5
魔族は西からやってくる。それがこの世界で一番有名な格言らしい。
妖精種は幾つもの住処に分断され、平野猿と呼ばれる人類種は東の果てに追いやられた。
俺たちがいるのは大陸の中央南部にある迷いの森という深い森だ。本来魔物が入っても簡単に探索できない場所のようだが、エルフを裏切り魔族に付いたエルフ、デックアールヴによって迷いの森は切り開かれたのだった。
人類種が滅びたとて、エルフは安泰かというとまったくそんなことはない。
イーリスの必死さにはそういった危機感が根源にある。
「へーやばいじゃん」
「はい、時間は私達の味方にはなりません。まずはどうされますか?」
「取りあえず自分達の勢力圏を作りたいよな。戦うにしたって準備は必要だし」
俺が魔力から作ってたんじゃコストが重すぎる。ある程度は既在の物質を加工してクリエイションできるような工場が欲しい。武器をくれてやらないと現地人にはどうしようもないだろうからな。
「人手も欲しいし、エルフの里ってどうなの?」
「……難しいと思います。まず魔力への拒否反応が凄いですから」
まぁ裏切り者が使う力という最悪の印象だろうし。エルフの使う精霊力と魔力自体の相性は悪くないんだが。
というか魔力の親和性は高いので相性の悪いエネルギーなんて恐らく意図して生み出された天力くらいしかない。
「ならまずは猿の国に行ってみるか」
「でしたら、ここから南東の方角に一週間ほど歩いたところにあります」
遠いわ。ジャンプ何回で辿り着けるだろうか。スラスターがあればなぁ。
「仕方ない。跳ぶぞ」
「え?」
イーリスを荷物のように肩に乗せ、力強く地を蹴った。
「うきゃああああああああ!!!!」
二度目の空を跳ぶ。
晴れていてよかった、風が気持ち良いものだ。耳元はうるさいが。
途中、空を優雅に泳いでいた龍が唖然した表情に変わったので友好のために手を振っておいた。
また会う事もあるかな?ないかな?まぁどちらでもいい。
地上から3、4百キロメートルは跳び上がり、そのまま放物線を描いて落下する。空中で飛距離を稼ぐような小器用な真似は俺にはできない。
いつの間にか白目を剥いているイーリスを他所に5回は跳躍した頃、山間に収まる砦が見えてきた。
砦は長大で山間を繋ぎ、塞ぐようにして築かれていてそこかしこに火の手が上がっていた。
どうやらエルフの言う野猿というのは見た目、人間っぽい生き物の事みたいだな。
「おーやってるねぇ。ほらイーリス、いい加減起きろ」
「……はっ、ここは……」
「盛り上がってるぞ」
垂れ流していた涎の跡を拭い、イーリスも俺の指す砦に目をやった。しかし目を擦るばかりで見えないらしい。
「すいません、この距離では」
「確かに山一つ向こうは厳しいか。もう少し近くに移ろう」
「い、いえ、ここで大丈夫です!」
お空の旅は結構なトラウマを植え付けてしまったようだ。しかしそれでは困るんだよな。
「お前もいつか自分で飛ぶようになるんだからビビってる暇なんてないぞ」
「自分で、ですか。可能なのでしょうか?」
「どんな想像をしてるのか知らんが、そういう機能がないなら道具で付け足せばいいだけだからな。お前に渡した武器と一緒」
苦い顔をしていたイーリスは肩に下げたライフルを見て理解に至ったようだ。
ぶっちゃけ空中戦じゃないと火力を存分発揮できず、悪魔と戦うには少々心許ない。イーリスを見て防御を捨ててでも火力に振り切らないと、素体が脆過ぎて勝負にならないと思ったのだ。
その際に地面が近いと接触事故率が高まるので射撃の安全面を考慮して空中戦に以降したい。
故に空に慣れる事は必須だ。
「ところで、俺ら以外にも覗き見してる奴がいるんだが、あいつらはなんだ?ケモ耳付いてる」
「ケモノの耳ですか?それはライカンです。何をしているのでしょう?」
今のところただ見ているだけのようだが、それだけで考えている事は流石に分からないな。
「まぁ何をしようと関係ないか。あ、砦の勝負が付きそうだ」
「ここで見ていて良いのでしょうか」
「参戦しようにも信用されんでしょ」
戦意高いな。良い事だ。しかしまずは自由にやれる状況を作らないとな。
「それに、イーリスはまだ糞雑魚なんだからまずは訓練な」
「糞雑魚……」
「よし、あの敗走に紛れるぞ。来い、イーリス」
草木を踏みしめ、俺達は駆け出した。しかし――
「って足遅いなお前!」
「す、すいません!」
イーリスを肩に乗せ、俺は野山を走った。しばらくすると平野に辿り着いた。しかし敗残兵は見当たらない。どうやら早すぎたようだ。
