様が陽光の聖女なら、差し詰め貴女は月光の悪女とでも言ったところでしょうか」

眼鏡を掛けてスーツを身に纏ったイケメンは、嘲笑を含んだ顔で美女を見下ろす。

「レイン! 信じて! わたくしの側にずっといた貴方なら、わたくしが何もしていないと分かるでしょう!?」

「残念ですが……」

美女の顔色は、ますます悪くなっていく。どうして複数人で一人を責め立てるようなことをしているのだろう。

「ローズマリー、お前がしたことは許されない! そのせいで、どれだけ彼女が苦しんだか…… そうだろう、ミナミ?」

「……え?」

先ほど「アージュエント殿下」と呼ばれたイケメンが、愛おしいものを見るような目をこちらに向けた。金髪が光に照らされて美しく揺れる。辺りを見渡すと、爛々と輝くシャンデリアの下で、煌びやかなドレスを纏った美女たちが扇を口元に当てて冷たい視線をこちらに向けていた。おそらく、ローズマリーと呼ばれている彼女に対してだろう。――ローズマリー?

 私の頭の中に、唐突に記憶が流れ込んでくる。

 糾弾されている彼女はローズマリー。いわゆる「悪役令嬢」というやつだ。そして、ここは私が昨夜まで読んでいた物語の世界。

 今私の隣に立っている金髪のイケメンは、アージュエント・シルバー。この国の王太子で、ローズマリーの婚約者だ。レインと呼ばれたスーツの彼はレイン・トレーリア。ローズマリーの執事で間違いないだろう。

 そして、私は先程アージュエントに「ミナミ」と呼ばれた。信じたくはないが、もし私がミナミであるならば、一人の美女を複数人のイケメンが責め立てているこの地獄絵図は私によって引き起こされたものだ。ローズマリーは自身の無実を訴えているが、王子たちがそれを聞き入れようとする様子は一切無い。しかし、実際にローズマリーは何も悪事を働いていない。事実無根の罪を着せられているのだ――私によって。

 

 ミナミという純粋無垢で可憐な少女とイケメンたちが恋に落ちていく乙女ゲーム『ロイヤル学園ラブミッション』。魔法学園に入学した「陽光の聖女」ミナミは、攻略対象者たちと魔王討伐を目指す。その中で、攻略対象のひとりアージュエント王子の婚約者であったローズマリーは、ミナミへの嫉妬から嫌がらせを始めた。そして、悪役令嬢ローズマリーの悪行に気付いたアージュエントたちにより彼女は断罪され、破滅する。今はまさに、断罪イベントの真っ最中だ。

 けれど、ここは乙女ゲーム『ロイヤル学園ラブミッション』の世界ではない。私が昨日まで読んでいた物語は、『月光の悪女は華麗に復讐する』――つまり、ローズマリーが主役の物語だ。この世界において、本来の乙女ゲームの主人公であるミナミは脇役であり、悪役令嬢ローズマリーの復讐対象のひとりなのだ。

 何故なら、本物の悪女はミナミの方なのだから。

 ミナミは複数のイケメンを手籠にするためなら手段を選ばない。純粋無垢なフリをし、婚約者のいる王子をローズマリーから奪い取ることさえ厭わない。それだけでは飽き足らず、ローズマリーに嫌がらせをされていると嘘を吐き、彼女を「悪役令嬢」に仕立て上げ、破滅させる。

 しかし、そんなミナミはタイムリープした「月光の悪女」ローズマリーに華麗に復讐される――そう、これは悪役令嬢の復讐劇。今はローズマリーの断罪イベント中だが、このままいけば最終的に断罪されるのは私の方だ。

 そして、純粋な読者である私はミナミが大嫌いだった。『月光の悪女は華麗に復讐する』の主人公はローズマリーなのだから、私はもちろんローズマリーを推していた。彼女は気高く美しく、気品に溢れていた。私はそんなローズマリーの芯の強さや健気さに心奪われたのだ。彼女には絶対に幸せになって欲しいと思った。

 一方で、ミナミは救いようのないクズ女だったので、さっさと破滅してほしかった。それに、そんなクズ女に騙される王子たちも許せなかった。ローズマリーという素敵で清雅で美しい婚約者がいながら、クズ女を信じきって婚約を破棄してしまうなんて。騙す奴が一番悪いけど、騙される方もどうにかしている。ミナミの演技はお粗末なもので、どうしてそれに気が付かないのか、私ならもっと上手くやれるのに、と不思議にすら思っていた。そもそも、いくらミナミが猫を被っていたからといっても浮気が許されるわけではない。

 この断罪イベントの後、ローズマリーは十一年前にタイムリープをする。そして、私に復讐するための準備を始めるはずだ。タイムリープまでに残されたわずかな時間で、ローズマリーを救うために私に出来ることは何もない。「ローズマリーは何もしていない」「彼女を許して」と叫んだところで、馬鹿な王子たちは「ミナミは脅されているんだ」「ミナミは優しいんだね」と聞く耳を持たないだろう。ミナミが作り上げた虚像が、私の首を絞めている。

 「そう、こちらの言い分は何も聞いてくださらないのね」

よく通る透き通った声に顔を上げると、全てを諦めたような表情のローズマリーと目が合った。

「往生際が悪いぞ。さっさと――」

そう言って無実のローズマリーに軽蔑の目を向けるアージュエントをあわてて制止する。

「待って下さい、アージュエント様。私はお話をお聞きしたいです」

「……ミナミの慈悲に感謝することだ。さっさと話せ」

麗しいローズマリーに最低な態度を取るアージュエントに、内心辟易する。なんでこんな奴がローズマリーの婚約者なんだ。もったいなさすぎる。

「いいえ、もう結構ですわ……いえ、最後にひとつだけ言わせていただいてもよろしいかしら?」

「手短にな」

ローズマリーは、氷のような雰囲気を纏い、扇を口元に当てて、見下すように口角を上げる。その所作は、物語で見た「悪役令嬢」そのものだった。そして彼女は、ゆっくりと口を開く。

「――騙す方も大概ですけれど、騙される方もどうにかしてますわよ」

にっこりと微笑んで踵を返すその姿は堂々としていて、私はそのあまりの美しさに思わず唾をのんだ。この瞬間、会場の誰もがローズマリーの一挙一動にただ見惚れていた。隣の王子は顔を真っ赤にして憤慨しているけれど、私の視線はローズマリーに釘付けだった。

 これから、彼女の私たちへの復讐劇が始まるというのに。

 ローズマリーが会場の扉を開けたそのとき、視界がぐるりと逆さまになって、そのまま私は意識を失った。彼女がタイムリープしたのだ。

 このままいけば、タイムリープ後の世界でミナミは王子たちと共に彼女に断罪される。

 けれど、私に彼女を害する気は一切ない。私は大好きなローズマリーの幸せを誠心誠意応援するし、彼女のために私に出来ることがあれば何でもする。「ミナミ」がローズマリーに行った仕打ちは許されるものではない。不本意ではあるが、事が済めば、私は国外でひっそりと暮らそう。

 そして、私は誓った。まんまとミナミに騙されてローズマリーを傷付けたあのクソ男どもを許さない、と。

 この物語は悪役令嬢の復讐の物語だ。けれど、私もその復讐劇に加担させてもらおう。

 『月光の悪女は華麗に復讐する』。

 ならば、私は――陽光の聖女は、可憐に復讐する。

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