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 エルフの里と言えば、木をくり抜いて住んでるような自然派なんだが残酷なんだか分からん住居というイメージだったがそんなことは全くなかった。普通に加工して木造の住居を作っている。

 まぁ確かに高層建築はイメージ通り巨木を頼りにしている様子はあるが、それでも柱として活用しているだけのようだ。


 尤も今は焚き火のようにパチパチ燃えているが。


「起きたか」


 目を覚ましたイーリスは焼けている集落を見て慟哭を上げた。

 気持ちを理解できるとは言わないが、泣き止むのくらいは待とう。今、空気を読んでも損はしない。


「なぁ、なんでここには死体がないんだ?争った跡はあるのに」

「魔物共は死体すら残さず全てを奪っていくのです」


 何のためにだろう。まさか単なる掃除じゃあるまい。

 情報が少なくて分からんな。


「あの私は――ひっ!!」


 目覚めたイーリスが俺を見てなんだかドン引きしてる件について。


「え?何?そんなにマズい顔してる?」

「あ、え、か……顔……顔?」

「あっ(察し)」


 無理やり頭に埋め込んだから、顔面魔導核になってるじゃねーか!ちっともおかしいと思わなかった自身の感性を疑わざるを得ない。


「じゃあ仮面でも被ればいいか」


 口元は潰れてなかったので、目元からすっぽりと隠れるヘルムを手元に転送した。


「これでどうだ?いけるか?」

「はい、問題ないかと……あの、服は?」


 準備が面倒すぎる。仕方ないとはいえ必要な物が多すぎんか。服とかいう概念忘れてたわ。そう考えると、俺は魔界では常に全裸だったのか。人型の悪魔は普通に着てたよな。装飾とかもしてたし。

 うわー気づきたくなかった事実。


「怠。どうせ戦争するんだし軍服でいいか。というかお前のそれも服と呼ぶべき?」


 この女、全裸にはツッコむ癖に、自分は植物の茎とかを解して編んだ貫頭衣に、褌みたいな下着を履いただけだぞ。後は草履みたいなサンダル。

 縄文人かな?


「こ、これは村娘の普通の恰好です」

「うーむ、どうせ着るなら見栄えが良い方がいいよな?」

「見栄えですか。すいません、オシャレには疎くて」

「重要だぞ、モチベーションに繋がるからな」


 俺の方はダブルジャケットとズボンでいいか。肩にモップみたいなのが付いたコートを羽織って具現化転送を活用した早着替えは終わり。キャラクリがどうしようもなかったから、偉そうな服で威嚇しなければなるまい。

 イーリスの方はどうしようか。取りあえず同じでいいか。彼女がファッションに目覚めたら細かい調整してやろう。


「ところで文化的にズボン履くタイプ?スカート方がいい?」

「ズボンですか?」

「いやこういうの」


 首を傾げるイーリスに、俺はスラックスを引っ張って示した。すると得心したようだ。ポンっと手を叩いた。


「あぁ、野猿が着ている」

「服を着る猿がいるのか」

「えぇまぁ、あの私たちは普段トゥニカを着ていてズボン?スカート?に馴染みがないのです。申し訳ありません」

「ふむ。じゃあ慣れてくれ。オシャレは我慢だからな」

「……」


 まず下着。ブラとショーツ。次にワイシャツとショートパンツ。次に俺と同じジャケットを渡し、ハイソックスと膝丈のブーツを履かせた。できるなら細部の装飾まで手を入れて拘りたいが、今は断念せざるを得ない。

 イーリスは見た目が良いので弄ってて楽しいのだが、また今度だな。


「あぁ後そうだ、普段はなるべく手袋をしておけ。自在に動かせる金属の腕とか怪しいだろ」


 一先ず人前に出られる準備を終えて、俺たちは集落を後にした。

 去り際、イーリスは胸に手を当て黙祷し頭を下げた。それは故郷への別れか、それとも?


***


 小鬼に追いつかれて地面に倒れ込んだ時、イーリスは死んだと思った。死は有り触れたものだ。悲しくない訳ではない。ただ慣れてしまった。


 異界より悪魔が現れ、この地に軍勢を築いて千年の時が流れた。長命なエルフの中でも伝承になるほど激しい戦いだったという。魔族は魔王に率いられ、今も止まらぬ攻勢を仕掛けている。

 イーリスの見立てでも、魔王軍にはじわじわと追い詰められ妖精種は最後には負けてしまうのではないかという嫌な予感はひしひしと感じていた。平野に生きる精霊術の使えぬ野猿とて幾つもの国を滅ぼされ、最後の王国が残るのみとなった。


 生きとし生けるものが絶滅の危機を前にして、しかし奇跡は起こったのだ。

 大いなる力持つ存在の助力を得た。

 イーリスが契約を申し出たのは博打ですらない。勝てば力が手に入る可能性があるが、負けて死んでも損はないからだ。もし力に代償が必要でもそれは変わりなかった。まぁイーリス自身も多少自棄になっているのは認めるだろう。


 そしてイーリスは賭けに勝った。紙に署名する契約方法や当人の性格には戸惑いがあるが、しかし力は示された。生涯戦い続ける事を対価に払っても御釣りがくる条件だ。

 ただ代償はあった。これまで当たり前に傍らにいた、精霊たちが見えなくなってしまったのだ。それは髪から魔力の黒が抜けても戻らなかった。


「主よ、精霊たちよ、御許を離れる非礼をお許しください。この身の全てを賭して、世界を取り戻すべく戦う事を償いとさせて頂きます」


 空気が少し震えた。それがどういう理由なのか、イーリスにはもう分からない。

 だが良いのだ。平和にする世界を生きて貰えればそれで。


「そろそろ行くぞ。まずはどうしようかな、猿でも見てくるか」

「あのその前によろしいですか?」

「なんだ?」

「今後は何とお呼びすればよろしいのでしょうか?」

「呼び方かぁ……名前、そうだな」


 悪魔は腕を組み、口をへの字にして考えた。


「よし決めた。我が名はアグニカ。異端の魔王アグニカである」


 これが世界を混沌の渦に叩き落とす二人の出会いであった。

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