ぐったりしているイーリスを地面に寝かせ、
「ちょっと怪我人の振りしててくれ」
ついでに羽織っていたコートを掛けておく。まるで死人みたいだけど、まぁいいだろ。というか人間の間でエルフの扱いがどうなってるか訊くのを忘れてたな。呼称からして仲は良くないんだろうなぁ、と察する事はできるが。
諸々あってイーリスの耳は隠した方が良いと思うのだ。
やがて、項垂れながらゾンビのように歩く敗残兵達がちらほらやってきた。集団の分類は大きく分けて二つ。
一つは制服の統一された、恐らく職業軍人。これが最大多数。もう一つは小規模の民兵っぽい集団だ。こちらは小集団で装備を統一していたり、バラバラだったり、腕章だけ揃えていたりとバラバラだった。
軍隊の主兵装は発射機構だけを金属製にした省エネ銃器と刀剣類。
小規模集団の群れは盾や巨大なハンマーを持っていたりして面白い。こちらは銃器無しのようだ。電気式の発射機構自体は洗練されているように見えるので、恐らくは資材不足か何かだろうか。
「なぁあんた、その人は生きてるのか?」
「え?あ、あ~、いや~、残念ながら……」
(殺さないで下さい……)
という声が聞こえてくるようだ。
項垂れる俺に声を掛けてきたのは、少年から青年に変わったくらいの男だった。
統一装備ではないので、軍人ではなさそうだ。
ていうか髪赤いんだけど。方々を見渡してもカラフルな髪色の奴多い。こいつら本当に人類か?
「手伝いはいるか?」
「いや、気持ちだけ受け取っておこう」
返事をして、コートが掛かったままのイーリスを腕で抱えた。俗に言うお姫様抱っこである。膝で背中を叩いて腕の力を抜くように合図を送る。
さり気なく青年の隣を歩き、不安そうな声色を出した。
「これからどうなるんだろうな」
敗残兵っぽい台詞である。
「え?あんたお偉いさんじゃないの?そんな上等な服着てて?」
おっと、そう来たか。確かに偉そうな服でした。俺の馬鹿。
「……いや俺は軍人じゃないからな。まぁ一応集団は率いてるんで偉いっちゃ偉いんだが」
まぁ率いてるのは一人だがな
「傭兵だったか」
「そっちこそ、仲間はどうした?傭兵だろ?」
俺の問いに、青年は力なく首を横に振った。
「そうか。こっちも仲間は散り散りになっちまってな」
という設定で行こうと思う。
「次の戦場はどこになるのかねぇ」
「グレートウォールが抜かれちまったんじゃ、ここら一帯もそうなるんじゃないか。多分、最前線がシチリになるんだろ」
「嫌な話だ。あんた、名前は?俺はアグニカ」
「傭兵団、オベロンの風所属のケンイチだ」
いや、お前そのツラでケンイチかよ。
隣を歩くのは目の覚めるような赤い髪にシャープな目尻と高い鼻を持つ男前だ。名前が顔面に負けている。
日が傾いても歩みは止まらなかった。傭兵が休んでいるのか、行き先を変更しているのか団体の人数は時間が経つ毎に減っている。
しかし敗軍は辛いな。休む事すら命取りになるんだから。
まぁそれも仕方ない。ここはまだグレートウォールと呼ばれる要塞からそれほど離れていない。
「アグニカさん、俺はここで休もうと思う」
「あぁ、俺はまだ行くよ」
丁度、傭兵の大きな塊が休みを取ろうと立ち止まった所だった。ケンイチもついでに厄介になるようだ。たぶん街道から逸れて隠れるのだろう。
悪魔達がどこまで追ってくるか分からないが、やはり目印は街道になると思う。まぁ上級悪魔の持つ索敵能力には相応の隠蔽対策が必要になるが、俺の見た限りいないので大丈夫。
しかし設定上、死体を抱えている俺は流石に混ざれない。イーリスも死んだ振りは辛いだろうし。
っとその前に訊きたい事があったんだ。
「ケンイチは諦めないのか?」
「……」
「この状況、もう勝ち筋がないだろ」
「俺は生きることを諦めるつもりはない」
なるほど、人類が負けるとしても生き延びる覚悟ということか。いいね。
「つまらん事を聞いた。詫びだ、使ってくれ」
懐からケンイチの手元へ、スポンというすっぽ抜けるような効果音が聞こえそうな勢いで銃と剣の柄が飛び出した。俺が自分で使おうと思っていた武器だ。自然充力式なので、誰でも使える。
「俺にはもう必要ないものだからな。まぁ生きてたらまた会おうや」
返すと言われても困るので、俺は颯爽とケンイチの前を後にした
まさかこの時のこの邂逅で、ケンイチが将来勇者と呼ばれる存在まで上り詰めるとは、このアグニカの目を持ってしても見抜けなかった。
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