覚えていたよ
卒業して数日。
もう、いろんなこと…忘れてた覚えてない。
怖い。どうしよう。明日にも、また、何かを…忘れているかもしれない。
…なに、考えてたっけ。
何回目だっけ。
あれ、忘れちゃった、
…なんだっけ、?
もう、朧気だ。
優しかったクラスメイトも
仲の良かった友達も
お世話になった先生方も
もう、名前も思い出せない。顔すら…思い出せない。
楽しかった。
それは、わかるよ。覚えてる。
…あ、でも、一人、覚えている人がいる。
名前は………あー、なんだっけ?
わからない…でも、覚えてる。
覚えてるよ。
同じ委員会で、笑顔が綺麗だった。
あの子。
はじめてあって、鉛色の細くてサラサラの髪が綺麗だなと思った。
何回も、名前を聞いちゃった。
でも、メモ帳を開いて、名前書いて、渡してくれた。
それ、メモ帳の1ページ破ったの、大事にどっかにしまっておいた。でも、どこにあるか忘れちゃったけど、渡してくれた。俺の名前も聞いてくれた。嬉しかった
初夏、ちょっと暑くなってきて、春に着ていた灰色のセーターがなくなってた。
また、名前を聞いてしまった。ちょっとびっくりしたような顔をしていたけど、すぐに名前を教えてくれた。す
髪が少しのびてた。肌が白くて細かったから、なんの部活してるのか聞いたら、陸上部だっていってた。そんな風に見えなかった。
色んな話をした。勉強の話とか、絵の話とか。あの子は、絵を描くのが上手かった。
2年生のとき、夏休みの絵のコンクールで金賞をとっていたみたいだった。頭も良かった。
試験の順位表ではずっと上の方に名前があった。
夏休みが終わって、学校ではじめての委員会の日。まだ暑かった。
半袖を着てて、髪の毛を結んでた。
少し髪の毛がほどけて落ちてて、それでも綺麗だった。白かった肌に、ほんのすこし、焼け目がついてた。普通の日本人みたいな肌の色。元々細かったのに、もっと細くなってたから、なんで?って聞いた気がした。
「部活で無駄な肉が落ちたんだよ…多分」
と言ってた。部活は夏休みいっぱいで終わったらしい。
秋、運動会で活躍していた。
委員会で誉めたらちょっと照れていた。
もう、少し肌寒くて、水色のカーディガンを着てた。本当に良く似合ってた。
受験の話をした。そしたら、受ける高校は一緒だった。そしたら、もっと話せるかなって言ったら、嬉しそうな顔をしてた。可愛いなって、思った。…ような気がした。
冬、伸びた髪を下ろしていた。肩よりちょっと長い髪が、すごく綺麗だった。
綺麗だね、って言ったら「そう?」って言って、照れていた。
寒くて、雪が降ってた。
確か、そう、その日は、あの子と同じ日だなって、思った。
何が同じだったか、覚えていないけど。
最後の委員会。
その時にはもう、受験の合格者が発表されていた。俺はギリギリだったけど、あの子は余裕で合格していた。本当に嬉しそうに、本当に楽しそうにしていて、俺もつられて笑った。
最後の委員会、下の学年から感謝を伝えられた。あの子は委員長だったから、メッセージカードみたいなのを貰ってた。人気者だったから。
…なんだか、もやっとした。…気がした。
卒業式。
あの子は髪をひとつにまとめていた。
格好よくて可愛かった。ただ、遠目で見たただけだけど。
帰る時間、ばったり、あった。
委員会の時みたいにうまく話せなかったけど、あの子は、何かを俺に伝えたあと、友達らしき人と帰っていった。
何かを。
「『僕を…忘れ…』」
なんて、言ってたっけ。
忘れてはない、きっと。
頭の奥でつっかえて、取れない。
何て言ってたか、思い出せない。
でも、いっぱい、覚えてるなあ。思ったよりも。
明日も、覚えてるなんて、そんな可能性はないけど、でも、覚えている。今は。
あの色は「鉛色」って色に近いくて、細くて繊細で綺麗な髪と、透き通った白い肌と、細身の、俺より小さい背丈と、あとは、ああ。
特徴的な、幻想的な、淡くて儚い、…冬の空みたいな、空色の、瞳。
そら…?
