第150話

 料理をしながら一瞬目を離していただけでオムレツを完食した絵だ。なにか起きては困ると思い、私は常に絵をそばに置くよう心掛けた。食事中、睡眠中、仕事中。全ての時間において、私のそばにはハイエルフの絵があった。


 さすがに浴室の湿気にあてるのはよくないと思い、入浴中は浴室のすぐ外に置いているが。

 ああそれからトイレもだ。生きている絵に用を足しているのを見られるのは耐えられないので、外に置いた。


 もちろんただその場に置いておくのは不安だったので、絵をどこかに置くときは必ずその場に固定する魔術をかけた。これさえかけておけば侵入者が絵を盗むことも、絵がひとりでに動いてどこかへ行ってしまうこともない。オリバーは絵が動くとは言っていなかったが、念には念をというやつだ。


 絵の態度は相変わらずだ。私の目を盗んで、目の前に置かれた料理を食べる。おかげでまるで懐かない動物を飼っているような気分を味わえた。


 絵を預かってから五日が過ぎたが、いまだ絵は喋らない。


 ちなみにオリバーが言っていた悪夢は私も見た。どす黒い大小の腫瘍だらけの生き物が、何事かを呻きながらしがみついてくるといった悪夢だ。一匹や二匹ではない。闇の中から湧き続けて、視界がそいつらでいっぱいになるほどだった。


 これでは客の手元に絵として戻されても、処分されるのは時間の問題だろう。

 それも哀れに思うし、夢喰いをしなければ永遠にこの絵と暮らさなければならない私もかわいそうで仕方ない。


 そう、困る。


 なにが楽しくてこんな厄介な絵の世話をしないといけないんだ。


 そんなわけで、私は次の手段へと出た。


***


「エルクラートさん、それは?」

「モンテッサンの絵の具で描かれた絵だ」

「へえ、これが」


 持ち出した絵と共に訪れた金の小鹿亭。カウンター席に腰かけた私の隣に置いている絵を、マルセルが珍しそうに覗く。


「魂が入ってるといっても、見た目は普通の絵なんですね。もっと生々しい質感があるのかと思ってました」

「画家の作風次第かもしれんがな」


 モンテッサンの絵の具は、作風によって効果が変わりはしない。極端な話、幼児の落書き程度の絵でも効果を発揮する。


「エルクラートさん、絵画がお好きだったんですか」


 マルセルの言葉に、私は首を横に振った。自宅にも絵は飾られているが、それは私が買ったものではない。私が持つ記憶の遺産を作り上げた先祖たちの中の誰かが買ったり、譲り受けたりしたものだ。

 私は絵を見て「綺麗だ」といった並の感想は出てきても、「なんとか派の特徴を受け継いだ画家の誰それさんらしい作風で云々」という詳しい話はまったくできない。


「この絵は預かりものだよ。事情があって、こうしてそばに置いておく必要があるんだ」

「おやまあ。まるで子守りみたいですね」

「そんなものかもしれんな」


 外出の際も絵を持ち運びしているのだから、たしかに子守りに近い気がする。いつものオニオンスープを用意してくれたマルセルに、そんな返事をした。


 もっとも、今夜絵を持ち出したのは単に監視する目的以外もあるのだが。


「今日はなんにしますか? いいヒラメが入ってますよ」

「それなんだが」


 マルセルに薦められたヒラメに惹かれる心を制して、言葉を続ける。


「今日のメニューで、エルフが好みそうなものはあるか?」

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