防具屋、言葉の殴り合い

 翌日朝起きて服を着替える

 そして服と一緒に用意されていた手袋と靴を装着する

 模様の付いた赤い手袋は指の第2関節までしか無くその先は指が露出している


「わぁおピッタリ」

「失礼します」


魔力銃を背負ったクレマが部屋に入ってくる


「この装備ピッタリ過ぎて怖い」

「装着者に合うように自動的に調整されますから」

「あぁ、なるほどねぇ〜、便利……準備完了!」


 バックを持って忘れ物がないかの確認を終える


「それでは防具屋に向かいましょう」


 部屋を出て通路を歩き城を出て貴族街を抜ける

 店が立ち並ぶ大通りを歩く


「鍛冶屋とは違うんだよね?」

「はい、別で売っています。鍛冶屋と同じで防具屋も複数あります。ここですね」


 クレマが近くの看板を指差す

 そこには鎧のマークが描かれている

 幾つかあるうちの1件


「防具屋って感じの看板だ」


 扉を開けて中に入る

 中には多くの防具が飾られている

 様々な形の鎧が飾られていて棚には靴や手袋が置かれている


「色々種類あるんだね。男用女用、これ露出高っ」

「ビキニアーマーなる物ですね。偶に使ってる方居ますよ」

「……最低限の防御で機動力を最優先にするならある種、軽装の理想系の1つとも考えられる」

「使いますか? 体格的にオーダーメイドにはなると思いますが」

「流石にこれは着ないかな」


 軽装が並べられている所を確認する

 形や色などが物によってかなり違う

 見て回るがパッとくる物が無い


 ……これならこの服の方が良さそうだな〜粗悪品とはまでは言う気ないけど良くはないなぁ


「何かお探しですかな」


 横から声を掛けられる

 声の方を向くと小柄な老人が立っていた

 店主なのだろうと思う


「防具を探していて」

「冒険者の方ですかな?」

「冒険者?」

「いえ、彼女は勇者の1人です」

「勇者、あぁ異世界から来た方ですか。話によれば魔王討伐を目指しているとか」

「そうだよ〜」

「良い物はありましたかな?」

「無い」

「ほっほほ、手厳しいですな」

「これ硬くないでしょ」


 鎧の鉄製の部分を軽く叩く

 音を確認する、軽い音がする


「と言いますと?」

「これでは攻撃を防げない。こんな風に!」


 全力では無いが力を込めて鎧を殴る

 大きな音を立てて鎧はへこむ


「この程度じゃ戦いじゃ役に立たない。舐めてるの?」


 店主らしき老人を睨み付ける

 防具屋と言うのだから期待していたがこの程度の物を売りつける店だったとは残念に思う


 ……他にもあるって聞いたし他に期待かな


「薄いと言えど鉄製をこう簡単に……弁償はしてくれますかね」

「弁償かぁ。この店ぶっ壊せばその必要は無くなるかな」

「それは問題になりますのでお辞め下さい。無論損傷した鎧はこちらで引き取らせて頂きます」

「時間の無駄だった」

「ほっほほ、しっかりとした防具も有りますよ。見極めが出来る者にしか売ってませんが」

「戦闘は命懸け、どんな理由があるかは知らないけど騙されて買った者が死んだらどうする気かな?」


 薄い鉄板で作られた鎧では本来防げた筈の攻撃を防ぎ切れずに負傷するリスクがある

 防具には信頼を置いて身を任せる、その為に高い金を出す者は多い

 やっている事はその信頼を騙す行為だ

 その行動を行う程に最悪な客が居たのかもしれないが騙された側からすれば知った事では無い


「見極めが出来ぬのが悪いのです。己の身を守る物を自ら選ぶ力が無いとなれば仕方あるまいと考えても自然かと」

「…………」

「店にある1番の装備をと言っても要らなくなれば捨てる。大事にせず平然とボロボロにする、大金を積めば買えると思っている、ワシら作り手にも意地と誇りがあるのを忘れた者に渡す物は無い」


 老人は私を睨み返す

 作り手に誇りがあるのはよく分かる

 前の世界でも知人が似たような事を言っていた

 作り手と言うのは認められなくとも意地でしがみつくような人らが多い


 ……意地と誇りぃ?


 だからどうした


「例え大事にしていようが戦闘でボロボロになるのは普通の事、身を守る物で一番良い物を求めるのは普通の事、要らなくなったから鎧を捨てるってのも状況次第では別におかしい事では無い。防具は戦では消耗品」


 激しい戦いでは防具や武器は破損する

 修理で直せるケースもあるが損傷が激しければ買い換えた方が早い

 物を大事にする事は重要だが命と等しくは無い


「使えないゴミを生産する作り手になんの誇りがあるって? 忘れただの言っておいて自ら捨てたのかな?」

「なんだと」

「確かにこちらでも見極める力を持つのは必要、しかし、この程度のゴミを生産している人間の腕なぞ信用に足らん。……帰る」


 私はそう言い残して防具屋を出ようとする


「待て」


 老人に止められ振り返る


「何?」

「儂らの誇りは装備に宿る。確かに儂は冒険者に下手な防具を売っておる。だがその腕は決して鈍ってはおらん! 信用に足らないという言葉、最高傑作を作って撤回させる」


 老人の目を見て理解する

 本気だと、だが本気だからと言って撤回する気は無い


「私はお前の腕が信用に足らんと言っている。最高傑作を作ろうが例えお前が本気だろうが私はお前という作り手を否定する」

「貴様達が戦場で命をかけるように儂は防具作りに命をかけている! 若造が舐めるな」


 老人は叫ぶ

 目の前の少女に己の全てと言える物を否定されたから

 老人の服に掴みかかる


「私はお前の腕に命を預けられないって言ってんだ! どれだけ腕が良くとも求める者をお前は裏切っていた! 誇り程度で命は救えない!」


 私は叫ぶ

 意地と思いのぶつけ合い

 既にどちらが正しいなんて話ではない

 己の意見同士の言葉の殴り合いだ


 クレマは口を挟まず静かに私達を見ている


「お前と私では意見は合わない事が分かった。二度と来ないから安心して」


 服を離す

 キレたからと言って熱が入りすぎているのを感じている

 感情的になって余計な事を言っている


「異世界から来た人間に何が分かる」

「知らないよ。お前のくだらない誇りなんぞ知る気も無い」

「命と言うが若造が戦場に出た事はあるのか? 勇者は平和な国から来たのだろう? 貴様に戦場の何が分かる? 我々の想いが分かるのか? 何も知らぬ若造が偉そうな口を!」


 こびり付く血の匂い、血と臓物が形成する血の海、砕け散った武器や防具の欠片、人を切り裂いた感覚、命を奪った感覚、切られた感覚、腕の中で息を引き取った仲間、かつて隣で語らった今は何も語れぬ友、悲痛に助けを求める声、自殺した仲間、発狂した仲間、狂いそうになる程の敵への憎悪、兵士の家族の泣き声、夢で恨み言を吐く自らが殺した敵兵


「何も言い返せないだろ」


 脳裏に過ぎる最悪な景色


「……確かに私はあの場所の事が良く分からない」


 私はそう語る

 老人はゾクリと身を震わせる

 何故老人が身を震わせたか私には分からないしどうでもいい

 これ以上は語る事は無い


「貴方の言う通りだ。私は何も分かっていない、騒がしくして済まない、失礼した。クレマ行くよ」

「はい」


 クレマはお金が入った袋を老人に手渡す

 防具屋を出る

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