……あの子の名前は。…
わからない。覚えてない。
でも、確か、そんな名前で。
目と同じ名前だなって思ったのを、覚えている。
高校の入学式。
中学校が同じ人は本当に少ない。
引っ越したわけじゃなくて、意図して少し遠い場所にした。俺はもう覚えてないから。
それに、大事な何かを忘れているような、そんな感覚がした。クラスの表が貼り出されていて、それを見て、適当に教室に入った。席には名前が張られてて、名前を探して座る。
隣の席には、綺麗な女の子が座っていた。
鉛色の細くて繊細で綺麗な髪を一つに結んだ、透き通った白い肌に細身の、俺より小さい背丈の人だった。
鉛色、と言う色が頭のなかにパッと出てきた。なんでだろう。なんて思った。
窓の方を見ていたけれど、俺が出した物音に気づいて、此方を向く。一瞬、彼女には『?』のような顔が浮かんでいた。
…特徴的な、幻想的な、淡くて儚い冬の空みたいな、空色の、瞳だった。
「初めまして」
優しくて綺麗な声だった。
でも、したたかで、何故か圧のかかる声だったで、なにかを訴えかけてきたような声だった。
忘れたとは言わせない、忘れるなんて許さない。
…そんな、言葉がふと浮かんだ。
知り合いに、似た人がいたかもしれない。でも、思いだせない。
そんなことを言わせない、思わせない。
威圧のような、そんな、6つの文字が繋ぐ言葉だった。
「…よろしく……蒼空…?」
疑問系で、俺はそう返す。
彼女の名前が蒼空だとわかったのは、机に名前が書かれている紙が張ってあったから。
「よろしく…」
蒼空という美少女は、ビックリしたような顔をした。
蒼空。そら。なんで、「そら」って、読めたんだろう。
覚えてたよ。
なんて、よくわからない思考が、頭のなかを飽和した。
なんかは、わからない。けれど。
…そんなことを、そんな思いに耽ったことを、いま、
…今更、思い出した。
いや、覚えていた。
忘れたふりをしていた?何故?わからない。
今は、それどころじゃない!
「ぁ、まって、!…待って!蒼空!」
ずっと、奥で、俺は覚えてたんだ!
なんださっきの無関心すぎる返答は。
何を考えてる?
どうせ忘れるから、どうせ覚えてないから、どうせ思い出せないから。
そんな言い訳どうでもいい、目の前で、大好きで大切な人が死のうとしてるのに?
今更遅いのはわかってる。
でも、でも!蒼空、そら!…蒼空は、いま、手を掴まなきゃ、伝えなきゃ!
「覚えてたよ」
あの時、「僕を忘れて」って言ったこと。しっかり、覚えていた。意味はわからなかった。なんでそんなこと言ったのか分からなかった。でも蒼空はあの時、忘れてほしくないってほんとは思ってたんだろ。
忘れたくなかった。どうせ忘れてしまうと思った。何度も何度も繰り返し思い出しては忘れてを繰り返して、いつもいつも蒼空を、そらを、覚えてるんだ。
朧気で、わからなかった記憶が、蒼空のところだけ鮮明で、蒼空を忘れたくなくて、それで、蒼空を忘れちゃいけないのは、蒼空が俺を救った、大切な人だから。大切で、唯一の親友で、俺の大好きな人だから。
そんなことを叫んだ。そんな感じのことをつらつらと並べて、弁明した。
いや、もっと、みっともなくて情けない叫びだった。
次に蒼空が言ったのは
「今更、…遅いよ」
そんな一言だった。顔を歪めて、目を合わせてくれなかった。
遅いのはわかってる!だけど、もしかしたら、平気かもしれない。可能性は捨てきれない。
嫌だ、死んでほしくない、消えてほしくない。このまま落ちて、ぐちゃぐちゃになって、蒼空かもわかんなくなって、それを俺は見届けなきゃいけないの?
「…ぁ、嫌だ、…蒼空」
本音がこぼれて、とっさに口を閉じる。
ああ、呼び止めてもきっと、駄目だ。
だから、なにか、俺と一緒にいてくれる言葉を言わないと、蒼空は、落ちてそのまま…
「…俺を、…置いてかないで」
これで、これでいい。
置いてかないでくれる。蒼空は。
…でも、なんだか、一緒に死のう、みたいに言ってるようにも聞こえるなあ。
蒼空といれたら。
それでいいのかもしれない。
グッと、不意に力を入れられた。
…これで、終わりだ。
あ、ああ、怖くないや。
…蒼空といれば、きっとなんでも、…できる。
そんな気がした。
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