1000文字小説
水硝子
1.ツギハギのぬいぐるみ
それは、ツギハギだらけのぬいぐるみだった。
いつ見つけたものだったのかは忘れてしまったが、それはつい先日の出来事であったような気がする。
美空 朱莉は仕事の帰り道、店仕舞いをしていたとあるリサイクルショップにふらりと寄った。別に何かが買いたかったわけでも、何かに惹かれたわけでもない。本当に偶然、「少しだけ見ていくか」と気が向いただけで。
古い錆びたようなベルを鳴らし、ボロボロの扉を開ける。
そこにあったのは異世界だった。
外見とは正反対の、綺麗で美しいアンティークな物品で溢れていた。
「え、」
思わずそう声を出してしまえば、奥から店主らしき笑い声がくすりと耳を擽った。
「ビックリしましたぁ?」
姿は見えない。
「……あ、はい。その、ただのリサイクルショップだと思っていまして」
「あー、まぁ、それに間違いはありませんからねぇ」
抑揚はないが、伸びており、穏やかで、低く、良く耳に残る声だなと感じた。
「もうすぐ閉めちゃいますけど、お客さんいる間は開けておくんで。ごゆっくりぃ」
それっきり、店主の声は聞こえなくなった。別段聞きたいこともないので、言葉に甘えて見回ることにする。
傷のついた棚に、くすんだ金色の取っ手が付けられたケース。淡く薄い橙色を放つ明かりに、曲線の多い家具たち。
アンティーク家具に興味がさしてなかった朱莉でも、これだけのものが並んでいたら少しは気にはなるというもので。
今の仕事が落ち着いたらこういう家具に囲まれて生活するのも悪くないかもなぁ、とぼんやり考えていた。
時だった。
それが、目に入った。
それは、目に止まった。
それは、ツギハギだらけの人形だった。
フランス人形、だろうか。金髪の艶やかな髪に、高価そうなワンピースを見にまとった少女、であったのだろう。
今は見る影もない。金髪には様々な色の髪が絡み合い、目元は綺麗な青色だったのだろうが、今は黒にしか見えない色に染まっている。
高価そうなワンピースは端切れで無理矢理繋がれているような見た目になっており、それは最近漫画やアニメでよく見るスラム街を連想させた。
思わず手に取って見る。
「それ、気に入りましたぁ?」
何分見ていたのだろうか。先程よりも近くで店主の声が聞こえたような気がして、肩が大きく跳ねた。
勢いよく振り向いてみても、そこには大きな姿見が置かれているだけで、それ以上はなにもない。
「え、あ。えぇ……。なんというか、悲しいなと」
「私もそう思いますぅ。人形だからって、その扱いはないですよねぇ」
「本当に」
本当にそうだと思った。
「良ければ買いませんかぁ?」
「えっ」
店主から告げられた言葉に、素っ頓狂な声音で返答をしてしまう。
「その人形。買いませんかぁ? 500円とかでいいのでぇ」
「えっ、そんな安く……」
「買い手が見つかるとは思ってないんですよお。それ。それを置いてった人も無理矢理おいてったものですしぃ」
「はぁ」
店主がいるであろう、事務所の方へとこっそりと視線を向ける。
かすかにカタリ、カタリとミシンのような音がした。なにか作っているのだろうか。
ちらりと見えた手は細く、実に丁寧に手入れをしているのだろうを分かるようなものだった。
「お客さんさえ良ければぁ……ね?」
「…………」
店主の手から今度は自分の手へと視線を落とす。
この子はおいていったら、何処かで処分されてしまうのだろうか。
その時自分がなんて答えたのかは、正直覚えていない。
ただ、今朱莉の手元にその人形があるということは、そのまま承諾し、お金を払い、家に持って帰ってきたのだろう。
ただ。ただほとんど覚えていない中。
不器用なその手がぬいぐるみの頭を撫で損ね、空振りしていたことだけは。
どうしてだか、覚えていた。
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