えいみん
誰もが目を引く美少女、柊 蒼空。
クラスで人気者の美少年、晩夏 誠人。
彼らは、仲が良かった。
しかし、それが気にくわない一人の少年がいた。
その少年は、蒼空をいじめ始めてしまう。
彼女は、いじめに耐えていた。
人に避けられても、暴力をふられても、罵詈雑言を吐かれても、変な噂を流されても。
耐えていた。ずっと、彼の、誠人のために。
しかし、彼女は諦めた。
ある日、蒼空が誠人を呼び出した。
放課後、二人で遊ぶ約束をした。
待ち合わせの時刻は5時。
誠人は珍しく少し早く来ていた。…それよりも早く蒼空は待っていた。
いつもと様子が違かった。自分を「僕」と言い、話し方も普段と全く違う。
もっと、清楚で、純粋で、柔らかい物腰だったはずだ。
でも、誠人は違和感を持たなかった。
カフェに行ってお喋りをした。
誠人に似合いそうなアクセサリーを一緒に探した。
蒼空が好きそうな本を買った。
彼女は嬉しそうで寂しそうな色を、顔に浮かべていた。
時刻は11時、二人はビルの屋上にいた。
蒼空の口車にのせられて、誠人も一緒にいた。
誠人が家に帰らないと起こられるや、なんて思っていた矢先、蒼空は無垢な笑みで告白をした。
「僕は男だよ」
そう言った。8文字、それだけ。
誠人は困惑した表情をする。
なにか心当たりがあるような、心につっかかって抜けない棘を探すような、そんな感覚が誠人を襲っていた。
蒼空は、その表情を拒絶と受け取った。
彼女…彼の空色の目が初めて、曇った。
蒼空は誠人の手を取る。なにも言わずに。
誠人はただ、無反応に連れていかれる。
そして、屋上の縁の、フェンスの壊れた、垂直に落ちる手前の場所まで、歩いていった。
「…なんで君さ、手を離さないの?」
蒼空は顔を歪めてそう言った。
「離す意味がないから…?」
誠人はいつものように眠そうで無関心な目で、そう言った。
「…あのさあ、僕、死のうとしてるんだよ?」
少し呆れた色が混ざる微笑。
「…そうなの」
「そうだけど」
「なんで?」
「君のせい」
「…え」
「なんでかわからない?…もう耐えられないんだあ」
「やめて、」
「じゃあね、誠人」
蒼空は強引に誠人の手を振り払い、垂直に飛び降りた。
…はずだった。
誠人が、落ちる寸前、手を掴んだ。
「は」
蒼空は、動揺の声を漏らす。
なんで?止めてって言っただけで、なんにも感じてなんかないだろうに。
何故?なんで手を掴んだの?
…一刻も早く振り払わなければ、じゃないと誠人も落ちるかもしれない。蒼空は手を振り払おうと、動かそうとする。
でも、捕まれた手を動かせないくらい強い力で、誠人は手を掴んでいた。筋を痛めそうなくらい、強い力で、掴んでいた。
初めて見るような表情だった。動揺と恐怖と不安と悲しみが混ざったような表情だった。
「誠人?なにして」
「え、ぁ、まって、!待って!蒼空!」
蒼空は「もう遅い」という言葉を吐き捨てようと口を開きかけた。しかし、それより先に、誠人が口を開いた。
「覚えていたよ」
「え?」
「蒼空が、話しかけてくれたのも、忘れてって言ったのも、ずっと、俺が忘れても、…優しくしてくれたのも、助けてくれたのも。覚えていたんだ!…友達なんて顔ももう思い出せない、親の名前も兄弟の名前も、思い出せても次の日に忘れてるかもしれない。朧気で、全部が怖いんだ!でも、そらだけは、蒼空は!蒼空は、俺の、救いなんだ!まえも、いまも、これからもずっと!…だ、だから、だから、だから!、あ、どうか、やめてよ、蒼空、俺が引き上げれば」
子供のように泣きじゃくりながら、誠人はそう言う。
自殺を止める格好いい台詞でもなければ、ただの、自己満足の、つまらない言葉だった。
止めるのは無理だろう。でも。
「そっかあ。君…、そうだったんだ、あー、今更、…遅いよ」
「…ぁ、嫌だ、…蒼空、俺を、…」
誠人が口を開く。
「…置いてかないで」
言葉を、弱々しく吐いた。
誠人は、蒼空を引き上げるつもりがないらしい。
蒼空がやめるならば、自分も止めてしまいたいらしい。
彼にとっての死は、救済だったのかも知れない。
「…ぁは、あはは、じゃあ、…行こっか」
蒼空は、それをどう受け取ったのか。
彼は、誠人の手を引いた。
人間は重力に逆らえない。だから、落ちる。
浮遊感と、掴んで離さない手と、誠人の驚きと、それに隠れた幸福そうな表情も。
一瞬にも、永劫にも感じられる、それで。
蒼空は、幕を閉じた。
人生の演劇を、終わらせた。
誠人は、さて、どうなったんだろうか。
それはきっと、誰かが語るだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます